第68話 守護大名カイドウ

 ウラカミ家のセキグチは、セブミ郡へ行きナベシマ家のヨリムネを訪ねた。

「久しぶりだな。セキグチ殿」


「真に、久しぶりでございます。近海頭様」

「しかし、アシタカ府を選んだウラカミ郷の者が、ナベシマ家を訪ねてくるとは思わなんだ。一体どうした用向きなのかな?」


「真に申し上げ難いのですが、月城督様への仲立ちをして欲しいのでございます」

 ヨリムネが困惑したような顔になる。

「それは……どういう事でござろう?」


「ウラカミ家は、カイドウ家と戦をする事にしました」

「はあっ、言っている意味が分からぬ」

「カイドウ家と戦って負けるつもりでございます」


 ヨリムネの横で聞いていたコイワが、ニタリと笑う。

「なるほど、カイドウ家と戦う芝居をして、アシタカ府のモウリ家と結んだ約定を無効にするつもりなのですな」


 セキグチは静かに頭を下げた。

「先に約定を破ったのは、モウリ家でございます。我々はモウリ家が庇護してくれると約束したので、銀鉱山を譲り渡したのに、モウリ家は兵を送ってくれなかった。約定破りはモウリ家でございます」


 ヨリムネは溜息を吐いた。

「ウラカミ家の言い分は理解した。カイドウ家に連絡しよう。だが、月城督様がどう考えられるか保証はできぬぞ」


「それは承知しております。月城督様にお会いできれば、某から説明いたします」

 ヨリムネはミモリ城へ使番を送り、ウラカミ家のセキグチがカイドウ家と話がしたいと言っている、と伝えた。


 結果、カイドウ家は会う事を了承した。その時、ヨリムネはカイドウ郷で行われる勧進相撲に招待されている。


 ヨリムネが、ナベシマ郷を離れる事は難しかった。そこで正妻のテルを腰元と一緒に送り出し、その集団の中に、セキグチを紛れ込ませた。


 アシタカ府には『火走り』と呼ばれる忍びがおり、その忍びに発見される事を恐れたのである。

 ナベシマ家の一行がミザフ郡に入ると、急に人通りが多くなった。


「これは勧進相撲を観に行く人々なのでしょうか?」

 テルが腰元のサナエに尋ねた。

「そうだと思われます。ところで、カイドウ家から迎えが来ているはずですが」


 サナエがキョロキョロと探すと、一人の武人が近付いてきた。

「近海頭様の奥方テル様でございますか?」

「そうです」


「カイドウ家のサンノミヤと申します。お迎えに上がりました。馬車を用意しておりますので、こちらへ」

 サンノミヤはテルたちを馬車に案内した。八人乗りの馬車に乗り込んだセキグチは、活気のある町並みを見て羨ましく思った。


 馬車がミモリ城に到着。テルたちは待楼館に入ったが、セキグチだけはミモリ城の二階へ案内された。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はウラカミ家のセキグチに会って、中々の人物だと感じた。そして、話の内容を聞いて少なからず驚いた。


「セキグチ殿、非常な考えですな。カイドウ家がウラカミ郷を攻め取った場合、それをフラネイ府に組み込む事になる。ウラカミ家は、何を望むのです」


「ヒルガ郡のトヨハシ郷への領地替えでございます」

 カイドウ家の支配地について調べたようだ。トヨハシ郷なら受け入れる余地がある。

「いいだろう。領地替えを了承する」


 簡単に俺が承知した事に、セキグチは驚いたようだ。これには理由がある。俺は銀鉱山が欲しかったのだ。新しい銀貨の製造を考えていた俺は、少しでも多くの銀が欲しかった。


 それを手に入れられるなら、トヨハシ郷を手放しても構わないと考えた。

 不思議に思っている事がある。ミケニ島の住民は銀に対する価値観が低いのだ。庶民が銅貨しか使っておらず、銀に対する馴染みが薄いからかもしれない。


 それに比べ、列強諸国における銅・銀・金の相場は、金は銀の十倍、銀は銅の百倍となっている。神明珠から得た知識によると、金の相場はもっと高くても良さそうだが、金鉱山が多いのかもしれない。


