第33話 カイドウ家の嫁

 季節は夏になり、カイドウ家とオキタ家の結婚式が近付いた。

 オキタ家とカイドウ家が話し合い、オキタ家は五百の兵を引き連れて結婚式のためにカイドウ郷を訪れる事になった。


 オキタ家の居城があるホタカ郡の城下町ニイミを出発したオキタ家一行は、ササクラ家の支配地であったサガエ郷・ササクラ郷を通り、カナヤマ郷に入った。


 ヨシノブは馬に乗って移動したが、キキョウとフタバは駕籠かごに乗っている。駕籠は高貴な女性が乗るものというのが常識となっていた。


 ヨシノブはカイドウ家の支配地に入った時、急に道が広くなり整備されているのに気付く。

「ほほう、我らのために道普請までしてくれたのか。婿殿は気を使ってくれたようだな」

 勘違いではあるが、ヨシノブは気を良くする。


 一行はモロツカとナガシノで一泊した。宿はカイドウ家が手配しており、最高のもてなしで歓待するように命じてあった。ナガシノの宿で提供された料理は、焼き鳥である。


 別に焼き鳥が珍しい訳ではない。ただ、ナガシノで出された焼き鳥は甘辛いタレを使ったものだったのだ。普通は塩を振っただけの味付けなので、オキタ家の者たちは珍しがった。


「この鶏肉は美味しいです」

 フタバが顔をほころばせた。ヨシノブも同じである。

「このタレが旨いな。これは宿秘伝の味というものなのか?」


 家臣のタカツキも興味を持ったらしく宿の主人に聞いたらしい。

「殿、このタレが美味しくなったのは、蜂蜜を使っておるからだそうです」

「ほう、蜂蜜を使っておるのか。ドウゲン郷で養蜂が盛んだとは聞いておらんが、どこの蜂蜜なのだ?」


「最近、月城督様に勧められて、キザエ郷で養蜂を始めたそうでございます」

 キザエ郷の養蜂は始めて一年ほどしか経っていない。ここのタレに使ったのは最初に採れた蜂蜜になる。


「ふむ、月城督殿は養蜂についても詳しいのか。領民の評判はどうだ?」

「カイドウ家に代わってから、暮らしやすくなったと評判になっております」

「なるほど、月城督殿は内政家としても優秀なようだ」


 翌日、ドウゲン郷を出た一行はカイドウ郷を目指した。その日のうちにカイドウ郷へ到着し、初めて二つのミモリ城を見た。


 古ぼけて無骨そうな城と白壁の真新しい奇妙な城が並んで存在していた。新しい方が新ミモリ城なのだろう。

「奇妙な城だな。あれでは籠城もできまい」

 ヨシノブがポツリと言った。


 タカツキが鋭い視線で新しい城を観察する。

「確かに、籠城は無理でございます。ですが、三方に兵舎のようなものを建設中のようです。一棟の兵舎に二百の兵を待機させるなら、三棟で六百。少しくらい堅牢な城より、余程安全でございましょう」


 護衛として連れてきた兵は、旧ミモリ城で休ませる事になった。古い城は、もう使っていないらしい。

 ヨシノブ親子と重臣たちは、新ミモリ城へ案内された。建てたばかりで調度品などは揃っていないようだ。だが、真新しい畳の匂いがする。


「フナバシ殿、この城は変わった構造をしておりますな」

 タカツキが声を掛けた。

「はい、殿の要望を取り入れたものを建てたのですが、このような形となりました」


 ヨシノブが頷いてから質問する。

「その要望とは、どのようなものなのかな?」

「暮らしやすい建物というものです」

「ほう、どのような工夫がされておるのか?」


「窓をなるべく大きくしております。暗い部屋で文字を読むのは疲れると仰られるのです」

 ヨシノブは大きな窓から入った光が、部屋を通って廊下まで照らしているのに気付いていた。

「だが、それでは冬が寒いのではないか?」


「そんな事はございません」

 フナバシは空いている部屋に案内した。そして、窓のところを注目するように言う。

「この溝は障子か? しかし、溝の数が多いな」


「はい。これは虫除けの網戸と防寒用の二重障子でございます」

 冬の寒さ対策のために、障子を二重にしている。障子なのは少しでも光を部屋に取り入れるためである。ミナヅキはガラス窓にしたかったのだが、さすがにガラスは高価すぎて使えなかった。


 フタバは虫除けの網戸が気に入った。夏の蚊は眠りの浅いフタバにとって厄介な存在だったからだ。同じ体質のキキョウも網戸には興味を惹かれたようだ。


 ヨシノブが障子や網戸を開け放ち、窓から頭を突き出した。

「なるほど、鎧戸も付いておるのだな」

「台風や大雨が降った時のためでございます」


 タカツキが見慣れないものを発見して声を上げた。

「あれは何でござろうか?」

 部屋の一角に小さな囲炉裏のようなものが組み込まれており、鉄製らしい奇妙なものが置かれていた.


