第31話 カイドウ家の財力
オキタ家のフタバ姫との婚約を決めた俺は、南部からの脅威が大幅に減少したと考えた。脅威となる勢力は、アビコ郡のホウショウ家とシノノメ家だけとなる。
影舞の調べでは、新当主のミツヒサが焦ったように兵力を増やしているという。元々ホウショウ軍の兵力は、千八百ほどだった。
その兵力を二千まで増やしたらしい。カイドウ軍の兵力が千五百なので、五百の差ができた事になる。とは言え、兵の質において、カイドウ軍が凌駕していると俺は思っている。
俺はトウゴウとクガヌマを呼んで、兵の配置を話し合った。
「兵を均等に配置するような馬鹿はできませぬ」
とは言え、豪族や大名が召し抱えている兵士は、足軽兵が基本である。普段は雑務を熟しており、戦時には歩兵となる者だ。
郷単位での行政を行うには足軽兵が必要だ。戦の期間は行政が停滞する事になるが、今までは仕方ないと諦めていた。そこで、俺は郷独自の兵を創設する事を提案した。
「それは足軽兵とは違うのでございますか?」
クガヌマは理解できなかったようだ。結局、足軽兵を増やすだけ、と思ったらしい。
「これを取り敢えず『郷警』と呼ぶとして、郷警は郷の外へ出て戦う兵としては用いない」
「カムロカ州には、警邏兵という者が居る、と聞いております。それに似ているのでしょうか?」
トウゴウの質問に、俺は頷いた。
「そうだな。郷警は代官の手伝いと犯罪者の取り締まりを行うものとする」
「どれほどの郷警を増やすのでございますか?」
「一つの郷に五十だ。カイドウ郷だけは百とする」
カイドウ家が支配する郷は、現在七つ存在する。合計で四百の人材を新しく雇い入れる事になる。
「殿、カイドウ郷だけ、百としたのはどうしてでごいますか?」
「半分は他の郷との連絡役となってもらう。そして、各郷警で纏めた報告を精査し俺に提出させる」
「精査するとは、何を調べるのでございましょう?」
「郷の内政が上手くいっているかどうかだ。郷の内政を任せる代官や軍政を任せる武将からの報告も郷警が持ち帰り、審議官が精査した上で報告させる」
今まで各郷が作成した報告書は、そのまま俺のところに持ち込まれて読んでいた。なので、俺の負担が大きくなっていたのだが、郷警と審議官を間に挟む事で、俺の負担は軽くなるだろう。
審議官は譜代の家臣から選ぶ事になるが、将来的には領地の中から頭角を現した者を抜擢するつもりでいる。
「武将の我々は、何か変わるのでございますか?」
トウゴウが質問した。
「影舞や兵・武将から上がる報せは、軍政官を置いて精査させる。二人には軍政本部を組織して、報告を纏めてもらいたい」
クガヌマが不安な顔をする。
「どのような報せを纏めたら良いのでございますか?」
「戦に関するものは全てだ。例えば、アビコ郡の軍の動きや武器、兵糧をどこに集めているか。それに地形などだな」
俺がトウゴウとクガヌマに説明しているとチカゲが訪れた。
「殿、ホウショウ家で動きがありました」
「どのような動きだ?」
「それが……アダタラ州のカラサワ家から嫁をもらうそうでございます」
これには俺も驚いた。
「な、何だと……大路守様には、嫁に出せる娘は居なかったはず。それにミツヒサは正室が居るではないか」
クガヌマが酷く驚いた声を上げた。
「重臣のヤスイ・ヨリツナ殿の次女を、大路守様が養女として嫁に出すそうです」
俺は不思議に思った。ホウショウ家のミツヒサは、有能な武人だとは思えなかったからだ。そんな男にカラサワ家から嫁を出す。分からん。
「ミツヒサ様の正室は、離縁されたそうです」
チカゲが男三人を睨んで告げた。睨むなよ、離縁したのは俺たちじゃないぞ。
「そこまでして、カラサワ家と縁を結ぶのは、カイドウ家を恐れているからでしょう。それは理解できます。ですが、なぜカラサワ家が嫁を出すのを承知したのでしょう?」
トウゴウの意見を聞いたチカゲが俺を見た。
「知っているのか?」
「はい、殿がオキタ家のフタバ姫と結婚するからでございます」
俺がオキタ家と縁を結ぶと知ったカラサワ家は、警戒心を起こしたらしい。なぜ警戒するのかというと、オキタ家はカムロカ州のクジョウ家の勢力に入っている家だからだ。
