第65話 イングド国とサド島

 銅貨と銀貨を製造しようという考えが頭に浮かんだ時、材料となる銅と銀をどうするか考えた。銀は妙蓮山の銀鉱山がある。


 だが、妙蓮山の銀鉱山だけで足りるとは思えない。銀鉱山は東アダタラ州とバサン郡のウラカミ郷にもある。俺としては、ウラカミ郷がカイドウ家の配下になる事を期待したのが、残念ながらアシタカ府を選んだようだ。


 銅鉱山に関しては、今回支配地となったエビナ郷とキリュウ郡にある。そんな鉱山を抱えているエビナ郷のサタケ家がよく領地替えを了承した、と疑問が浮かんだ。


 そこで影舞にエビナ郷の銅鉱山を調べさせた。エビナ銅鉱山は鉱脈が途切れて銅鉱石が尽きたと思われているらしい。その途切れ方が不自然だと報告を聞く。


 俺は銅鉱山がある山全体を詳しく調査させた。そして、山全体の地層を調査させた結果、坑道部分を含む山の一部が自然の力により北へとずれていると分かった。なので、ずれた地層に沿って鉱脈の続きがないか南へ掘り進ませた。


 結果、鉱脈の続きを発見する。しかも、鉱脈は太くなっていた。今までサタケ家が掘っていた銅鉱脈は、始まりに過ぎず本格的な鉱脈は、その先にあったのだ。


 カイドウ家は膨大な銅を産出し始めた。そして、その採掘や製錬に気を配った。銅鉱石の採掘や製錬において、ヒ素や硫酸、水銀などの毒が問題になる。その対策をしないと後々大問題となるからだ。


 エビナ銅鉱山の様子を聞いた俺は満足して奥御殿へ向かった。

「フタバ、身体の調子はどうだ?」

 妊婦であるフタバは、お腹が目立つようになっていた。


「順調です。つわりもそれほど酷くありません」

「それは良かった。何か食べたいものはあるか?」

 フタバが笑う。自分を気遣ってくれる俺が嬉しいのだそうだ。

「ミナヅキ様が心配なさらなくても、ミズキたちが世話をしてくれるので大丈夫ですよ」


 俺としては、初めての子供なので不安になる。何かしなくてはならないと思うのだが、何をしていいのか分からない。


 腕のいい医者がミモリ城に常駐しているので心配ないとは思うのだが……。

「ミナヅキ様、ホタカから母上が来るそうです」

「そうなのか。迎える準備をせねばならんな」


 その数日後、キキョウがミモリ城を訪れた。奥御殿に通されたキキョウはフタバに会うと微笑んで娘を抱き締めた。


「早いものですね。こんなに早く孫の顔が見れるとは思ってもみませんでした。おめでとう」

「父上は何か言っておられましたか?」

「喜んでいましたよ。ただ『祖父じいさん』と呼ばれるのは嫌だと笑っておられました」


 キキョウは俺の方へ顔を向け、子供が出来た事を祝う。

「そう言えば、堺津督様が感謝していると仰られていました」

 俺は首を傾げた。


「何の事です?」

「ランプの製法を教えてもらった件です。作ったランプをクジョウ家の居城があるクルタで売っているそうですが、評判になっており、オキタ家の台所は潤っているようです」


「それは良かった。ですが、あれはガラス作りを教授していただく代価として教えただけですので、礼には及びません」


 キキョウが謙虚だと笑った。もっと誇っても良いのに、と言う。

「ユウキ家はどうですか?」

 キリュウ郡のユウキ軍が攻め込んできて、それをクガヌマ率いる鉄砲隊が撃退してから半年も経っていない。まだ、ユウキ軍は立ち直っていないだろう。


 キキョウの話では、ユウキ家は静かにしているようだ。

「堺津督様から手紙を預かっているのを忘れていました。これです」

 キキョウから受け取った手紙を読んで、俺は顔を強張らせた。


 そこにはカムロカ州の西にあるサド島をイングド国のイングー人が占拠した事が書かれていた。サド島はミザフ郡ほどの広さがある。


 元々サド島を支配していたのは、ハナワ・珊瑚督さんごのかみ・トモナガである。オリーブ栽培が盛んなサド島は、オリーブ油を大陸国家に売り、莫大な利益を上げていた。


 そのオリーブ油とミケニ島侵略に便利な中継基地を欲していたイングド国が動いたようだ。イングド国の輸送船が遭難してサド島に漂着し、その乗組員とサド島民の間で争いが起こったらしい。


