第66話 サド島の戦い

 カムロカ州のクジョウ家には、水軍がある。元々『海賊衆』と呼ばれていた荒くれ者の集団だったが、クジョウ家が手懐てなづけ水軍にしたものだ。


 この水軍を率いているのがムロタ・カツテルである事から『ムロタ水軍』と呼ばれている。

 ムロタ水軍には六隻の関船と多数の小早船と呼ばれる軍船があり、クジョウ家の水上戦力となっていた。


 そのムロタの下にクジョウ家当主ツネオキから命令が届いた。

「頭領、御屋形様からの御命令ですか?」

 ムロタ水軍の副将シカマ・タイゾウが尋ねた。


「ああ、サド島を攻めろ、との命令だ」

「サド島……相手はイングー人ですか。それは厄介ですな」

 イングド国の軍船は、関船より大型で多数の大砲を載せている。海上戦では勝てると思えないというのが、現状であった。


「近付いて火攻めにするしかないだろう」

 イングド国の軍船は、関船や小早船のように艪が装備されておらず、帆を焼かれれば船は動かなくなる。ムロタは火矢を射て帆を焼いてしまえ、と言っているのだ。


「しかし、大砲と火縄銃を多数揃えているはず」

「大砲など当たるものか。火縄銃は……厚い板を盾のように並べて防げばいい」


 大砲の命中率は、クマニ湊を訪れたフラニー人の水夫から聞いていた。当てるためには、接近して至近距離から砲撃しなければならないという。


「サド島に停泊してる敵船は、どれほどなんです?」

「大型船が二隻、中型船が五隻だそうだ」

「中型船と言っても、我々の関船に匹敵する戦力がありますから、焙烙玉が必要でしょう」


 焙烙玉というのは、炮烙と呼ばれる素焼きの土器に火薬を詰めたもので、それを敵船に投げ込んで攻撃するものである。


 また、ムロタ水軍が中型船に分類しているイングド国の軍船は、キャラベル船と呼ばれている船で、イングド国では小型船に分類されていた。


 このキャラベル船は、二本のマストを備える全長二十五メートルほどの船だ。装備している大砲の数は少ないが、多くの火縄銃が配備されているらしい。


「ここは夜戦で敵船を襲い、焼き打ちするしかないでしょう」

 シカマが夜戦を提案した。大砲を持つ軍船と正面から戦うのは不利である。

「それしかないか。……我々にもイングー人のような軍船が有れば……」


 ムロタ水軍は夜戦の準備を進め、その事をクジョウ家に報告した。

 それを聞いたクジョウ家のツネオキは、もう一度サド島のイングー人に警告する事にした。


 クジョウ家には語学が堪能な家臣が居り、その人物に警告文を書かせサド島に持って行かせた。だが、そこでも悲劇が起きた。警告文を読んだイングー人の海軍少将が、島蛮のくせに生意気だと警告文を持ってきた武人を捕らえて鞭打ちにしたのだ。


 半死半生の状態で戻ってきた家臣を見たツネオキは激怒した。

「許せぬ。サド島のイングー人を皆殺しにしろ」

 戦国の世に生きる武人としては、当然の反応だった。イングー人はミケニ島に住む武人の気質を読み誤ったのだ。


 大陸の周辺には数え切れないほどの島々が在り、そこには様々な民族が住んでいる。イングー人などの列強国は、それらの島々を征服し植民地にしながら、東へと活動域を広げてきた。


 征服した島民の中には反抗する者も居たが、火縄銃や大砲の存在が反抗の芽を摘み、島民を力で捻じ伏せてきたのだ。イングー人はミケニ島の住民も同じだと考えていた。


 だが、ミケニ島の住民は、嘗て日本人と呼ばれていた民族の末裔であり、その特質を受け継いでいた。

 その特質には一つの物事を突き詰める事ができる粘り強い性格とその事に誇りを持てる事が含まれていた。火縄銃の製作も時間を掛ければ完全に同じものを作り上げたはずだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 サド島を支配下に置いているのは、イングド国海軍チェスター・スマイス少将だ。本国からの命令で桾国に近い場所で多くの船を停泊できるという条件に合う土地を探して手に入れた。


