第67話 勧進相撲

 サド島から曳航したキャラベル型帆船を徹底的に調査したツツイ・カンベエは、その詳細を持ってカイドウ郷を訪れた。


 俺がミモリ城の応接室で待っていると、船奉行ツツイが現れる。

「殿、イングド国軍船の調査が終わりました」

「ご苦労であった。我が領地でも造れそうか?」


 ツツイは同意した。

「はい。大体の構造は判明しましたので、建造は可能だと思います。ですが、新しい造船所が必要になります」

「必要なら建設する。すぐに取り掛かってくれ」


「造船所の規模でございますが、一度に何隻の船が建造できるものにいたしますか?」

「二隻だ。但し、船の大きさだが、倍の大きさまで作れるようにできるか?」

「可能でございます。但し、造船所の建設費が……」


「いくら掛かっても構わん。できるだけ早く列強諸国と同じ船を完成させよ」

「畏まりました」


 ツツイが去った後、俺は評議衆を呼んだ。

「殿、ツツイが来ておったようですが、イングド国軍船の調査が終わったのでございますか?」


 トウゴウが俺に確認した。

「終わった。同じ船を建造する造船所を建設するように命じた」


「それは良かった。その船が完成すれば、我々も大陸へ行けるのでございますな」

「そうだ。だが、船乗りや装備品も用意せねばならん。大変な事業となるだろう」


 勘定奉行であるフナバシが暗い顔をした。財務について考えているのだろう。

「フナバシ、そんな顔をするな。銭蔵には銭箱が山積みになっていると、聞いたぞ」


「その通りなのですが、戦が起これば、すぐに無くなる程度の金額です。冥華銭は嵩張りすぎて、場所ばかり取るのでございます」


「それはカイドウ家で銅貨と銀貨を造るようにならねば解決しないな」

 フナバシが理解できないという顔をする。

「どういう事でしょう。なぜ銅貨や銀貨を造るようになれば、問題が解決するのでございますか?」


「簡単な事だ。銅貨十枚分や五十枚分に相当する硬貨を造ればいい」

「なるほど。そうすれば、確かに全体の枚数は減るでしょう」


 この問題を根本的に解決するには、社会全体が発展して紙幣が使えるようになるまで解決しないだろう。俺の頭の中に『電子マネー』という言葉が浮かんだが、理解できなかった。