「鉄火鉢でござる。あの中で火を焚いて暖を取る道具でございます」

「あれは、月城督殿が考えられたものかな?」

「いえ、大陸の北方で使われているものだそうです」


「火を焚くと申したが、炭をつかうのか?」

「いえ、薪で構いません。煙は煙突を通って外に出される構造になっております」


 ヨシノブはゆっくり息を吐き出し頷いた。

「なるほど、住みやすい城のようだ」

 新ミモリ城の工夫はまだまだ有るのだが、全部を説明する時間はない。


 フナバシはオキタ家親子と重臣たちが休んでもらう部屋に案内した。オキタ家の方々には静かな夜を過ごしていただき、娘を手放す心の準備をしてもらった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 翌日、富岳神社で結婚式が行われた。

 近隣の大名や豪族からの祝いの品を持った家臣たちが駆け付け祝ってくれる。


 俺は祝の言葉に感謝の言葉を返し、目の回るような忙しい一日を過ごした。それが落ち着いたのは、夜になってからだった。


 やっと二人きりになった俺は、妻となったフタバに告げた。

「フタバ、俺は一生、君を大切にするつもりだ。だが、苦労する事も有るだろう。その時は耐えてくれ。年を取り隠居した時に、まずまずの人生だったと思えるようにするから」


 フタバは俺の目を見詰め、

「苦労するのは覚悟の上でございます。最後まで殿を信じて付いて参ります」

 この時初めて、フタバをいとおしいと思った。


 翌日、ヨシノブたちがホタカ郡に向けて出発し、カイドウ郷に日常が戻った。

「殿、次はお世継ぎでございますな」

 イサカ城代が俺に声を掛けた。


「結婚したばかりだ。気が早すぎる。それより、街道の整備は、どこまで進んだ?」

「六割方は終わっております。残るはイスルギ郷を中心とした地域となります」

「ならば、そろそろ馬車を造るか」


 俺は八人乗りの乗合馬車と四人乗りの賃貸馬車を開発した。馬車自体は存在するので、少し工夫を加えて完成させる。


 馬車は少しずつだが、カイドウ家の支配地で普及し始めた。それに連れてコベラ郡の商人がミザフ郡を通ってアダタラ州やカムロカ州へ商売に行くようになった。


 それに従い通過点であるトダ・ミモリ・ナガシノ・モロツカ・トガシが宿場町として発展を始めた。これにはコベラ郡の商人だけでなく、ミザフ郡の商人たちが活発に商売を広げ始めたのも影響している。


「殿、これでどうです」

 フタバが将棋の駒を動かした。俺は楽しそうに笑う。

「中々筋がいいぞ。きっと強くなる」

「本当ですか」


 フタバは相変わらず可愛い。仕事が終わり、二人になる時間が癒やしの時間となっている。

 その時、昼間に聞いた報告を思い出した俺は、難しい顔になっていたようだ。

 それに気付いたのだろう。フタバが心配そうな声を上げる。

「何か悩み事でございますか?」


「アダタラ州の東部にあるナセ郡が天駆教徒に乗っ取られ、それを鎮圧するためにカラサワ軍が派遣されたようだ。それにナセ郡の東隣にあるアガ郡のノウミ家も領境に兵力を集めているらしい」


 アガ郡は、ミザフ郡の北東にあるコベラ郡の北隣に位置する領地で、ノウミ・紫苑督しおんのかみ・ナオハルが支配している土地だ。


「そんな……天駆教徒はほとんど居なくなったと聞いておりましたのに」

「隠れて信仰していたようだ」


「ですが、郡を乗っ取るなど、何が起きたのです?」

「ナセ郡はカラサワ家の一門であるワカミヤ・タダナガが治めていたのだが、天駆教徒狩りをしていたようだ」

「まあ、それは……」


 天駆教の教典の中に、尊ぶべきは太陽神イミト神だけというという教えがあり、まず収穫した穀物を太陽神に捧げるという儀式がある。


 天駆教徒は神に捧げる穀物を隠し持っている事があり、ワカミヤは年貢を誤魔化していると思ったようだ。実際に隠し持っていた例が多くあるので間違っている訳ではない。


 ササクラ家が滅んで以来、平和だった周辺がきな臭くなってきた。俺はアガ郡とナセ郡を調べるように影舞に命じた。


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