第45話 オキタ家の危機

 アダタラ州の状況が怪しくなった頃、オキタ家のホタカ郡でも問題が起きようとしていた。

 ホタカ郡の南東にチャウス郡がある。タチバナ・唐後督とうごのかみ・ハルマサが支配する領地で、最近になってホタカ郡に小競り合いを仕掛けている。


 ハルマサはタビール湖の湊が欲しいようだ。今までは関銭を払ってホタカ郡のカリバからアダタラ州やカムロカ州へ商品を運び商売をしていた。


 だが、チャウス郡の商人たちが不平を言うようになったらしい。ホタカ郡の関銭は、運ぶ商品の相場に対する割合で二分2%だ。関銭は一分が普通で二分のところも多いのだ。不当に高いという訳ではない。カイドウ家やカムロカ州のように関所を廃止する方が珍しいのである。


 ハルマサは話し合う事で関銭を安くできないかと使者を送った。だが、オキタ家はアビコ郡のササクラ家との戦が尾を引いており、台所事情が苦しい。その使者の引き下げ要求を断った。


 その辺りからオキタ家とタチバナ家の仲がおかしくなった。そして、郡境で小競り合いが起きる。タチバナ家がオキタ家の実力を試した程度のものだが、それが二度ほど続くとオキタ家も対応を考えねばならなくなった。


 ニイミ城で軍議が開かれた。当主のヨシノブが軍議に参加している重臣たちを見回す。

「タチバナ家との小競り合いをどう思う?」


 重臣の中で、一番の武将として名高いワタナベ・イエモチが渋い顔で答える。

「タチバナ軍は、我々の実力を試そうと、小部隊を出して反応を見ているのでしょう。ですが、気分のいいものではございません」


「それは儂も同じ。だが、関銭の下げは簡単には飲めぬ」

 内政家のトウマが頷いた。オキタ家はヒルガ郡のサガエ郷・ササクラ郷を手に入れるために、大きな出費をした。この先二、三年は領地経営を引き締めなければならない。


「戦には銭が掛かる。それは拙者も承知しております。ですが、カイドウ家は兵を増やしています。同じようにできぬのでございますか?」


 ワタナベが愚痴のように言った。それを聞いたトウマが厳しい顔をする。

「カイドウ家が特殊なのでございます。あそこには、ほうじ茶や烏龍茶、鉄製品、絹糸、銀などの特産品があります。それらの特産品から得られる利益は、カイドウ家に集まり、領地経営の資金となっておるのです」


「オキタ家にもガラス細工があるではないか?」

「ですが、それはクジョウ家のガラス職人を引き抜いて、発展させたもの。本家のクジョウ家には敵いません。オキタ家独自の工夫が必要なのです」


 トウマの言葉を聞いていたヨシノブは、自分が情けなくなった。それらの工夫を怠ったのはヨシノブ自身なのだ。ガラスが作れた事に満足し、それ以上のものを作れと資金と指示を出さなかった。


「そこまでだ。今度カイドウ家からランプの製作方法が届く。それによってランプを作り売り出せば、台所事情も良くなるはずだ。それより、タチバナ家について考えよ」


 ワタナベが地図を広げてキリュウ郡を指差した。

「現状を整理します。オキタ家は、古くからキリュウ郡のユウキ家と揉めており、その関係でキリュウ郡との境に多くの兵を配置しています」


 渋い顔のヨシノブが頷いた。オキタ軍の総兵力は旧ヒルガ郡の一部を併合した事で約二千五百まで増えたが、キリュウ郡との境に八百の兵を配置し各郷に守備兵を置いているので、使える兵は少ない。


「タチバナ家の対応に使える兵力は、どれほどだ?」

「短期間なら千二百、長期になると七百ほどでございます」


「思ったより少ない。一気に片付けるのは無理だな。これでは関銭を下げる方がマシか」

 タチバナ家から使者が来て、関銭の下げを断るべきだと進言したのは、トウマである。

「殿、チャウス郡の関銭も同じ二分なのです。我々だけ下げるのはどうでしょう」


 重臣たちの間にざわめきが広がった。自分たちも二分なのに、一方的にオキタ家だけ下げろと言われているのだと知って、怒りを感じたのだろう。


「では、タチバナ家も下げるなら、こちらも応じるというのではどうだ?」

「分かりました。使者を出して交渉してみましょう」


「交渉が上手くいかなかった場合、戦になるかもしれん。タチバナ軍の実力は?」

 ワタナベが武将を代表して答える事になった。

「タチバナ軍の総兵力は二千五百、ホタカ郡侵攻に使える兵力は、千五百でございます。兵種は槍兵がほとんどで、弓兵は三百ほどと聞いております」


「ふむ、我が方が数では不利か」

「ですが、守りを固めれば、撃退する事ができると考えております」


 オキタ家とタチバナ家の交渉は上手くいかなかった。タチバナ家は、オキタ家だけが関銭を下げろと要求したのである。


 その結果、オキタ軍とタチバナ軍が戦う事となる。オキタ軍千二百とタチバナ軍千五百の戦いは長期化。両軍が陣地を構え、互いに攻撃を仕掛ける状況が続いた。


「タチバナ軍が攻めて来たぞ。弓隊は迎撃しろ!」

 槍を構えて迫ってくるタチバナ軍に、オキタ軍の弓部隊が狙いを付けた。オキタ軍が使っているのは、カイドウ軍が使っていた十字弓である。


 ヒルガ郡での戦いで、カイドウ軍の十字弓を手に入れたオキタ軍は、構造を調べて同じものを作り出したのだ。その十字弓から撃ち出された太矢が、近距離に迫ったタチバナ軍の兵を貫いた。


