第29話 ササクラ家の最後

 厳しい冬が終わり春が近付いた頃。オキタ家のヨシノブがササクラ家に対して停戦期間の終了を通告した。ササクラ家のヒロフサは、ヨシノブに騙されたと激怒したようだ。


「殿、今回はヒルガ郡へ行かれないのですか?」

 チカゲが尋ねた。

「必要ないだろう。ササクラ家は腐った大木だ。後は倒れるのを待つだけでいい」


「しかし、オキタ家がササクラ郷へ出陣するのに合わせて、トヨハシ郷へ出陣するのでは?」

「それはトウゴウに任せた。四百の兵があれば掌握できるだろう」


「トヨハシ郷は七千石、それがカイドウ家のものになれば、五万三千石です」

「そうなんだ。大名並みの身代になったが、シノノメ郷が残っているので、大名と名乗るのもためらわれる」


 俺自身は大名でも豪族でも、どちらでも良いと思っているのだが、家臣たちは早く大名となって欲しいらしい。豪族の家臣と大名の家臣では、やはり格が違うという。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 トウゴウが四百の兵を率いてヒルガ郡へ向かった。同時にオキタ軍がササクラ郷に侵攻し、籠城しているササクラ軍を攻め立てた。


 トヨハシ郷を守っていたのは、トザワ・ナガユキという武将だった。トザワはトウゴウが率いる軍勢が近付くのを見て、百の兵を率いて野戦を挑んできた。


「あれは馬鹿なのか?」

 トウゴウは配下のナガイに尋ねた。

「一戦して、降伏するつもりなのでしょう」

「殿ならば、兵の命は、お前のものではないと、叱り飛ばしているな」


 馬鹿な武将に付き合わされる兵が可哀想だとしても、武器を持ち向かってくる兵士は、叩き潰さなければならない。トウゴウは鉄砲隊に火縄銃を構えさせた。それを見た敵軍の歩兵は、怯えた顔をする。


 火縄銃の怖さが広まっているのだろう。敵の指揮官であるトザワは、敵軍の最後尾に居て味方兵に突撃するように命令している。


 トウゴウは前回と同じように鉄砲隊を百ずつの二つに分けていた。前列が片膝を突き火縄銃を構える。敵との距離は百五十メートルほど。敵との距離が百メートルを切った瞬間、火縄銃が火を吹いた。


 響き渡る発射音とほぼ同時にササクラ軍の兵が血を流して倒れた。その数は三十ほどである。トザワは味方兵の死体を乗り越え、突き進むように命じた。


 後列の鉄砲兵が火縄銃を構え引き金を引いた。至近距離で撃たれた敵兵が呆気なく死んでゆく。前列の鉄砲兵は早合により手早く装填を済ませていた。もう一度火縄銃の発射音が響き渡る。

 トウゴウは火縄銃の威力を噛み締めた。


「カムロカ州の大海守様は、なぜ火縄銃の威力に気付かなかった。確かに費用は掛かるが、その費用を上回るほど有用だ」


 トウゴウは火縄銃の一斉射撃により、ササクラ軍を壊滅させた。指揮官であるトザワも一斉射撃で倒れた。トザワが何を考えていたのかは、永遠に分からなくなった。


「これからが本当の仕事だ。トヨハシ郷を掌握するぞ」

 トウゴウは素早くトヨハシ郷を占領し掌握した。情報を集めると、大変な事が判明する。トヨハシ郷には食糧がほとんど残っていなかったのだ。


「なんて事だ。瀬畔督の仕業だな」

 籠城する自分たちのために強制的に食糧を掻き集め、トヨハシ郷の領民とトザワと兵士を見捨てたようだ。トザワは絶望して死ぬ事を選んだのかもしれない。


 本当にそうなら、やりきれないとトウゴウは思った。

「こうなると、殿に相談しなければならんな」

 トウゴウはトヨハシ郷をナガイに任せ、ミモリ城に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 トウゴウから報告を聞いて、俺はヒロフサに怒りを覚えた。

