第2章 守護大名編

第35話 天駆教徒の動き

 かつて日本が存在した海域の近くに、真新しい島が生まれた。そこに移住した人々は、日本の戦国時代ほどに文明を発展させた。

 皮肉な事に、社会自体も戦国時代と酷似したものとなっていた。


 その島では武人たちが覇を競っており、その中の一人が俺だ。

 カイドウ郷の豪族当主として乱世に飛び込んだ俺は、二年ほどでミザフ郡を支配する大名となった。これだけの偉業を成し遂げられたのには理由がある。


 俺はカイドウ家に伝わる神明珠というものを試し、神の叡智と呼ばれる知識を授かったのだ。神の叡智は、今より文明が発達していた古代の知識を集約したもので、文明のリレーバトンのようなものだった。


 夏が終盤に差し掛かった頃、定例の評議を開いた。

「ホシカゲ、アガ郡の様子はどうだ?」

「天駆教徒は、アガ郡を掌握するために時間を掛けているようでございます」


 アダタラ州から追われた天駆教徒は、アガ郡に根を張ろうとしているようだ。そのアガ郡に大勢の天駆教徒が集まり始めていた。


 それを脅威と考えたコベラ郡のキラ家は、アガ郡との境に兵を集め警戒態勢を強化した。とは言え、すぐには全面的な戦に発展しそうになかった。


 天駆教徒がアガ郡の掌握に手間取っている今こそ絶好の機会なのに、キラ家のカネオキが躊躇ちゅうちょしてしまったのだ。多くの天駆教徒がアガ郡に集まっていると聞いて、慎重になり過ぎたのである。


 クガヌマは顔をしかめた。

「今こそ攻め込む好機だ、というのが分からんのでござろうか」

「秋津督様は、全兵力を集結させたいようでございます」


 カイドウ家とキラ家は友好関係にあるので、兵の全てを北へと移動させたらしい。

「殿、今コベラ郡へ侵攻すれば、簡単に半分以上の領土を奪えますぞ」

 イサカ城代が俺を試すように言った。


「そんな事をすれば、カイドウ家のミナヅキは信用できない、と評判になる」

 乱世における信用は大切だった。調略などを仕掛ける時、こちらに信用がなければ、誰も話を聞いてくれぬだろう。


 分かっていて試したイサカ城代が、微笑んでいた。

「これまでに戦った相手は、全て敵対関係にあった者たちです。カイドウ家も大きくなり、味方となる大名・豪族も出てくるでしょう。そこは区別して対処せねばならんのです」


「キラ家は、我らに援軍を求めようとするでしょうか?」

 クガヌマが気になった事を尋ねた。俺はクガヌマへ顔を向ける。

「カイドウ家とキラ家は、そこまで友好関係が深い訳ではない。キラ家が助けを求めるとしたら、カラサワ家であろう」


 トウゴウが頷いてから、俺に視線を向けた。

「カラサワ家は、それに応えるでしょうか?」

「アガ郡の天駆教徒を制圧するために、どれほどの兵力が必要かによる」


 カラサワ軍の総兵力は二万八千、カムロカ州との州境を警護するのに八千ほどの兵が必要であり、各地の守りと雑務をこなすために分散配置している一万五千、すぐに動かせる兵力は五千である。


 その中の二千は前回の天駆教徒の戦いに負けて逃げ帰っている。もう一度天駆教徒と戦えと言っても、士気は上がらないだろう。


 俺がカラサワ軍の兵力配置を説明する。

「ですが、分散配置している兵を集めれば、天駆教徒など壊滅させられるはず」

 クガヌマが意見を述べた。


「そうだな。カラサワ家の存亡の危機と考えたら、一万五千を掻き集めて天駆教徒を潰すだろう。だが、存亡の危機だろうか? 各地に分散した兵を集めるには、膨大な費用が掛かる。その費用を払ってまで分散した兵を使うだろうか?」