 オキタ軍の陣地に攻め込もうとするタチバナ軍は、オキタ軍の十字弓を駆使する弓兵と槍兵により撃退された。後退するタチバナ軍を睨んだワタナベが大きく息を吐き出した。


「ふうっ、今度も撃退できたか」

 大声で指揮していたワタナベは、声が枯れていた。

 副将であるミゾグチがワタナベの傍に立つ。


「ワタナベ殿、こんな事を続けていると、敵が十字弓の弱点に気付きますぞ」

「分かっている。だが、あれだけの犠牲を出しておるのに、敵は諦めようとせん」

「こちらの死傷者も増えております。陣地を守れぬほど、兵力が削られ弱体化するのを、敵は待っておるのです」


 そこにニイミ城からの伝令が走り込んで、重大な報せを伝えた。

「キリュウ郡のユウキ家と小競り合いが起きました」

 ワタナベは唇を噛み締め目を閉じた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 戦場のワタナベに伝令が届いた翌日、ミモリ城にオキタ家から使者が訪れた。

 俺は影舞からオキタ家の状況を聞いていたので、使者の用件は分かっていた。クガヌマとイサカ城代も呼び、一緒に話を聞く事にする。


「トウマ殿ではないか。どうかされたのですか?」

 ヨシノブの側近であるトウマは、オキタ家の窮状を訴えた。ユウキ軍とタチバナ軍の両方に攻められていると話したトウマは、援軍を送ってくれと頼んだ。


 キリュウ郡のユウキ軍はともかく、タチバナ軍は見過ごせない相手だった。ホタカ郡に攻め込んだタチバナ軍は、オキタ家の弱点であるサガエ郷とササクラ郷を攻めるだろう。


 その二つは守備兵力が少ないからだ。そうなると、カイドウ家の支配地の西側に敵性勢力が入り込む事になる。もうすぐアダタラ州で騒動が起きるかもしれないという時期に、そんな勢力が西側に入り込めば、カイドウ家は北へ動けなくなる。


「オキタ家の危機とあらば、駆け付けない訳にはいかぬ。クガヌマ、鉄砲兵五百、槍兵五百で助けに行くぞ」


 それを聞いたトウマは、涙を流して喜んだ。

 トウマは一刻も早く主君に伝えたいと言ってミモリ城を去り、残った俺たちは戦の準備で大騒ぎとなる。


 イサカ城代が寄ってきて、俺に話し掛けた。

「殿、アダタラ州は大丈夫でしょうか?」

「タカツナ殿が、西側の郡監を説得するのに、もう少し時間が掛かるはず。それが終わる前に、ホタカ郡での戦を終わらせる」


 新兵の訓練をしていたトウゴウが姿を現した。

「殿、ホタカ郡へ援軍を出すというのは、本当でございますか?」

「本当だ。タチバナ軍とユウキ軍を叩き潰す」


 それを聞いたトウゴウは、兵舎の方へ走って行った。

 俺は奥御殿に戻って、フタバに伝える事にした。オキタ家の窮状を聞いたフタバは、心配のあまり顔を青褪めさせる。


「そんな……ミナヅキ様、オキタ家はどうなるのです?」

「心配するな。必ず敵を撃退してみせる」

「あ、ありがとうございます。オキタ家を、お願いします」


 総勢千の兵を引き連れ、俺とクガヌマはホタカ郡へ向かった。今回もトウゴウが留守番である。アダタラ州で何か起きた時、トウゴウに動いてもらうつもりだからだ。


 イサカ城代は、俺を止めた。だが、カイドウ家の当主である俺が部隊に居るかどうかで、士気の高さが変わってくる。最初はそんなはずはないと思ったが、どうやら本当の事だと気付いた。


 カイドウ軍は旧ヒルガ郡を通って、ホタカ郡に入った。よく整備された水田が広がっている。冬なので寒々としているが、田植えが終わり稲穂が成長すれば、青々とした風景が広がるだろう。


「殿、もうすぐオキタ軍の陣地が見えてくるはずでございます」

 馬を並べて進めているクガヌマが教えてくれた。


 周りを見回すと水田が少なくなり、雑木林が増え始めた。郡境なので開発されていないのだ。

 オキタ軍の陣地が見えた。


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