カイドウ家が年賀の挨拶にアダタラ州のハシマへ行くように、オキタ家はカムロカ州のクルタへ年賀の挨拶に行く。
そのオキタ家とカイドウ家が結びついた事から、カラサワ家はカイドウ家がクジョウ家の勢力に取り込まれるのではないかと警戒しているらしい。
そこで、隣接するホウショウ家と縁を結び、カイドウ家に圧力を掛けようと考えたのだ。
「カラサワ家ともあろうものが、肝が小さい」
俺が言い放つと、クガヌマとトウゴウが苦笑いした。
「しかし、ホウショウ家がカラサワ家と縁続きとなりますと、大名家としての格が上がった事になりますぞ。ホウショウ家が強気な態度に出るかもしれません」
トウゴウはホウショウ家を危惧しているようだ。
「はあっ、去年のうちにホウショウ家を潰しておくべきだったか」
カラサワ家が背後に居るのなら、ホウショウ家と戦う訳にはいかなくなる。面倒臭い事になった。
トウゴウが厳しい顔をしている。
「いえ、ホウショウ家を潰さなかったのは、正しかったのではないでしょうか」
「どういう意味だ?」
「アビコ郡を盗っておれば、カイドウ家とカラサワ家は隣接する事になります。それではカイドウ家が動き辛くなります」
俺は納得して頷いた。豪族の当主となって、初めて分かった事がある。豪族や大名は、支配する領地を広げたいという本能みたいなものが、心の中に生まれるものなのだ。
オキタ家と血縁を結ぶので、南西に伸びる事はできない。西のアビコ郡にも手を出せなくなった。残るはシノノメ郷である。
「今年は、シノノメ郷を奪い、名実ともに大名になりたいものでござる」
クガヌマが、俺の心を読んだかのように言った。
「そうだな。だが、今は何もかもが中途半端だ。しっかりした体制を整え、新ミモリ城を完成させてからでも、遅くはないだろう」
そんな話をした日から一ヶ月が経過し、田植えの時期になった。
カイドウ郷の河川敷の開発は終わり、そこには大豆や芋類を植える事にした。その中には、クマニ湊で手に入れた紫甘藷もある。
キザエ郷の河川敷では牛の飼育が始まり、もう少し増えれば牛肉も安くなるはずだ。
鉄砲鍛冶のトウキチが要求した鉄砲工房も完成した。コークス炉も完成し、コークスの生産が始まったので、それを使った製鉄の実験を始めている。
カイドウ家が支配する領地に、郷警が導入された。郷警は犯罪者の取り締まりも行っているので、領民からも信頼される存在となった。
ある日、小姓のソウリンが手紙を持って、俺の部屋まで来た。
「殿、フタバ姫から手紙でございます」
俺が婚約したフタバは、筆まめな女性であり、月に二度ほど手紙を送ってくる。中身は他愛のない事なのだが、俺はきちんと返事を書いている。
フタバの手紙を読むと彼女の性格が分かる。好奇心旺盛だが、大らかな性格の女性のようだ。彼女がカイドウ家で一番興味を持ったのが、燻製製品だった。
フタバは食べ物にも大きな興味を持ち、自分でも料理をする事があるらしい。大名の姫にしては、珍しい事だった。
俺が幸せな気分になっている時、城の廊下をドカドカと走る音が聞こえてきた。何事だと思っていると、クガヌマが現れ俺を呼んだ。
「殿、シノノメ家から使者が参りました。カイドウ家に降伏するとの事でござる」
「降伏だと……何もしていなかったのに、どうしてだ?」
シノノメ家の使者はキザエ郷のトダを訪れ、代官兼城代であるモロスに降伏すると伝えたらしい。降伏した理由は、カイドウ家には敵わないと思ったからのようだ。
兵力を考えれば、敵わないと思ったのは理解できる。だが、なぜ今なのだ?
「火縄銃でございます。年賀の挨拶で、火縄銃の事を知り、クマニ湊で火縄銃を購入して驚いたそうです」
「火縄銃の威力に驚いたという事か」
「いえ、その値段が馬鹿高い事に驚いたようでござる。そして、そんな高価な火縄銃を数百も購入できたカイドウ家の財力に勝てないと思い知ったと申しております」
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