第32話 シノノメ郷
思いがけず、シノノメ郷がカイドウ家の支配地に加わった。俺はシノノメ郷の一部をカイドウ家のものとした。キザエ郷の北にあるシノノメ郷の三分の一に当たる部分で、隣のコベラ郡と接している地域である。
それに加え、妙蓮山の銀鉱山をカイドウ家のものとして、残りはシノノメ家に任せる事にする。但し、関所は廃止である。
また、シノノメ家の人材を何人か引き抜いた。武将のトリイ・カネツグをトヨハシ郷の軍務責任者である
他に内政家のキウチ・マサタカをトヨハシ郷の代官に任命する。
それまでトヨハシ郷の代官をしていたモロスの息子であるモロス・トモヨリと武将サイオンジ・スミヒサはカイドウ郷に戻した。
少しだけ休養させた後、トモヨリは父親の代わりにキザエ郷の代官として赴任させた。サイオンジもクガヌマの代わりにキザエ郷の郷将とする。
これはモロス家老とクガヌマには、評議衆としての仕事に専念してもらうためである。
それらの配置換えが終わって、初めての評議。
「これで、ミザフ郡はカイドウ家のものとなりました。殿、おめでとうございます」
モロス家老の言葉に、俺は思わず笑顔になった。
「そうか、大名となるのだな」
イサカ城代が頷いた。
「吉日を選んで改名の儀を行わねばなりませんな」
改名の儀とは、豪族から大名に変わる時に、『月城頭』を『
使う漢字は違うが、読み方は全て同じなのでややこしい。まあ、実際は手紙を書く場合にだけ気を付ければいいだけの事だ。
改名の儀は富岳神社で行う事になるだろう。
「殿、シノノメ郷の東部をキンポウ郷と名付ける事に決まりましたが、誰に代官を任せましょうか?」
「イサカ城代の息子イサカ・ナオカツを代官とする。郷将はクガヌマの配下であったノセに任せる」
イサカ城代が頭を下げた。息子が信頼された事になるので喜んでいる。クガヌマも可愛がっていた配下が昇進したので、嬉しそうだ。
「キンポウ郷は、どのように発展させていくか、殿の考えを聞きたいのですが」
イサカ城代が息子のために尋ねた。
「キザエ郷のトダから、コベラ郡へと繋がる道を整備する。そして、コベラ郡の商人や旅人たちを呼び込もうと考えている」
「そのような商人や旅人が居るでしょうか?」
「カイドウ家の支配地は、基本関所を廃止している。関銭を取られずに済むので、こちらの道を選ぶのではないかと思う」
確かに商人にとって、関銭は大きな出費になる。だが、遠回りする事で旅費が多くなるようでは意味がない。その点をイサカ城代が尋ねた。
「領地内の道を馬車が通れるように整備して、賃貸馬車や乗合馬車を用意しようと思う」
馬車が使われている場所は、いくつか存在する。アダタラ州のハシマやカムロカ州のクルタだ。そこは砕石を使って道を整備しており、馬車や人力車が使われている。
「なるほど、馬車と荷車では三倍ほど速度が違いますからな。費用も少なくて済むのですな」
人力で荷車を引いて運ぶには、それだけ人数が必要になる。カムロカ州へ行く場合を考えると、費用的にあまり変わらなくなるだろう。
俺は快適な宿泊施設や美味しい料理、治安の良さを提供すれば、商人たちは遠回りになってもカイドウ家の領地を通って行くようになるだろうと考えていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アビコ郡のホウショウ家では、マエジマがシノノメ家の降伏を報せていた。
「なぜだ? あれだけ、我軍がカイドウ家を攻撃するのを、待ちわびていたではないか」
当主のミツヒサが顔を歪めて喚いた。
「どうやら、待ち切れなくなったようでございます」
「不甲斐ない。カイドウ家は動く気配がなかった。なぜ待てなかった?」
「カイドウ家に時間を与えれば、益々強大になると思ったようです」
「馬鹿な。儂がカラサワ家の姫と婚約した事を知らぬのか」
マエジマは顔を伏せた。確かにカラサワ家の姫と婚約した事でホウショウ家は格を上げた。だが、それだけで戦力が上がった訳ではない。
カイドウ家に勝てるだけの戦力を、ホウショウ家は保有していない。戦えば、ホウショウ家が負けるとマエジマは思っていた。