 イングー人はイングド語を使うが、ミケニ島とハジリ島、その周辺の小島に住む者たちは、ミケニ語を使っている。その言語の違いで争いが起きたようだ。


 島民に一人のイングー人が殺され、イングド国が動いた。だが、船乗り一人が島民と争って殺された程度で、そこの領主を殺し領地を奪うというのは、やり過ぎだと思われる。


 イングド国は元からサド島を狙っており、ちょうど自国民の殺人事件が起きたので島の占領を行ったのだ。その事に関して、クジョウ家がイングド国を非難している。


 クジョウ家は、サド島を占拠したイングー人に退去しサド島の支配権をハナワ家に戻すように通告したらしい。

 だが、島蛮と蔑んでいる相手から言われた事に従うはずなどなかった。クジョウ家の通告は無視され、イングー人はサド島に居座った。


「危険な兆候だな」

 俺の呟きが聞こえたようで、フタバとキキョウは首を傾げている。

「何が危険なのでございますか?」


 フタバが尋ねた。

「イングー人だ。サド島を占拠したらしい」

「あれはハナワ家の島ですよ。それを大陸から来た者たちが占拠するなんて……」


 フタバは憤慨した。サド島もクジョウ家の勢力圏内であり、オキタ家とは友好的な関係にあったハナワ家の滅亡を聞いて怒ったのだ。


「クジョウ家は、サド島を取り返すために戦を始めるでしょうか?」

 キキョウが不安そうな声を上げた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カムロカ州クルタ城では、クジョウ家当主クジョウ・大海守・ツネオキが重臣たちを集め、協議していた。

「イングー人のやり方には承服できませぬ。しかも、御屋形様が出した通告を無視するなど、とんでもない事でございます」


 クジョウ家の武将であるヒキタ・テンゼンが憤慨して意見を述べた。

「ヒキタは、イングー人を懲らしめるべきだと言うのだな」

 ツネオキが確認した。


「そうでございます。サド島から叩き出すべきです」

「他の者は、どう思う?」

 ツネオキが評定の間に集まっている重臣たちを見回した。


 その中の一人勘定方であるババ・キヨテルが、意見を口にした。

「イングド国といえば、大陸の四大強国の一つでございます。なるべくなら、話し合いで事を進めるべきです」


 大陸には四つの強国がある。フラニス国・アムス王国・イングド国・桾国だ。

 列強諸国が入り乱れる大陸の西部地方では、アムス王国とイングド国が競い合って桾国の権益を狙っているという。


 桾国やミケニ島を狙うイングド国にとって、サド島は中継基地として適していると思われたようだ。

「イングド国というのは、どういう国なのだ?」


 ツネオキが質問すると、重臣たちが押し黙った。敵の事も知らずに攻めろと言っていたらしい。ツネオキはクジョウ家の忍び紅魔の頭領ゲンサイに視線を向ける。


 ゲンサイは頭を下げ説明を始めた。

「イングド国は大陸の西の端にある半島国家でございます。人口は五百万人ほどでございますが、植民地の人々を含めると八百万を超えるでしょう」


 人口八百万と聞いて、評定の間がざわついた。カムロカ州は百万石と言われる。人口も同じほどだと考えると八倍ほど大きな国家だからだ。


 主戦派であるヒキタは、イングド国の規模を聞いても引かなかった。

「確かにイングド国は巨大です。ですが、大陸にある国ですぞ。海を渡ってサド島やカムロカ州に来れる人数など知れております」


 それを聞いた重臣たちの間に、同意する者が増えた。評定で、サド島からイングー人を叩き出す事が決まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る