第75話 奴隷狩り

 イングー人居留地の責任者であるギャレット少将は、一個中隊を桾国へ送った後に商人サムウェルの訪問を受けた。


 サムウェルは本国から硝石を持ち込み、外国人に売るという商売をしていた。硝石は国家が管理している戦略物資なのだが、役人に賄賂を送るなどして手に入れる事が可能なのだ。


 しかも、サムウェルという商人は奴隷商人の商売にも手を出していた。大陸の南方に点在する島国に住む若者を捕まえ奴隷として本国に運んで売っているのだ。


 ただミケニ島ではまだ住民を狩り集めるような事はしていない。ギャレット少将から止められているからだ。少将の部屋を訪れたサムウェルが嘆願した。


「少将様、住民を狩り集める事を許可してもらえませんか?」

「しかし、住民の間で一揆という反乱が起きている。そんな中で若者を捕まえるような事をすれば、騒ぎが起こるぞ」


「そこは少将様が抑えてくれるのを期待しておるのですが……」

 少将が渋い顔をする。

「勝手な事を」


 サムウェルが袋を取り出して、少将の前に置いた。置いた瞬間、金属の擦れ合う音が響く。少将はゆっくりと手を伸ばし袋を取り、中身を確かめる。


「これは、ソバン金貨か。奮発したな」

「少将様には、これからお世話になると思いますので」

「ふん、どうせ大儲けするのだろう。仕方ない、許可してやろう」


 サムウェルは手先となる私兵を抱えている。その私兵に居留地に住んでいる住民の中から若者を選んで捕らえるように命じた。


 村に侵入した私兵たちは、剣と銃で住民を脅し若者を捕らえた。泣き叫ぶ子供も容赦なく親から引き離して掻き集める。


 その様子を見ている者が居た。影舞のハヤテである。ハヤテはイングー人の非道をつぶさに観察し、捕らえられた者たちがどこに運ばれるのかを確認してからカイドウ郷に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は仕事部屋でセブミ郡から上がってきた報告書を確認していた。そこにホシカゲが現れ報告を始める。

「殿、居留地で問題が発生したようです」

「ん、居留地でだと?」


「居留地のイングー人が人狩りを始めました」

 人狩り……奴隷狩りという事か? まずいな、こんな事が他の列強諸国に知れたら、真似を始めてしまう。


「まずいな。それで集められた住民は、どこに連れて行かれた?」

「居留地の兵舎でございます」


 ミケニ島から連れ出されたら、助ける事は難しくなる。どうしたらいいか?

「モウリ家は知らぬのか?」

「知っているのではないでしょうか」


 まずはモウリ家に動いてもらうのが筋だな。

「モウリ家の居城があるヒュウガで、人狩りの噂を流せ。イングー人の非道ぶりを喧伝するのだ」

「畏まりました」


 俺は評議衆を呼んだ。評議衆が集まると、イサカ城代が尋ねた。

「殿、何事でございますか?」


 俺はホシカゲにチラリと視線を投げてから話し始めた。

「イングー人の居留地で、人狩りが始まった」


「人狩り? 人を集めて何かの工事をさせようという事でございますか?」

「労働者を集めるという事ではない。若者を捕縛して、イングド国へ持ち帰り売るつもりなのだ」


 評議衆は酷く驚いた。ミケニ島でも犯罪を犯した者に対し、自由を奪い強制労働をさせる刑罰は存在する。だが、奴隷という存在は居なかった。


「人を売るですと……イングー人は、そんな事をするのですか?」

「ああ、クマニ湊でフラニス国の書籍をいくつか手に入れた。その中に貿易商人の伝記のようなものがあった。列強人たちが島蛮と呼んでいる島国の住民を狩り集めて、奴隷として売る商売が儲かると書かれていた」


 評議衆たちが嫌悪の表情を浮かべている。

「人を奴隷にして売り買いする民族こそ、野蛮ではないか」

 クガヌマが声を大きくして言う。


「そうだな。俺もそう思う。フラニス国の国是は『自由』と『平等』だと言っているが、それはフラニー人の『自由』と『平等』であって、他国人、特に島蛮と呼ばれている我々は入っていないのだ。この認識はイングー人も同じだと思う」


 トウゴウがこちらに視線を向けた。

「それで、人狩りされた者たちは、どうされるのですか?」


「その者たちは、モウリ家が支配する領民だ。カイドウ家が動くのではなく、モウリ家が動くべきだろう。ホシカゲに命じて、ヒュウガで噂を流させる」


「モウリ家は、動くでしょうか?」

「どうだろう。動かなかった場合の事を、考えねばならんかもしれない」


 俺は評議衆と話し合い、カイドウ家が乗り込む事は難しいという話になった。カイドウ軍が乗り込めば、簡単に片が付くだろうが、それだとモウリ家と全面戦争になり、多大な死傷者が出ると予想したからだ。


 もちろん、俺はアシタカ府を呑み込むつもりである。だが、まだ時期が早いのだ。鉄砲兵の数を増やし始めたばかりであるし、野戦砲も製造を頼んだばかりだ。


 その結果が形を成すには、半年以上は掛かるだろう。俺はホシカゲに顔を向けた。

「あの居留地を守るイングー人の軍人は、どれほどだ?」

「二百から三百という事です」


 俺は首を傾げた。思っていたより少なかったからだ。その様子に気付いたホシカゲが情報を追加する。

「以前は、倍ほど居たのですが、桾国へ支援のために向かいました。桾国で戦を起こしているようでございます」


「イングー人め、どこに行っても、面倒事を起こすようでございますな」

 クガヌマが顔を歪めて言う。


「殿、使える人物が居ます」

 珍しくホシカゲが意見を言う。

「その人物とは、誰だ?」


「居留地は、元々クロイシ郷の一部だったのですが、そこの代官が居留地にする事を反対し、罷免されております。コスゲ・カツトヨという武将です」


「使えるかもしれんな。探し出して、協力するように寝返らせてくれ。郷将にすると言っても構わん」

「承知いたしました」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 影舞はアシタカ府のヒュウガで、居留地の人狩りについての噂を流すと同時に、コスゲ・カツトヨを探した。


 コスゲがクロイシ郷の片隅で畑を耕しているところを発見。ハヤテは調略に向かった。

「コスゲ・カツトヨ殿ですか?」

 鍬を振っていた男が顔を上げた。


「そうだが、あんたは誰だ?」

 ハヤテはコスゲをカイドウ家に引き入れるために説得した。そして、イングー人が人狩りをしている事を話すと顔色が変わる。


「それは本当なのか?」

「本当です。この事はヒュウガにも知らせたのですが、モウリ家は動いていないようです」

「何だと……なぜ動かない?」


「イングー人との関係を壊したくないようですな」

 コスゲの目が怒りで吊り上がった。コスゲは領民の事を考える良い代官だったらしい。


「殿は何を考えておられるのだ。領民を大事にせぬ者に、領地が治められるはずがないというのに」


「カイドウ家の殿ならば、こんな事はせぬ。どうだろう、カイドウ家に味方せぬか?」

 ハヤテはコスゲを説得し、カイドウ家に味方させる事に成功した。


 カイドウ家はコスゲに金と食糧、武器を与え、若者を集めさせた。一揆が起きるような土地だ。金と食糧を求めて百人ほどの若者が集まり、コスゲの指揮下に入る事を誓った。


 コスゲはできるだけ若者に戦い方を教えた。若者の中には、コスゲの部下だった者も居て少しは戦えるようになる。


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