第28話 平和な日々

 ミモリ城は秋の収穫期を終え、冬を迎えていた。

「殿、どこに居られるのですか?」

 イサカ城代が、俺を探している声が聞こえる。

「ここだ」

 仕事部屋の隣の部屋から叫んだ。


 俺は仕事に飽きたので、小姓のサコンとソウリンを相手に遊んでいた。何をして遊んでいたかというと、将棋である。神の叡智で得た知識の中には様々なゲームがあった。


 その中で何となく将棋というゲームが面白そうなので選んだ。木工職人に将棋盤と駒を作ってもらい、ソウリンたちと勝負している。


「どうだ、王手飛車取りだぞ」

「うわっ、ま、待ったです」

 サコンが頭を抱えて待ったを宣言する。最年少のサコンは、特別ルールとして『待った』を三回使える権利をもらっていた。


「これで、三回目の待っただぞ」

 サコンは最後まで粘ったが、負けてしまった。


 イサカ城代は見慣れないものをしている俺たちを見ていた。

「殿、それは何でございます?」

「将棋という遊びだ」


 イサカ城代が大きく溜息を吐いた。

「仕事はどうしたのです。確認してもらう書類や帳面を置いてあったはずですが」

「……半分ほど確認したら、飽きた。目がチカチカしてきたのだ。本当に俺が見る必要があるのか?」


「先代の月城頭様は見ておられました」

「ちょっと待て。先代の時は、カイドウ郷だけだったはず。今はキザエ郷・ドウゲン郷・イスルギ郷・カナヤマ郷・タカサゴ郷が加わったのだぞ。一人で見るなど無理に決まっているではないか」


 カイドウ家でも業務改革をしなければならないようだ。

「そうでございますね。それは、おいおいと整理しましょう。それより、オキタ家から使者が来るそうでございます」


 オキタ家から先触れが来て、三日後に使者が訪れるという。

「ヒルガ郡の件かな。そろそろササクラ家を何とかしなければ、ならないだろう」


 ササクラ軍とカイドウ軍が戦って以来、小競り合いが幾度も起きている。但し、小競り合い程度で本格的な戦は起こっていない。


 これには二つの要因がある。一つはササクラ家から、人が離れてゆきササクラ軍が縮小している事だ。そして、もう一つはササクラ家が支配している領地の食糧事情が悪化している事である。


