第46話 カイドウ軍の援軍

 オキタ軍の陣地は、防御用の柵と関所の陣屋を中心に兵舎を建てたものだ。戦いが長期化したので、兵舎が必要になったのである。


 俺は陣営内の様子を見て顔をしかめた。兵舎の屋根には無数の矢が突き立ち、あちこちに怪我をした兵の姿が見えた。オキタ軍はかなり消耗しているようだ。これは小競り合いの域を超えている。


「月城督様、よく来てくださった。感謝いたします」

 オキタ軍の大将であるワタナベが、援軍であるカイドウ軍を歓迎した。

「我々が来たからには、タチバナ軍を撃退してご覧に入れます」


 俺の言葉は大言壮語たいげんそうごに聞こえたらしい。疲れた様子が見えるワタナベの顔に驚きが浮かぶ。

「それは頼もしい。ですが、タチバナ軍は手強いですぞ」


 タチバナ軍は手強い敵なのだ。十字弓で味方が倒されても、それを乗り越えて迫って来る。恐怖を乗り越えて敵に立ち向かうだけの訓練がなされている証拠だ。


 ワタナベからタチバナ軍の手強さを教えてもらった。その時、十字弓を使っていることも伝えられる。

 俺はオキタ軍を非難する気はなかった。十字弓は俺の発明品ではない。非難する資格はないと思っている。


 だからと言って、神明珠から得た知識を無条件にバラ撒く気もない。

「タチバナ軍の弓兵はどうなのだ?」

「かなり優秀でございます。十字弓が届かぬ間合いから容赦なく矢を放ってきます」


 俺は弓兵を最初に叩くべきだと考えた。ワタナベに弓兵が矢を放つ位置を教えてもらい、次の戦いが始まった時には、その弓兵を狙える位置に鉄砲兵を配置するようにクガヌマに命じた。


 ワタナベが珍しそうに火縄銃を見ている。

「ワタナベ殿は、火縄銃を見た事がなかったのございますか?」

 クガヌマが話し掛けた。


「恥ずかしながら、初めてです」

「某も初めて見たのが、昨年の事ですので、大して変わりません」

「その武器は、カムロカ州であまり使えないという評判があると、聞き及んでいます。間違いなのですか?」


 クガヌマが俺の方へチラリと視線を向けた。何と答えて良いのか、迷っている様子だ。

「火縄銃は命中率が高いとは言えません。それに高価ですので、数を揃えるのに苦労します」

 俺は代わって答えた。


「命中率が……ならば、なぜ火縄銃を多数揃えられたのでございます?」

 俺はニッと笑う。

「火縄銃の鉛玉が命中すれば、敵兵の鎧を貫き、死ぬか大怪我を負わせられるからです」


 俺の答えを聞いたワタナベは、顔を強張らせた。

「それだけの威力が有る武器だという事でございますな」

「その通り」


 ワタナベから戦いの状況を聞いた俺は、陣屋の一部屋を借りて休む事にした。

「殿、タチバナ軍の兵力は予想より多いようでございますね」

 クガヌマは戦が長引く事を心配しているようだ。だが、俺は長引く事はないと思っていた。


「五百の鉄砲兵が居るのだ。案外早く決着するかもしれんぞ」

「殿が楽観的になっているとは、珍しい」

「戦を楽観視している訳ではない。ただ、タチバナ軍は火縄銃の存在を知らぬ。それが如何いかなるものか、知る前に叩き潰したいのだ」


 その夜は夜襲もなく、静かな夜が過ぎた。

 翌朝、タチバナ軍が動いた。クガヌマの報告で外に出ると、タチバナ軍側の陣営で隊列を組んでいる部隊が見える。


「昨日の打ち合わせ通りに、鉄砲隊の配置を」

「畏まりました」

 クガヌマが鉄砲兵と槍兵を集めるために駆け出した。


 俺はワタナベのところへ行って、細かい打ち合わせをする。

「月城督様、オキタ軍の兵は疲れております。あまり無理が利きません」

「承知している。最初はカイドウ軍だけで戦う。追撃戦になったら、オキタ軍にも参加してもらおう」


 ワタナベはカイドウ軍の実力を測りかねており、俺の言葉を信用して良いか迷っているらしい。カイドウ家の当主とは言え、若造の俺を信頼できないのは仕方のない事だ。


 タチバナ軍は槍兵を先頭に進んでくる。槍兵の数は千を少し超えるだろう。弓兵は三百ほどだ。オキタ軍の総兵力は七百にまで減っていたので、敵軍を押し返すのは大変だったはず。


