第74話 イングー人居留地

 俺はマツクラ郷での戦いについて、トウゴウとホシカゲから報告を受けた。

「ふむ、モウリ家は無理をしているようだな」

「イングド国の居留地でございますか?」


 トウゴウの問いに、俺は頷いた。

「居留地の件もそうだが、内部に問題を抱えておるのに、マツクラ郷を守ろうと二千もの兵を出した事だ。俺ならマツクラ郷は諦めて、内政に注力する。もちろん、列強を引き込むような事はせん」


「殿ならば、それができますでしょうが、自力で立て直すというのは、難しいものです」

「そうかもしれんが、イングド国に居留地を与えるというのは、最悪だ。これでは、カイドウ家がイングド国と戦わねばならん」


 俺はアシタカ府を呑み込み、新しい州を創ろうと思っているのだ。そのアシタカ府にイングド国の居留地があるのは嬉しくない。


 それを見越して、居留地を置こうと決めたのなら、モウリ家の中には、やり手の策謀家が居る事になる。


「モウリ家に対して、宣戦布告いたしますか?」

「いや、まだ早い。モウリ家は四十万石、兵は一万二千と大きいのだ。敵地に乗り込んで戦う事を考慮すれば、カイドウ軍を充実させる必要があるだろう」


「充実させる? それはどうするのでございます?」

「現在のカイドウ軍兵力は、およそ一万二千、その中で鉄砲兵が八百になる。その比率を変える」


「鉄砲兵の数を増やすという事でございますな。それでどれほど増やすのでございますか?」

「二千にまで増やす」


 トウゴウが難しい顔をする。硝石の事を考えたのだ。鉄砲兵を増やし、それを訓練するためには大量の硝石が必要になる。


「硝石の事を心配しているのか? だが、心配は要らぬ。カイドウ家はアムス王国と交易する事が決まった」


 現在、カイドウ家は列強国の一つであるアムス王国と通商条約を結び、交易を始める事になった。アムス王国の商人は、セブミ郡ナベシマ郷の湊町ホンナイに交易船を停泊させ商売を始めたので、ナベシマ家は大喜びしている。


 カイドウ家はアムス王国から大量の硝石を購入する事ができたのだ。

「そうでございましたか。それならば、鉄砲兵をどんどん増やせるのでございますな」

「当分はそうだ」


 トウゴウは『当分』という言葉に引っ掛かったようだ。

「当分というのは、この先何か問題が起きそうなのでございますか?」


「このままカイドウ家が鉄砲兵の数を五千、一万と増やせば、当然列強諸国は警戒する。硝石を売るべきではないという意見が出てくるかもしれない。それに海外から購入する硝石は。高すぎる」


 俺としてはイナミ村で行っている硝石生産が軌道に乗り、硝石を自給できるようになるのが望ましい。そうなるには、後一年ほど必要だ。予想では五トン程度の硝石を生産できるだろう。


 俺の話を聞いていたトウゴウが、何か思い出したかのように尋ねた。

「そう言えば、列強国は桾国に手を伸ばそうとしているのは、どうしてでございますか?」

「それは銀が豊富な事と絹織物や陶芸品、それに石炭があるからだ」


「列強国が、石炭を欲しがるのですか?」

「石炭は鉄を作るのに必要だ。暖房用の燃料にもなる」

「暖房ですか……ああ、鉄火鉢のようなものに入れて、燃やすのでございますな」


「そうだ。列強国の在る地方は、冬の寒さが厳しいらしい。快適に過ごすには、大量の薪が必要で、そのために木を切りすぎて森がなくなり、石炭に頼るしかなくなったようだ」


「ドウゲン郷にも、炭鉱がありますが」

「規模が小さいのだ。列強国にも小さな炭鉱はあるので、あまり興味を示さないようだ」


「申し訳ありません。話が逸れました。野戦砲は増やすのですか?」

「三十門ほどに増やす。アシタカ府のエサシ郡に隣接する地域の陣地に配備する事になるだろう」


 エサシ郡というのは、バサン郡の南半分の東側にある郡だ。一揆の頻発率が高く、米の不作が深刻だった地方である。


「なるほど、最初に狙うのはエサシ郡でございますか」

「アシタカ府の中で、最大の領地だ。エサシ郡を手に入れれば、アシタカ府を呑み込む大きな一歩となるだろう」


 ただ、そのためには火縄銃や野戦砲を増やし硝石を大量に購入せねばならない。内政に力を入れ収入を増やさねば、と思っている。


 俺が力を入れようと思っているのは、ガラス工芸品と紅茶である。

 ガラス工芸品はガラスの表面に青や赤などに着色したガラスを被せ、その着色ガラスを削る事で模様を刻み込む工芸品を研究していた。


 紅茶の方は水の関係か、列強諸国はほうじ茶や烏龍茶より、紅茶の方を好むようだ。紅茶はお茶を船で運んでいる最中に自然と発酵して紅茶になったものがあったらしく、桾国産のお茶を桾国で加工して、列強諸国に運ぶようになったらしい。


 神明珠の知識によれば、紅茶はインドと呼ばれていた地方が有名だったようだが、元インドだった地方は砂漠化しており、お茶など育たない。


 フラネイ府ではお茶の栽培を奨励しているので、お茶の生産量は多くなっている。その茶葉を加工して、紅茶にしたものがホンナイ湊では飛ぶように売れている。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アシタカ府のイングド国居留地では、イングー人の海軍少将であるブライアン・ギャレットが紅茶を飲みながら、海図を見ていた。


「ギャレット少将、いらっしゃいますか?」

「ここだ」

 部屋にゴルボーン中尉が入ってきた。


「桾国のカッセルズ大佐より、手紙が来ています」

「カッセルズ大佐からだと……」

 ギャレット少将は手紙を受け取り、開いて中身を読んだ。


「ふん、カッセルズ大佐め。桾国人と揉めて戦いになりそうだと言ってきおった」

「増援を寄越せというのですか?」


「そうだ、一個中隊を寄越せと言っている」

「ここで桾国人に負ける訳にはいかないでしょう。桾国人の誰と揉めたのです?」


射杯しゃはい省という地方の長官だ。省の炭鉱を手に入れようとしたら、長官に止められたらしい」

「射杯省の炭鉱と言えば、中規模のものですな。かなりの金額になったのではないですか?」


「炭鉱の持ち主を、イカサマ賭博で嵌めて、取り上げようとしたらしい。だが、その持ち主は長官の一族だったようで揉めているのだ」


 桾国へ派遣されているイングド国海軍の軍人は、不良軍人と呼ばれるような者が多かった。懲罰の一種として桾国行きを命じられる事があったからだ。


 その中でカッセルズ大佐は札付きの悪であり、ギャレット少将もマークしているほどの問題軍人だった。

「どうされるのです?」

「桾国人に弱みを見せる事はできん。兵を送る事にする」

「ですが、ここに一個中隊しか残らない事になります」


「カイドウ家が動く気配はない。今なら大丈夫だろう。だが、当分の間、ワキサカ郷を攻める事はできんな」

 そう言った少将は、中隊を送る手配を始めた。


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【あとがき】

執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードしたセブミ郡周辺の地図です。

未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。


https://15132.mitemin.net/i510572/

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