 フナバシが俺に尋ねた。

「殿が大路守様ならば、どうなさいますか?」

 天駆教徒が厄介な点は、占領地の住民を改宗させ仲間を増やしている事だ。放置すれば、どんどん天駆教徒が増える。


「俺ならば、無理をしてでも潰す。そうしなければ、この世は天駆教徒だらけになる」

 増え始めた天駆教徒は恐ろしい。早目に潰すしかないのだ。


 網戸だけを閉めている窓から風が吹き込んできた。集中して討議していたので、身体が火照ほてっていたようだ。風を涼しく感じる。


 評議を終えて、俺は奥御殿に戻った。

 居間には誰も居らず、フタバとチカゲは台所へ行っているらしい。フタバは使用人たちと一緒に料理を作るのが楽しいと言う。


 大名の正室としては、褒められた事ではない。だが、フタバ自身が楽しいと感じているのなら、と許している。

「ミナヅキ様、戻っておられたのですね」


 フタバが居間に現れた。正室のフタバだけには、自分の名前を呼ばせている。そうでないと、自分の名前を忘れそうなのだ。


「今日は何を食べさせてくれるのだ?」

「活きがいい鮎を手に入れましたので、塩焼きにしました」

「それは美味しそうだ」


 俺は贅沢をしている訳ではないが、バランスの良い食事をするように心掛けている。この時代の人々の平均寿命が短いのは、医療が未発達だという事と生活環境に問題があるからだろう。


 その生活環境の中で一番重要なのは食事だ。野菜・肉・魚介類をバランスよく食べる。但し、寄生虫が怖いので野菜の生食は避けるべきだろう。その事はフタバや料理人たちに伝えてあった。


 食事が終わり日が落ちた。ミザフ郡で使われている夜の灯りは、植物油を使った行灯あんどんとロウソクである。使用人が行灯の油を足し、火を点けて去る。


 悲しくなるほど弱々しい明かりだ。以前にガラスを使ったランプが作れないかと考えたが、研究する時間が必要だと分かったので中断している。


 俺は神の叡智について考え始めた。神明珠の中に秘められていた西条利通という人物からの伝言は、俺が受け取った。託された知識を基に文明を加速させるというのが使命らしい。


 戦争は文明を加速させるという一面もあるが、元々進んだ知識を持っている俺にとっては、平和な世の中である方が新しい事を始められる。


 敵が襲ってくるような世の中では、戦争に関する事だけが進歩しそうだ。なので、その使命を果たすには、平和な世界が必要だと感じていた。


 そして、平和な世の中を手に入れるには、カイドウ家と戦おうと誰も思わなくなるほど、大きくなる必要がある。


「ミナヅキ様、怖い顔になっていますよ」

 フタバの声で、思考の渦の中から我に返った。


「済まない。つい考え事に夢中になっていた」

「何を考えておられたのですか?」

「いろいろだ」


「天駆教徒の事でございますか?」

「それもある。平和な日々が続いて欲しいのに、天駆教徒たちが邪魔をしようとしている」

 考え続けたからか、少し疲れた。今日は寝よう。


 翌日、朝早くに起きた俺に、嫌な報せが届いた。

 天駆教徒たちがコベラ郡へ侵攻を開始したというものだ。天駆教徒の兵力は三千に増え、コベラ郡のキラ家は全兵力を掻き集め対抗しているという。しかし、その兵力は千五百ほどだった。


 コベラ郡に住む領民が避難民となって、ミザフ郡に逃げてきた。それは人数を数え切れないほどで、コベラ郡と隣接しているキンポウ郷は混乱する。


 俺は評議衆を集めた。

「殿、容易ならぬ事態ですぞ」

 イサカ城代が顔を強張らせて、鋭い口調で声を上げる。


 モロス家老が俺へ厳しい視線を向けた。

「コベラ郡からの避難民を受け入れるのは、無理でございます」

 その目は避難民をコベラ郡へ追い返せと訴えている。


 だが、そんな事をすれば、避難民とカイドウ軍との間で小競り合いが起こってしまう。避難民の受け入れ先を用意しておくべきだった、と後悔した。


「いや、避難民はイスルギ郷の荒れ地に誘導しよう」

 トウゴウが首を傾げた。

「用水路を掘っている場所でございますか?」

「そうだ。あそこで用水路工事の仕事を手伝わせ、その代わりに食糧を分け与える」


 フナバシの顔が厳しいものとなった。

「その分け与える食糧は、どうするのでございます?」

「氷室に保管している米と、カイドウ郷の河川敷で栽培した蕎麦を配給する」


「それならば足りるかもしれませんが、予備の食糧がなくなります。今年不作となった場合、来年は厳しい事になります。よろしいのでございますね?」


「仕方ない。その場合は、他家より穀物を買って凌ぐしかないな」

「そこまで考えておられるのなら、私に反対する理由はございません」


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【あとがき】

執筆用の参考資料を公開します。みてみんにアップロードしたミケニ島の地図です。

未完成ですが、よろしかったら参考にしてください。


https://15132.mitemin.net/i501429/

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