第44話 ホウショウ家とクジョウ家

 完成したランプは、二十個ほど生産されミモリ城で使われ始めた。

「殿、この灯りは素晴らしいものでございますな。夜でも目が疲れずに書物を読めます」


 イサカ城代や他の評議衆にもランプを渡し、使い心地を試してもらっている。評判は良いようだ。ただ使う油代が高くなりそうだと指摘があった。


「だが、ランプが広まれば油の消費が増えそうだと、フナバシから指摘があった。油の事も考える必要が有りそうだ」


「何か考えがあるのでございますか?」

「植物油の中で、広く使われている菜種油・綿実油・大豆油を考えたが、ランプの油としてはあまり適していないようだ。それでオリーブ油を考えている」


 オリーブの栽培は、カムロカ州の西にあるサド島で行われている。その油もクマニ湊で売られているのを見た事がある。


 オリーブ油は昔からランプ油として使われていたらしい。オリーブは温暖な気候を好み、日照時間が長い土地に向いているようなので、旧ヒルガ郡のカナヤマ郷とタカサゴ郷が適しているように思えた。


 ただ問題なのは、挿し木を植えて実が生るまで数年も掛かる事だ。時間が掛かると承知の上で、オリーブの栽培に決めたのは、カナヤマ郷とタカサゴ郷には特産品がないからだ。オリーブが特産品になると思ったのである。


 それにカナヤマ郷とタカサゴ郷は水田に適した土地が少なく、多くの土地が畑になっている。しかも畑の土が悪いのか作物の育ちが良くない。俺が調べた結果、土がアルカリ性で栽培している作物と合っていないと分かった。


 原因が分かったので、何か活用方法がないかと考えていたのだ。オリーブの木はアルカリ性の土地を好むようなので最適だろう。


「ほう、カナヤマ郷とタカサゴ郷の土地を使うのでございますか。ただ実が生るまでの間、オリーブの木を育てる者たちを援助しなければならないのが問題ですな」


「援助はしなければならんだろう。だが、オリーブはあまり手間の掛からない植物なので、兼業で機織りの仕事をしてもらうつもりだ。ある程度の収入にはなるだろう」

 ドウゲン郷の絹糸やイスルギ郷で栽培する綿を綿糸にして、織物産業を起こすつもりだと説明した。


 イサカ城代はオリーブの栽培に賛成してくれた。

「ところで、野盗の根城だった島は、どういたしますか?」

「タビール湖の島は、誰に所有権があるのだ?」


「今まで所有権を主張した者は居りましたが、結局放棄したようです。あんな小さな島では、利用価値も少ないのです」


 所有権を主張するには実効支配する必要があり、その土地に人を派遣して住まわせなければならないそうだ。


「ならば、放置すれば良いのではないか」

「殿ならば、何らかの利用価値を思い付くのではないかと、思ったのでございます」


 タビール湖の中央近くにある島か。何に使えるだろう。宿泊施設しか思い浮かばないな。

「島に宿泊施設を建てようとした者は居るのか?」


「居ります。小屋を建て帆船の客を泊めようとしたのですが、お粗末な宿泊施設だったので客は集まりませんでした」


 船と同等程度の宿泊施設なら、客は集まらないだろう。俺は島の価値を戦略拠点として評価していた。船で敵地を襲撃する時の中間基地である。


 馬蹄形の山と入り江のある馬蹄島、その北にある馬北島、西にある馬西島をカイドウ家のものだ、と俺は宣言した。宣言とは、タビール湖の周辺にある領地の当主に、島の位置と名前を知らせ、カイドウ家のものだと書いた宣言書を渡せば終わるらしい。


 その宣言書を読んだ当主たちが、一ヶ月以内に抗議の声を上げなければカイドウ家のものになる。但し、島に人を住まわせなければならない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 宣言書はアビコ郡のホウショウ家にも届けられた。