ただカラサワ家と縁を結んだ事で、カイドウ家から攻撃される危険はなくなったと、マエジマは予測している。但し、こちらから手を出さなければ、という条件が付くのだが。
「カラサワ家に援軍を頼んで、カイドウ家を潰す事はできんのか?」
マエジマが暗い顔をした。
「殿、カイドウ家もカラサワ家の勢力範囲の一つなのですぞ。自分の手足を潰すような真似を、カラサワ家がするはずがありません」
ミツヒサは納得できないという顔をする。
「カラサワ家は、カイドウ家がカムロカ州のクジョウ家に味方するのではないかと不安になっておる、と言っておったではないか。なら、いっそ叩き潰してしまえばいい」
マエジマがゆっくりと首を振り否定する。
「それでは、尚更カイドウ家をクジョウ家に押しやる事になります。カラサワ家は味方を減らしたくはないのでございます」
「どいつもこいつも……意気地のない事よ」
自分では何もしないくせに、そう思ったマエジマは尋ねた。
「殿、どういたしますか?」
「どうするかだと……それを考えるのが、お前たちの仕事であろう」
ノリノブ様、なぜあんなにも早く亡くなられてしまったのですか? マエジマは先代の死を酷く残念に思った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
シノノメ郷がカイドウ家に降伏した事で、北東にあるコベラ郡とカイドウ家の支配地が接する事になった。そのコベラ郡を支配しているのは、キラ・秋津督・カネオキである。
キラ家とシノノメ家は友好的な関係にあった。キラ家は五万石で兵力千五百を有する大名である。ただ領地が山間部にあるので、農地は少ない。
伝統的に弓兵が強く五百の弓兵が主力となっていた。キラ家は北にあるアガ郡のノウミ家から狙われている。なので、カイドウ家とは友好的な関係でありたいと思っていた。
キラ家のカネオキが、家臣の武将ハヤシ・オリイエを呼んだ。
「殿、ハヤシ・オリイエでございます」
「中に入れ」
ハヤシが部屋の中に入ると、カネオキが書いたばかりらしい手紙を確認していた。
「カイドウ郷で改名の儀が行われる。お披露目式に招待されているのだが、そこまで信用できぬ。
「畏まりました」
カネオキは、祝いの言葉を書いた手紙をハヤシに託した。祝いの品として干し椎茸も持たせる。
ハヤシが出掛けようとすると、カネオキが止めた。
「カイドウ郷へ行ったら、郷の様子をじっくり観察してくれ」
「何か調べるのでございますか?」
「目的がある訳ではない。町に活気があるか、領民の顔に笑みがあるかを見て欲しい」
「なるほど、カイドウ家の内政が上手くいっているか確かめるのでございますね」
ハヤシは手紙を持ってカイドウ郷へ向かった。コベラ郡からミザフ郡に入ると、道の整備をしている領民たちの姿を見るようになった。
「ほう、だいぶ大掛かりな道普請をしているようでござるな」
ハヤシは同時に何ヶ所も道普請をしている事に驚いた。それも道幅を広くしている事に注目した。
カイドウ郷へ到着し、お披露目式で名代として挨拶し主人からの手紙を渡す。
祝いの品も渡すと、まだ若いカイドウ家当主がにこやかな顔で礼を言う。
『戦の申し子』と呼ばれている人物なので、鋭い目をした鬼のような顔をしているのかと思っていたが、柔和な感じの若者だ。
ハヤシはイサカ城代に捕まり話を始めた。
「シノノメ家とキラ家は、友好的な関係を築いておりました。今後は同じようにカイドウ家と友好的な関係を築ける事を願っております」
「それは、カイドウ家でも同じでございます」
出されている料理や出席者が着ている服から、カイドウ家が裕福であるのが分かる。やはり銀鉱山があるからだろうかと考えたが、疑問を持つ。
銀鉱山はシノノメ家やイスルギ家が所有していた時も銀を産出していたはずだ。だが、カイドウ家ほど裕福でなかったような気がする。何か別の収入源があるのではないかと思ったのだ。
「さあさあ、考え事など後にして、飲んでくだされ」
ハヤシは、イサカ城代に酔い潰れるまで酒を飲まされ、翌日起きた時には銀鉱山と別の収入源については忘れてしまっていた。
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