第18話 イスルギ家トモユキ
ミモリ城の片隅に燻製小屋が作られている。ここで燻製干し牛肉が作られていた。その仕事を任されたのは、カイドウ軍の組頭の一人であるソウマ・センゴの次男キュウゾウだった。まだ十四歳だが、しっかりした少年である。
「キュウゾウ、燻製干し牛肉の出来はどうだ?」
出来上がった商品を取り出しているキュウゾウに、クガヌマが話し掛けた。
「クガヌマ様は、よっぽど鼻がいいようですね。出来上がった燻製干し牛肉を取り出そうという頃に必ず現れる」
クガヌマはキザエ郷に駐在する部隊の指揮官だが、評議衆の一人でもあるので部隊を配下のノセに任せて、カイドウ郷に居る事が多いのだ。
「ふん、鼻ではない。某は目がいいのだ。燻製小屋の煙突から煙が途切れたのが目に入った」
キュウゾウが笑いながら燻製小屋から燻製干し牛肉を運び出し始める。クガヌマはキュウゾウが運び出した燻製干し牛肉の一つを手に取り、味見だと言って口に入れる。
「殿に怒られますよ」
「優しい殿なら、笑って許してくれる」
その時、クガヌマの背後から声が響いた.
「殿が許しても、私が許しませんよ」
クガヌマは急いで振り返ると、そこには同僚のフナバシが立っていた。
「なんだ、フナバシか」
「その燻製干し牛肉は、アダタラ州に持っていく分であろう。お主が食って、どうする」
「これだけ大量にあるんだぞ。少しくらいはいいだろう」
「何を言っておる。これはアダタラ州の大路守様へだけではなく、殿やトウゴウ、モロス家老などへも配るのだ」
「某の分はないのか?」
「今回は食べた事のない者に配る。だから、私も頂戴する」
「殿は食べた事が有るぞ」
クガヌマが子供のようにゴネた。溜息を吐いたフナバシが、殿が許すのなら分けてやろうと言うと、殿を探しに行くと言って燻製小屋を離れた。
当主の執務室へ行くと、イサカ城代が一人ポツリと座っていた。その顔を見ると険しい顔となっている。クガヌマはそっとドアを閉めて離れようとした。
「どこへ行く?」
「いえ、城代。殿が居られないようなので、探しに行こうと……殿は?」
「仕事に飽きたと書き置きを残して、小姓と外へ視察に出られた。お主は殿を探しに行くのだな」
イサカ城代の眼光に押されて、クガヌマは頷いた。
「ならば、一刻も早く探して連れ戻してくれ。仕事が溜まっておるのだ」
「分かりました」
クガヌマは逃げるように執務室を出た。
「殿はどこへ視察に行ったのであろう?」
町民たちに訊いてみると、殿はザリガニ釣りに行ったようだ。水田のある方へ行ってみると、用水路で小姓たちと騒いでいるミナヅキの姿が見えた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺が小姓たちとザリガニ釣りをしていると、クガヌマが姿を見せた。はあっ、せっかく気晴らしをしていたのに、迎えが来てしまった。
「殿、探しましたぞ」
「クガヌマが探しに来たのか」
「某も殿に用が有ったのでござる」
クガヌマの用とは何だ? もしかして、イスルギ軍とシノノメ軍が……。
「燻製干し牛肉の事でございます」
「なんだ……イスルギ軍とシノノメ軍に動きが有ったのかと心配したぞ」
「あの連中は、まだ訓練中でござる。新しい戦い方に慣れるのは大変な苦労と時間が掛かります」
「我軍の訓練はどうだ?」
「トウゴウが厳しく指導しております。有効な技も三つほど見付けたようでござる」
「ほう、それはどのような技なのだ?」
「一つは、槍を上から二度振り下ろして、敵の注意を上に向けた後に、槍を
俺は槍を突く武器だと思っていたが、戦場では振り回して敵を叩きのめしトドメに突き刺すのだそうだ。まあ、槍の名手となると戦い方は違ってくるが、一般の槍兵は鈍器のような武器として扱う事が多い。
トウゴウは三つの技を槍兵に教え込み、厳しく鍛え上げているようだ。クガヌマもその技を参考にして、自分の部隊を鍛えているという。