 それを読んだミツヒサは、鼻で笑った。

「ふん、馬鹿な奴め。タビール湖の島など、何の価値もないというのに……」


 マエジマが部屋に現れた。

「殿、カムロカ州から使者が来られました」

「先触れはなかったはず。誰だ?」


「クジョウ家の重臣ミドウ・ダンジョウ殿でございます」

「何用だろう?」

「さて、見当も着きませぬ」


「ふん、役に立たん奴よ。仕方ない部屋に案内しろ」

 マエジマは頭を下げ部屋を出た。そして、ミドウを案内して部屋に戻る。


 ミツヒサは一段高くなっている上座からミドウを見下ろした。ミドウが丁寧に挨拶をする。

「用件を聞こう」

「瑠湖督様、カイドウ家がタビール湖の野盗を退治した事が、評判になっております」


「聞いている。しかも、野盗の根城だった島を含む三島の所有権を宣言しおった」

「カイドウ家がどうやって野盗を退治されたか、聞いておられますか?」


「野党たちが小屋や船の中で休憩しているところに、火矢を放って焼き討ちにしたと聞いている」

「焼き討ち……確かな事でございますか?」


「ああ、タビール湖を航行する船が、島から立ち昇る煙を見ている。間違いない」

「そうでございますか。ありがとうございます」


「用件は、それだけなのか?」

「いえ、これからが本番です。瑠湖督様はカイドウ家を心良く思っていないと、聞き及びました」


「どういう意味かな?」

「カラサワ家はカイドウ家を排除する気はないようでございます。クジョウ家が手を貸しましょうか?」


 ミツヒサは眉をひそめた。

「何が狙いだ?」

「何も、瑠湖督様をお助けしようと思っただけでございます」


 クジョウ家が何を考えているのか、マエジマには分からなかった。だが、このままではまずいと感じた。

「ミドウ殿、おたわむれはそこまでにしてもらおう。カイドウ家は敵ではござらぬ。少しくらい仲が悪いと言っても、戦おうとは思っておらぬ」


 ミドウが薄笑いを浮かべた。

「そうでございますか。某の勘違いでございました」

 ミツヒサがマエジマを睨んだ。


 ミドウは挨拶をして、ミツヒサの前から去った。

「マエジマ、なぜ邪魔をした」

 ミツヒサの言葉に、マエジマが凛とした目で見返し答える。


「クジョウ家は、ホウショウ家とカイドウ家を戦わせ、カラサワ家の勢力が力を落とす事を企んでおるのです。そんな手に乗る訳にはいきません」


「あ、あの申し出は、そんな意図があったと申すのか?」

「もちろんでございます。その他にクジョウ家にとって、どんな利益があると?」

「も、もちろん、そうだな。だが、出しゃばるな」


 タケオ城を出たミドウは、振り返って城を見詰めた。

「ふん、当主のミツヒサは、凡夫でござったが、マエジマという武将は気骨のある男であった。……それより、カイドウ家は、野盗を焼き討ちにしたのでござるか……そうなると、証拠になるようなものは焼けたな」


 ミドウは知りたかった事を確認したので、クルタへ戻る事にした。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ郷では、募集した二千数十人の新兵を鍛えていた。訓練は走る事から始まり、槍を使った素振りと組討術、座学で読み書きを教えた後、鎧と兜を身に着けた状態で棒を使った一対一の地稽古を行う。


 厳しい訓練であるが、配給される食事が旨いので脱落者は少ない。

「トウゴウ、厳しく鍛えているようだな」

 俺が視察に行くと、トウゴウが声を張り上げて指示を出していた。


「はい。この者たちがカイドウ軍の精鋭部隊になるのでございますから、気を抜けません」

「火縄銃の訓練は、いつ頃から始めるのだ?」

「十日後からになると思います」


「分かった。鉛玉と火薬を用意するように手配しておこう」

「ありがとうございます。ところで、フナバシと会われましたか?」


「いいや、会っていないが……フナバシが俺を探しているのか?」

 俺は訓練場へ来る前に、奥御殿に寄って来たので、入れ違いになったようだ。

「はい、何か用が有るらしいですぞ」


 俺はフナバシのところへ向かった。フナバシの持ち場は、ミモリ城の二階にある勘定部屋と呼ばれる大部屋である。ここではフナバシの部下たちが算盤を弾いていた。


「殿、探しておりました」

 フナバシが俺を見付けて声を上げた。

「トウゴウに聞いたが、何か用が有るそうだな」

「はい、ランプの生産を増やして欲しいのです」


 今月からランプをアダタラ州のハシマで売り出した。売れ行きを見てから増産するかどうかを判断しようと考えていたのだ。


「その様子だと、ランプが売れているのか?」

「はい。ハシマで馬鹿売れしているようです。売り切れで買えなかった者が、注文を出しているのでございます」


 俺はランプ工房とガラス工房に増産を命じる事を約束した。これで正腹丸に続く特産品が、カイドウ家に生まれた事になる。


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