 俺はセキグチがホッとしている様子を見せたので、裏切る事はないだろうと確信した。

「明日から三日間、勧進相撲が行われる。セキグチ殿も見物してゆかれるが良い」


 セキグチは礼を述べて部屋を出ていった。早く戻りたいのだろうが、ナベシマ家一行と行動を伴にしているので、先に帰る訳にはいかない。


「ふむ、勧進相撲が終わったら、戦の支度をせねばならんな」

 俺がセキグチと話している間、黙って見守っていたトウゴウが腑に落ちないという顔をする。


「殿、芝居などではなく、本当に攻め取る訳には、いかないのございますか?」

「そうしても良いが、少なからず犠牲者が出る。それにウラカミ郷の領民も、ウラカミ家が滅ぼされるのではなく、領地替えとなった方が、反発しないだろう」


 翌日、勧進相撲が始まった。近隣から多くの人々が押し寄せ、相撲勝負の一番一番に声援を上げ楽しんだ。屋台と出店も大勢の客で賑わっている。


 フタバも相撲取り同士がぶつかり合う迫力に眼を丸くしていた。

 関脇同士の勝負となり、観ている者たちから大きな声援が上がる。行事の掛け声で勝負が始まり、巨体同士が土俵の上で、ドシンという音を響かせてぶつかる。


「ひゃあ」

 その迫力に驚いてサコンが声を上げた。その様子を見て、フタバが微笑む。

 家臣たちや住民も喜んでいるようだ。


「殿、勧進相撲は成功のようですな」

 イサカ城代が声を掛けた。

「この成功は城代の頑張りの御蔭だ。ご苦労だった」


 イサカ城代がソウリンとサコンをチラリと見て嬉しそうに笑った。孫であるソウリンとサコンが楽しそうにしているので、やって良かったと感じているらしい。

 勧進相撲は、アビコ郡やホタカ郡でも評判になるほどの大成功を収めた。


 勧進相撲が終わり、俺はウラカミ郷での戦に備えて準備を命じる。

「ウラカミ郷での戦いは、クガヌマに任せる事にした。頑張ってくれ」


 クガヌマは今ひとつ乗り気ではないようだったが、千五百の兵を率いてウラカミ郷に向かった。ウラカミ郷に入ったカイドウ軍は、ウラカミ家の居城であるシラホ城を取り囲んだ。


「クガヌマ様、取り囲むだけでよろしいのですか?」

 部下の一人が質問した。

「そうだな。偶に火縄銃でも撃つか」


 そこに影舞のハ組・組頭のハヤテが来た。

「クガヌマ様、アシタカ府のモウリ家が動きました。千五百の兵を率いて武将のタマキが、こちらに向かっております」


 クガヌマが目を輝かせた。

「ふふふ……、戦の芝居だけで終わるのか、と思っていたが、本気を出して相手をしてやろう」


 モウリ軍が近付いたのに気付いたクガヌマは、火縄銃の一斉射撃を城の上空に向かって行わせた。本当に戦っているように見せるためだ。


 背後から雄叫びが上がった。クガヌマは鉄砲兵三百に弾込めを急がせ、城を囲んでいた兵を集合させた。

「モウリ軍を叩く。これからは本気で行くぞ」


 その様子をシラホ城の上から見ている者たちが居た。

「クガヌマ殿は、大丈夫でしょうか?」

 セキグチが心配そうに声を上げた。


「どうであろう? 兵力は互角、ただカイドウ軍には三百の鉄砲兵が居る」

 カイドウ家の鉄砲兵が、火縄銃をモウリ軍の兵に向けたのが見えた。


 ウラカミ家の家臣たちは、カイドウ軍によりモウリ軍の兵が蹂躙される光景を見る事になった。

「恐ろしい。カイドウ家を敵にしなくて良かった」

「そうでございますね。モウリ家を選んだまま、ぐずぐずしていたら、大変な事になるところでございました」


 モウリ軍は瞬く間に数を減らし敗走して消えた。これでウラカミ家が降伏しても、モウリ家に非難される事はないだろう。


 モウリ軍に勝利したという報告を受けた俺は、ウラカミ郷をフラネイ府に組み込み、ウラカミ家をヒルガ郡のトヨハシ郷へ領地換えした。


 三十数万石の領地を支配する守護大名となったカイドウ家は、カラサワ家から離脱する事を宣言し、カラサワ家のヨシモトに通達した。


 この事により地域の勢力図が変わった。西アダタラ州・東アダタラ州・フラネイ府・アシタカ府がほぼ横並びの勢力として並び立ったのだ。


 カイドウ・月城督・ミナヅキは、ミケニ島を代表する武人の一人として知られるようになり、その動向が庶民からも注目されるようになった。


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【あとがき】

今回の投稿で第2章が終わりとなります。

次章からは、毎日投稿というのは難しいと思います。

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