 領地が減ったのに、領地の中心地であるビゼンでは大勢の領民が暮らしている。ビゼンは各地方から年貢が集められ、その年貢が分配される事により成り立っていた町だ。


 三つの郷から年貢が運ばれなくなり、ビゼンは食糧不足となるだろう。収穫したばかり穀物があるので、半年ほどは大丈夫だろうが、領地が混乱するのは間違いない。


 三日後、オキタ家からの使者がミモリ城に到着した。トウマ・タダツグというヨシノブの側近である。

「遠路はるばる、お疲れ様でござる」

 クガヌマが出迎えた。


 トウマはオキタ家の領地から船に乗り、タビール湖を東に進んでトガシへ上陸したらしい。トガシからは歩いてミモリまで来たのだろう。


 俺とトウマは挨拶を交わした。そして、トウマが用件を切り出す。

「我が主は、ササクラ家の状況を危惧しております」

「それは、某も同じ。それで、堺津督様はどうしようと言われておるのです?」


 オキタ家のヨシノブは、両家が協力してササクラ家を潰そうと提案した。その後は、オキタ家がササクラ郷を領地に加え、カイドウ家がトヨハシ郷を取るという提案だった。


 ササクラ郷は一万七千石、トヨハシ郷は七千石である。領地の配分を考えると不公平であるが、兵力や家の格を考慮すると妥当だと言う。


 俺は評議衆の顔を見た。そこには仕方ないという思いが表れている。カイドウ家は新しく加わった領地を入れて四万六千石、オキタ家はおよそ十万石だ。


 俺は承知した。使者が帰った後、緊急の評議を開いた。

「オキタ家は、ササクラ家と停戦の約定を交わしたはずだが、それは問題にならないのか?」

 俺が質問すると、イサカ城代が首を振る。


「期限を決めぬ停戦の約定など、効力があるのは半年ほどでございます。それ以上律儀に守ろうとする大名や豪族は、珍しがられるでしょう」


 俺は頷いてから、ホシカゲに視線を向けた。

「シノノメ家に何か動きがあったか?」

「使者をホウショウ家に出しているようでございます」


「目的は何だ?」

「ホウショウ軍が、いつ我々を攻撃するのか、確かめるためでございます」

 俺は溜息を吐きそうになって抑えた。


「それで、ホウショウ家はどうなのだ?」

「未だ、混乱が収まらないようです。一応、長男のミツヒサ様が当主の座に着きましたが、次男のマサタネ様や三男のノブモリ様、それに家臣の半数が納得していないようでございます」


「ミツヒサ殿が、父親である瑠湖督様を殺したという噂は、本当なのか?」

 そういう噂がアビコ郡で流れていると、俺は聞いている。


「その件に関しまして、調べてみたのですが、証人や証拠がある訳ではないようです。ミツヒサ様なら、やりかねないという程度の噂でございました」


「なるほど、だが、ホウショウ家が我々に軍を向ける事は、当分ありそうにないな」

「はい。あの混乱ぶりでは、そうでございましょう」


「ならば、今のうちに新ミモリ城の建設を始めよう。財政的には問題ないのだろう?」

 俺はフナバシに確認した。


「はい。関銭を徴収されずに、アダタラ州やカムロカ州へ売りに行けるようになりましたので、順調に売上が増えております」


 順調という言葉では言い表せないほど、ほうじ茶・烏龍茶や正腹丸の売上が増えていた。銭蔵を一棟建て増ししたが、また増やさねばならないような状況だった。


「よし、新ミモリ城を建設しよう」

「普請は、誰に任すのでございますか?」

「カナヤマ城を建設しているセンゴクに任せる」


 モロス家老がこちらに鋭い視線を向けた。

「ですが、カナヤマ城は完成しておりませんぞ」

「分かっている。センゴクに確認した。難しい工程は終わり、後は配下に任せても大丈夫だそうだ」


 モロスは納得したという顔をする。

 新ミモリ城は、二つの構造物で構成される設計になっている。俺と家臣たちが働く建物とカイドウ家の私生活の場である建物である。


 その二つの構造物は、二階建ての廊下で繋がっており、防御力より居住性を追求した構造になっていた。

「早く完成して欲しいものだ」

 俺は雨漏り修理をしたばかりの屋根を頭に思い浮かべた。このミモリ城はボロボロだ。


 平和な日々はゆっくりと過ぎていくように感じる。俺は冬の間に、本格的な氷室の建設、新ミモリ城の建設開始、街道の整備、カナヤマ城の建設などを行った。


 その他にもカイドウ軍の拡充も始めている。兵力を千五百にまで増やそうとしているのだ。火縄銃の数も増やし、合計五百丁となった。


 だが、そこで増産を止めている。硝石の購入が大変となっているのだ。その代わり、工夫をしている。火薬や鉛玉を込める時間を短縮するために『早合はやごう』と呼ばれるものを開発した。


 早合とは、紙を漆で固め筒状にして、その中に弾と火薬を入れた物である。それを使う事により、装填に掛かる時間が半分ほどに短縮された。


 早合を使った火縄銃の訓練が予定されていた日、雨となったので中止となった。俺は仕事部屋から、建設途中の新ミモリ城を眺めた。


「早く向こうに移りたいな」

 同じ部屋で火鉢に手をかざしているソウリンとサコンが頷いた。

「新しいミモリ城には、火鉢より凄く温かいものを取り入れると聞きましたが、本当でございますか?」


 俺は小姓たちの方に顔を向けて頷いた。

「本当だ。鉄火鉢というものだ」

 鉄火鉢と名付けたが、中身は小型ストーブである。


 小型ストーブにしたのは、大型だと重くなるからだ。その他にも大きな窓を作り、格子と鎧戸、網戸、障子を取り付ける事にした。

 格子は侵入者防止のため、鎧戸は台風などの災害時と万一戦になった時に使う。


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