 その土地がサド島だったのだが、島蛮の連中から警告文が送られてきてスマイス少将は不機嫌になっていた。

「全く、クジョウとかいう馬鹿は、何を考えている。イングー人に楯突くなど、島蛮のくせに無礼にもほどがある」


 そこはサド島に作られた臨時総督府だった。スマイス少将からディナーに招待された商人のフォルコンは頷いた。


「その通りですな。ですが、大丈夫なのですか?」

「何がだ?」

「クジョウ家の奴らが怒って、襲撃してくるという恐れは?」


 スマイス少将は首を振った。

「島蛮が怒ったからと言って、何ができる。ここを襲ってきたら、火縄銃で穴だらけにしてやる」


 それを聞いたフォルコンは不安になった。ミケニ島の武人の中には、自分たちで火縄銃を製作し戦いで使っている者たちがいたからだ。


 食事が終わり本国から持ってきたワインを飲みながら話を始めた。

「フォルコン殿は、桾国をどう思う?」

「あの国は大きく人口も多いです。産物も多種多様で商人にとっては、美味しい国ですな」


「なるほど、商人らしい答えだ。桾国の軍隊や皇帝はどうだ?」

「桾国軍は兵力だけは多いですが、士気が低く戦いが劣勢になると、すぐに逃げ出すと聞いております」


 フラニス国と桾国の間で戦いが起きた事がある。桾国の西の端にある起寧湊を使わせろというフラニス国の要求を、桾国が拒否した事で戦が始まったのだ。


 兵力は桾国が圧倒的に多かったが、フラニス国の火縄銃による攻撃で死者が出ると、桾国人の兵が一斉に逃げ出した。これを聞いた西国列強は、桾国に対して強気になり始めた。


「皇帝の耀紀帝ようきていをどう思う?」

「あれはダメです。老いたという事もあるのですが、ほとんどの政務を孝賢大将に任せていると聞きました」


 その時、叫び声が聞こえた。

「何事だ?」

 スマイス少将は窓から外を覗いた。停泊している軍船から炎が上がっているのが見えた。


「馬鹿な!」

 それからは混乱が大きくなった。クジョウ家の兵が攻め込んできたのだ。鎧を着た兵がイングー人たちを追い回し、火縄銃で射殺した。


「なぜ島蛮が、火縄銃を使っている?」

 少将は驚いて叫び声を上げた後、必死に船へと向かい、キャラベル船のヴァプールに乗り込み逃げ出した。サド島から逃げられた軍船はヴァプールだけという結果となる。


 イングー人のほとんどが殺されるか捕虜となり、商人のフォルコンも捕虜となった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺がサド島での出来事を聞いたのは、ムロタ水軍による夜襲が行われた日から三日後の事だ。

「クジョウ家も思い切った事をしたな。原因はイングー人にあるのだから、クジョウ家の責任とは言わないが、大変な事になりそうだ」


 その事を報告したホシカゲは、イングー人が百人以上死亡したと言う。

「イングド国が、クジョウ家に報復するでしょうか?」

「間違いなく報復するだろう。ただイングド国は遠い。報復に動き出すまで年単位の時間が掛かるのではないか」


「カイドウ家としては、どういたしますか?」

「ミケニ島の一部であろうと、大陸の国に渡す訳にはいかん。いざとなれば、クジョウ家に援軍を出す事も考えねばならんだろう」


「ですが、列強諸国の戦力は巨大でございます。勝てるのでしょうか?」

「勝てるように、カイドウ家が巨大になるしかない」


 ホシカゲは難しい顔をしている。

「それには、殿が太守の座に着かねばなりません。今後はどうなさるのでございますか?」

「東アダタラ州かアシタカ府のどちらかを倒し、太守となる。そのためにはバサン郡のウラカミ郷が欲しい」


 俺はウラカミ郷を調べるように命じた。

「ウラカミ郷の銀鉱山でございますな」

「そうだ。それとサド島で焼かれたというイングド国の船がどうなったか調べてくれ」


 俺はイングド国の軍船がどういう構造をしているのか知りたかった。神明珠から得た知識の中には、大まかな構造があったのだが、さすがに細かい構造までは分からなかったので、イングド国の軍船を参考にしたかったのだ。


 焼かれた船の中で状態が良かった二隻は、ムロタ水軍がカムロカ州にまで曳航し修理する事になったようだ。そして、サド島の海岸に打ち捨てられた軍船の中で状態がマシだった二隻をカイドウ家の代理の者が買い取り、応急修理した上でセブミ郡のホンナイ湾まで曳航してきた。


 曳航された二隻は、どちらもキャラベル型の帆船でカイドウ家の船奉行により詳細に調査された。


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