「殿、城代様が怒っておりましたぞ。帰りましょう」
「仕方ない帰るか。サコン、ソウリン、釣果を忘れるなよ」
「畏まりました」
小姓のサコンが釣り道具を持ち、ソウリンがザリガニが入った桶を持ち上げた。中には多数のザリガニが動き回っている。
「ところで、燻製干し牛肉がどうとか言っていたが、何事だ?」
俺はクガヌマに尋ねた。
「今回作った燻製干し牛肉を、某にも分けて欲しいのでござる」
「何だ、そんな事か。少しならいいぞ」
クガヌマがニコリと笑った。
酒の醸造も考えているんだが、大丈夫だろうか? 酒とツマミが揃って飲んだくれを大量生産しそうな気がして、心配になった。
俺は執務室に戻る前に、燻製小屋に寄った。燻製干し牛肉の出来を確かめるためである。
「キュウゾウ、出来はどうだ?」
「いい出来だと思います」
俺は燻製干し牛肉を一つ摘み上げ、一口大に千切って口に入れた。俺のレシピ通りに作り上げた味だ。残りを千切って口に入れようとして、サコンとソウリンが食べたそうな顔で、俺の口元を見ている。
苦笑して残りを二つに千切り二人に与えた。
「お前たちも味見をしてみろ」
「ありがとうございます」「感謝いたします」
サコンはそのまま口に入れ、ソウリンは小さく千切って口に入れる。サコンは思いきりが良く、ソウリンは慎重な性格のようだ。
食べ終わったサコンが、物欲しそうな目で少しずつ千切っては味を確かめているソウリンを見ていた。
「キュウゾウ、いい出来だ。来月も頼むぞ」
褒められて嬉しそうに笑うキュウゾウ。
その時、小姓の格好をしたチカゲが走り寄って、俺の前に膝を突いた。女の格好だと動きづらいので、小姓に化けているらしい。
「殿、ほうじ茶を売り出す者が現れました」
俺の顔が強張るのが分かった。ほうじ茶の職人家族を殺した奴が分かったという事だ。
「誰だ?」
「イスルギ家の者でございました」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その頃、イスルギ郷のネムロ城では、当主イスルギ・森華頭・トモユキが、家臣たちを集めて軍議を開いていた。主な武将は、ホリウチ、タダノ、キジマの三人である。
「カイドウ軍と戦って勝てると思うか?」
トモユキが家臣たちに問う。武将の中で一番若いキジマが大きく頷いた。
「カイドウ軍が勝てたのは、連中が十字弓と呼んでいる奇妙な弓が有ったからでございます。我々は盾と剣を持つ兵を揃えました。これで十字弓を恐れる必要はなくなったのです」
「だが、連中の兵力は六百、侮れぬ数だ」
「我々はシノノメ軍と連合して、カイドウ軍を叩くのです。心配する事はありませぬ」
トモユキが不機嫌そうな顔をする。
「シノノメ軍は信用できるのか? 我軍がキザエ郷へ侵攻した留守を狙って、妙蓮山の銀鉱脈を奪いに来るという噂が流れておるぞ」
「信用はできません。ですが、その備えとして百の兵を残す事に決めたではありませぬか」
ホリウチもキジマの意見に賛同した。
「殿、ここは覚悟を決めて、カイドウ軍を叩き、キザエ郷を手に入れるのです」
トモユキが納得できないという顔をする。
「キザエ郷を手に入れると言うが、一番美味しい鉄鉱山は、シノノメ家が手に入れる取り決めではないか」
「その代わり、トダ城と城下町は我らのものです」
タダノが厳しい顔をトモユキに向けた。
「殿、我らはカイドウ家の領民を殺し、ほうじ茶の秘密を奪ったのですぞ。いずれカイドウ家は気付きます。そうしたら、どうなさるのです。覚悟を決めてください」
トモユキが苦い顔となる。カイドウ家が大きな資金源を得たと感じ、それが新しいお茶の販売だと誤解したトモユキは、その知識を奪うように命じたのだ。
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