「ヒロフサのボケが……領民を何だと思っている」

 怒っている俺に、トウゴウが声を掛けた。


「殿、如何なさいますか?」

「今年は、イスルギ郷が豊作だった。そこから米を買い上げて、トヨハシ郷に送ろう。フナバシに手配をさせるので、運ぶ兵士を用意してくれ」


「畏まりました」

 俺はトウゴウに視線を向けた。

「ところで、オキタ軍の様子はどうだ?」

「ビゼン城を攻めていますが、強い抵抗に遭っているようです。ササクラ軍も後がないので必死なのでしょう」


「だが、ササクラ軍には援軍がない。どれぐらい保つ?」

「このままでは、十日ほどだと思われます」

「トヨハシ郷から食糧を根こそぎ奪ったのに、十日しか保たないのか。無様だな」


 トウゴウが予測した通り、ササクラ軍は十日ほどで降伏した。ササクラ・瀬畔督・ヒロフサは、腹を切って自害したらしい。


 ササクラ家の家臣のほとんどは、オキタ家が支配する領地より放逐された。何人かは、オキタ家が召し抱えたようだが、少数のようだ。


 放逐された武人と家族は、トガシの港からアダタラ州やカムロカ州に向かった。大きな家なら召し抱えてくれるのではないかと考えたのだろう。


 そして、少数の者がカイドウ家を頼った。カイドウ家が人材不足だというのを推測、または知っていた者たちである。その中に、ツツイ・カンベエという男が居た。


 先代瀬畔督の時代に、船奉行をしていた者で造船と船荷輸送に詳しかった。俺はツツイを召し抱え船奉行に任命した。



 新年を迎えた俺は、またアダタラ州のハシマ城へ向かう。今度はクガヌマと一緒だ。トガシの港から船で、アダタラ州のナガハマまで行って、そこからハシマまで徒歩で行った。


「今年の贈り物を大路守様は、喜んでくれるだろうか?」

「某なら、大喜びしますが」

 クガヌマが笑いながら答えた。


 昨年は年賀の贈り物として、自然薯と燻製干し牛肉を贈った。今年は燻製干し牛肉と燻製川魚と燻製卵である。アダタラ州のカラサワ家当主ヨシモトは、燻製干し牛肉の他に川魚と卵の燻製に目を輝かせた。


「月城頭殿、今年は川魚と卵を燻製にしたのか。川魚は食べた事が有るが、卵とは珍しい」

 ヨシモトは燻製卵が気に入ったようだ。


「ところで、カイドウ家では火縄銃を大量に購入されたそうだな」

 カラサワ家でも、火縄銃を製作したのではなく大陸製のものを購入したと思っているようだ。


「カイドウ家は、周りに大きな兵力を持つ大名に囲まれておりますれば、対抗するために特別な武器が必要だったのでございます」


 俺の背後で、耳を澄ましている武人たちの気配を感じた。

「なるほど、周りの大名というと、アビコ郡のホウショウ家やコベラ郡のキラ家、ホタカ郡のオキタ家か。不安に思うのも当然であるな」


 俺とクガヌマは、その通りだと頭を下げた。

「一つ問いたい。火縄銃という武器は使える武器なのか?」

 ヨシモトの質問に、俺はどう答えるか考えた。


「有用な武器だと某は考えております。ただ火縄銃や硝石は高価であり、運用するのに費用が掛かるようで、カイドウ家でも頭を痛めております」


「ふっ、費用が掛かるか。それは問題だな」

 ヨシモトの言葉には、小領の豪族を馬鹿にする響きがあった。カイドウ家なら苦労するだろうが、太守であるカラサワ家は違うという自信の表れだろう。


「火縄銃とは、どれほど高価なのだ?」

 後ろの方で小さな声が聞こえた。他の大名たちが火縄銃を試そうと考えているのだろう。


 カイドウ家は注目されているようだ。ヨシモトへの挨拶が終わって、席に戻ると他の大名や豪族から声を掛けられた。


「月城頭殿、ヒルガ郡のササクラ軍を火縄銃で撃退したそうでござるな。若いのに大したものだ」

「某ではなく、家臣たちが頑張ってくれた御蔭です」


「謙遜されるな。それより、先ほどからシノノメ郷の御帯頭殿が睨んでおりますぞ」

 そう教えてくれたのは、ミザフ群の北東にあるコベラ郡の大名キラ・秋津督あきつのかみ・カネオキだった。


 カネオキは三十代前半のひょろりとした身体を持つ大名で、内政家として知られている。但し、戦いが不得手という訳ではない。戦場で矛を交えるより、調略で相手から譲歩を引き出すのが得意なだけだという。


 教えてもらったシノノメ家のヤスマサに視線を向けると、厳しい目付きでこちらを見ている。直接戦いを挑めば、負けるのが分かっている。それでホウショウ家が動くのを待っているのだろうが、その当主であるミツヒサは不機嫌な顔で酒をあおっていた。


 当主の座に着いたものの、その座り心地が悪いのだろう。あの様子ではドウゲン郷を奪いに来れるようになるのは、もう少し先になりそうだ。


 戦いが起きるまでの準備期間で、俺は何をするべきだろう。五百の鉄砲兵と三百の弓兵、七百の槍兵があれば、シノノメ家やホウショウ家に負ける事はないはず。


 しかし、周りが敵だらけというのも困る。友好的な大名や豪族が欲しい。そうだ、オキタ家との友好関係を築くべきだな。何か方策を考えよう。


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