「殿、イングド国とクジョウ家の戦いですが、これで終わると考えておられるのですか?」

 イサカ城代が難しい顔をして尋ねた。

「いや、イングド国は報復するだろう。ただ少し先になると思っている」


「本気になったイングド国に、クジョウ家は勝てるでしょうか?」

「海の上では勝てないだろうが、陸上では簡単に負けるとは思えん」

「そうなると、海岸付近にある町や村が荒らされる事になります。厄介な事態になりますぞ」


「殿、一つ報告があります」

 ホシカゲが言い出した。

「何だ? 関係が有るのか?」


「関係するかは分かりませんが、西アダタラ州のカラサワ家がイングド国と交渉しているようです。火縄銃と硝石が欲しいのでしょう」


「まずいな」

「何がでございますか?」

 俺の呟きを聞いたクガヌマが尋ねた。


「イングド国の軍船が、カムロカ州の海岸線を荒らし回る時に、問題となるのが、補給だ。その補給を西アダタラ州が手助けした場合、クジョウ家がどう思うか?」


「なるほど。クジョウ家とカラサワ家の間で、大きな戦になるかもしれませんな」

 トウゴウが厳しい顔で頷いた。


「気が滅入るような話ばかりでございますな。何かパッと明るくなるような話はございませんか?」

 フナバシが愚痴るように言う。


 俺は苦笑いを浮かべ頷いた。

「それもそうだな。……そうだ、勧進相撲かんじんずもうでもやるか」

 クガヌマが笑った。相撲好きなのだ。


 勧進相撲は、お寺や神社を建立したり修理する費用を捻出するために行われる相撲だが、富岳神社の修理を理由に相撲取りを呼んで、興行を行うのも面白いと思った。


「いいですな。屋台や酒なども出そうではござらぬか。殿、あの酒は出せんのですか?」

「勧進相撲をする頃は、真夏だな。飲み頃になっているか。だが、水で薄めて出すのがいいかもしれん」


「なぜでございます。某はそのままちびちびと飲むのがいいと思いますが」

「真夏に、相撲を観ながら飲むのだぞ。そんな飲み方をする者などおらん」

 イサカ城代が笑いながら言った。


 俺は柑橘類の果汁などを混ぜて出すのもいいかもしれないと思った。楽しい相撲観戦になりそうだ。

 勧進相撲の手配はイサカ城代に頼む事にした。なんでも相撲の関係者に知り合いが居るらしい。


 話が進むに連れて大きくなった。カイドウ郷だけの小さな興行にするつもりだったのだが、ミザフ郡全体に知らせて人を集めるらしい。


 その知らせが広まると、近くで屋台や出店を出したいという者が急増した。その対応で人手が必要になったイサカ城代は、兵の中から数人を手伝わせる事にしたようだ。


 仕事が終わって奥御殿に戻ると、フタバがにこやかな顔で出迎えた。

「ミナヅキ様、聞きましたよ。勧進相撲を行うようですね」


「ああ、フナバシが気が滅入るような話ばかりだと、愚痴るので祭りのようなものをしようと思ったのだ」

「私も観に行ってよろしいですか?」

「相撲に興味があるのか。構わないぞ」


 そうなると、特別席のようなものを造らなくてはならない。真夏だから日差しが強いだろうな。妊婦のフタバには、身体に悪いかもしれない。いっそ屋根付きの建物でも建てるか。


 でも、今年の夏だけの興行である勧進相撲のために、専用の建物を建てるのはフナバシが怒りそうだ。そうだ、専用でなければいいんだ。芝居小屋として使えるようなものにすればいい。


「楽しみです」

「そうか、屋台や出店も用意すると言っていたから、気にいるものが見付かるかもしれんぞ」

「屋台と出店ですか。久しぶりです」


 フタバは本当に楽しみらしい。そう言えば、俺も屋台や出店でものを買うなんて、何年もしていない。殿様と呼ばれるようになると、不自由なものだ。


 その次の日、俺がフナバシに相談すると、すぐさま建物の建設に賛成した。どうやら、そういう建物が欲しいという意見が出ていたようだ。


 一応名目は芝居小屋の建設で、相撲の興行も可能な構造にする事になった。建設する場所は、ミモリ城の西側にある空き地だ。


 昔は材木置場として使っていたのだが、今は空き地となっている土地だ。そこに十数本の長い柱を立て、屋根を乗せる。相撲興行の時は壁は無しで、芝居の時は雨戸のような壁を嵌めていく。


 初めから壁を取り付けないのは、相撲興行の場合は建物の外から見れるようにするためだ。建物の収容人数はしれているので、そうしないと大勢の人が見る事ができないのである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 バサン郡ウラカミ郷の豪族ウラカミ・朱門頭しゅもんのかみ・ウジサダは、家老のセキグチ・チカナガと話をしていた。

「セキグチ、我らはアシタカ府のモウリ家に付く事を決めたが、正しかったのだろうか?」


 セキグチは顔を伏せて低い声で言う。

「申し訳ございません。拙者が判断を間違ったかもしれません」

「どういう事だ?」


 ウラカミ家は銀鉱山をモウリ家に差し出し、モウリ家の庇護を受ける事を選択した。だが、モウリ家は銀鉱山を手に入れたが、中々兵を送ってこない。


 それに比べ、エビナ郷やワキサカ郷はカイドウ家の兵が大勢配置され、きちんと守るような体制になっている。


「アシタカ府は、思っていた以上に大地震の被害が深刻なようでございます」

「それはウラカミ郷を守る余力がないという事か?」

「そのようでございます」


 ウジサダは眉間にシワを寄せ、考え込んだ。

「このままの状況が続けば、どうなる?」

「カイドウ家に攻められ、ウラカミ家は滅ぶでしょう」


 ウジサダが血が出るほど唇を噛み締めた。

「今から、カイドウ家に乗り換える事はできぬのか?」

「非常な決断が必要となります」


「それは?」

「カイドウ家と戦って負けるのでございます」

「ば、馬鹿を申すな!」


「もちろん、前もってカイドウ家と連絡を取り、打ち合わせを行った上での事でございます」

 セキグチは説明した。

「芝居をしろと言うのか」


 セキグチが頷き、ウジサダと詳細な打ち合わせを行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る