 俺は鉄砲隊のところへ行き、クガヌマの横に並んだ。

「敵の弓隊は、前回と同じ場所に陣取るつもりのようでござる」

「そうみたいだな。ならば、火縄銃の鉛玉が届く。二百五十ずつ二回の一斉射撃で、どれほど仕留められると思う?」


「さあ、前代未聞の事でございますからな」

「前代未聞……ササクラ軍と戦った時は、敵がこちらに向かって走って来たのだったな。今回は動かない敵を狙う事になるのか」


 クガヌマが頷いた。

「敵が動かぬ、というのも初めてですが、これだけの距離で狙うのも初めてでござる」


 敵の弓兵が想定していた位置に止まり、弓の準備を始めた。

「始まるようです。……鉄砲兵は火縄に火を点けよ!」

 クガヌマの鋭い声が戦場に響き渡る。


 法螺貝の音が聞こえ、敵の槍兵が突進する。敵の弓兵はまだ構えていない。槍兵がオキタ軍に接近するのを待って射るつもりなのだろう。


 それを待っている気はない。俺はクガヌマに合図した。

「前列、敵の弓兵を狙え……撃て!」

 二百五十丁の火縄銃が一斉に火を吹いた。火薬の爆発音に驚いた馬が暴れる。敵の武将の一人が馬から放り出されたようだ。


 同時に敵の弓兵もバタバタと倒れる。百人ほどが倒れたように見えるが、はっきりしない。

「後列と交代、同じく弓兵を狙え……撃て!」

 もう一度二百五十丁の火縄銃が火を吹いた。


 今度も大勢の弓兵が倒れるのが確認された。俺は敵の槍兵の動きに注目。火縄銃の発射音が響き渡った時だけ勢いが鈍ったが、今もこちらに向かって突撃している。


「装填を急げ」

 さすがに一斉射撃は続かない。最初に撃った前列の鉄砲兵が装填を終わらせた時、敵兵が迫っていた。

「前列、前へ。敵槍兵を狙え……撃て!」


 火縄銃の発射音が響き渡り、先頭を走っていた敵槍兵が、何かに躓いて転んだように倒れた。そして、起き上がる様子はない。


「後列、前へ。敵槍兵を狙え……撃て!」

 クガヌマはまなじりを決して敵の動きを見定めている。四度目の一斉射撃で敵槍兵がバタバタと倒れた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 戦いが始まる少し前。

 オキタ軍の大将であるワタナベは、援軍に来たカイドウ軍の様子をジッと見ていた。副将であるミゾグチが歩み寄り話し掛ける。


「ワタナベ殿、カイドウ軍は大丈夫でしょうか?」

「月城督様は自信が有りそうだったが、相手はタチバナ軍だ。我々も準備を怠るな」

「もちろんです。準備は終わっております」


 タチバナ軍が動き始め、槍兵がこちらに向かって走りだした。

「カイドウ軍は、弓兵から叩くという事でしたが、やはり同じ位置に陣取って準備をしておりますな。十字弓では届かん位置でござる」


「我々の弓兵の準備は終わっておるのだな」

「はい、いつでも放てます」

「ん、鉄砲兵という者たちが動き出したぞ」


 カイドウ軍の鉄砲隊が一斉射撃を行った。火薬の爆発音はワタナベたちのところへも届いた。

「見ろ、敵の弓兵が倒れた」

「なんと……ざっと百人ほどが倒れたようでございます」


 次の一斉射撃で敵の弓隊は崩壊した。それを目にしたワタナベたちは唸り声を上げる。

「んーーー、何という破壊力。だが、十字弓と同じか。連射には向かない武器のようだ」


 早合で装填した火縄銃が突撃して来る槍兵に向けられて発射されると、敵槍兵がバタバタと倒れる光景をオキタ軍の将兵は目撃する事になった。


「凄まじいな」

「はい、カイドウ軍は戦いのあり方を変える気のようです」

 ワタナベは全身に戦慄が走るのを感じた。


 また火縄銃が一斉射撃が行われ、大勢の敵槍兵が倒れる。火縄銃の存在に気付いたタチバナ軍は浮足立った。敵に槍が届かない間合いで一方的に蹂躙されるのだ。


 槍兵が恐怖を覚えないはずがなかった。どんなに鍛えられた兵でも大勢の仲間が次々に倒れれば怖気づく。カイドウ軍の鉄砲隊が敵槍兵を狙いやすい場所に移動を始めた。


 その間にオキタ軍の弓兵が攻撃する手筈になっている。

「ワタナベ殿、眺めている場合ではないですぞ」

「そうだな。十字弓の攻撃を始めろ」


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