第5話 ほうじ茶と烏龍茶

 カイドウ家の継承の儀は、富岳ふたけ神社で行われた。その儀式には、ミザフ郡の他の豪族、シノノメ家・ドウゲン家・イスルギ家から使者が訪れ、祝いの言葉をカイドウ家に贈った。


 そればかりではなく、西隣のアビコ郡からも使者が訪れ、祝いの品を俺に贈った。アビコ郡全体を支配する大名ホウショウ家は、分裂しているミザフ郡の豪族より格上の存在だ。


 その格上の存在がカイドウ家に祝いの品を贈ったのは、カイドウ家にホウショウ家の血が入っているからである。大名や豪族の間で婚姻を繰り返しているので、よくある事だった。


 ホウショウ家の使者は、マエジマ・タイスケという三〇代の武将である。ホウショウ家当主ホウショウ・瑠湖督るこのかみ・ノリノブの側近で、切れ者という評判だ。


 祝いの席で、上座に座る俺にマエジマが近寄り挨拶をする。

「カイドウ家当主に就任された事、おめでとうございます」


 俺は軽く頷き、感謝の言葉を口にする。

「ホウショウ家からは、祝いの品までもらったと聞きました。ありがとうございます。未熟者ですが、今後とも宜しくお願いいたします、と瑠湖督様にお伝えください」


 ちなみに、名前の真ん中にある『瑠湖督』などの呼称は、官職名と呼ばれているもので、豪族や大名の当主は必ず持っている。


 俺も豪族当主になったので、正式名が『カイドウ・月城頭つきしろのかみ・ミナヅキ』となった。

「当主をお継ぎになった事もめでたいのですが、キザエ軍の侵攻を退しりぞけた事もめでたいですな。指揮を執られたのは、月城頭様でございますか?」


「いや、直接指揮したのは、トウゴウです」

「という事は、キザエ軍に勝てたのは、トウゴウ殿の指揮が素晴らしかったからでございますな」

「そういう事になります」


 マエジマは納得したように頷いた。俺が商人だった事や武人としての教育を受けていない事を知っているのだろう。キザエ軍を撃退できたのは、トウゴウが優秀だったからだと信じたようだ。


 継承の儀が終わりカイドウ郷に日常が戻ると、トウゴウが俺を鍛えると言い出した。

「鍛えるとは?」

「武人たる者、武芸百般とは申しませんが、少なくとも剣と槍が使えるようにならねばなりません」


「この歳で、剣と槍を習い始めるのか……遅すぎない?」

「確かに遅うございますが、このままという訳には参りません」


 という事で、剣術と槍術の稽古を始めた。最初は走り込みと木刀や棒を使っての素振りである。トウゴウから指示された回数はとんでもない数だった。


 始めるとすぐに、筋肉が悲鳴を上げる。翌日は足が震え腕が上がらなくなり熱まで出た。―――トウゴウは鬼だ。トウゴウは俺の肉体改造をする気のようだ。


 地獄のような日々だったが、続けるうちに身体が順応した。筋肉痛も治まり思うように身体が動くようになる。乗馬の練習も始めた。


 そして、豪族の当主として必要な知識も教わり始める。そんな生活が三ヶ月ほど続いた頃、夏が終わり秋が始まる季節となった。


 やっと豪族というものに慣れてきた。それより豪族って、思っていたより質素な生活をしているんだな。そう思ったのは、食事や衣服に金を掛けていなかったからだ。


「なあ、トウゴウ。カイドウ家は貧乏なのか?」

 尋ねられたトウゴウが苦笑した。

「あまり豊かだとは申せません。カイドウ郷は起伏が多く農地に適した土地が少ないのです」


 カイドウ郷の農地は、三割が水田で四割が普通の畑、残りの三割は茶畑だそうだ。

 茶畑については、茶葉の買い付けをしていたのでよく知っている。山間地帯の斜面に広がる茶畑の様子が頭に浮かんだ。


 今年の作柄は普通だというので、領民が飢える事はない。ただ数年に一度の割合で不作になる年があるらしい。店で働いていた時は、主人が対応していたので不作だと気付かなかった。


 だが、当主となった現在は、俺が対策を考えなければならないようだ。トウゴウに領地を見回りたいと伝えると、用意してくれた。


 俺はトウゴウと三人の兵を伴いカイドウ郷を見て回った。ただ見て回っただけではない。一ヶ月ほど掛けて、地図を片手により正確な地図を作った。


 より正確な地図というのは、目算で等高線を書き込んだのだ。その地図を見たトウゴウは、首を傾げながら尋ねた。

「その線は、何を意味しているのでございますか?」


「その地点の高さを表しているんだ。線と線の間隔が狭くなっている場所は、急斜面になっている場所になる」

「ほほう、面白いものですな」


 地図には等高線だけでなく、水田・畑・茶畑の記号も書き入れている。完成した地図を見て、山地ではないのに利用されていない土地があった。


「ここは農地として活用されていないようだけど、どうしてだ?」

 地図の一点を指差して尋ねた。


 トウゴウは地図を睨んでから頷いた。

「そこは梅雨時になると、ミザフ河が氾濫し水浸しになる場所でございます」

 俺は興味を持って現場に行ってみた。一度行って地図に書き込んでいるのだが、もう一度確認して分かった事がある。


 ここは川の流れが変わった場所なのだ。元々はもう少し東を流れていた川が、現在の直線的な流れに変わったらしい痕跡を見付けた。


 探すと川底だった場所が見付かったので、川底を辿ってみた。三日月型に曲がっている川の痕跡を確認して、これを水害対策に使えないかとアイデアが浮かんだ。


「水害対策でございますか。しかし、この場所には人が住んでおりませんが」

「ここを農地に変えられないかと思ったんだ」

「なるほど、これほどの広さを水田にできれば、二千石になるかもしれませんな」


 五千石のカイドウ郷で、二千石は大きい。

「しかし、大勢の作業員が必要になりそうだ。こういう場合は、どうするのだ?」

「農閑期に農民たちを集めて、作業させるのでございます。ですが、この広さですと大掛かりなものになりますので、何年も掛かりそうです」


 人手は集められそうだが、食事とか労賃とか出さなきゃならないのだろうな。カイドウ家には金がなさそうだから、歴代の当主は手を付けなかったのかもしれない。普通の豪族は食事だけで労賃は払わない、と後で知るが、その時は必要だと思っていた。


「金が必要だな。何か金儲けの方法はないかな」

「そう言われましても、カイドウ郷は何もない土地です。辛うじて特産品と言えるのは、お茶くらいです」


 お茶か。神の叡智にお茶に関係するものがあるのか。そう考えた時、お茶に関係する知識が、頭の中に浮かんできた。製茶卸問屋で働いていた俺も知らないようなお茶の製法がある。


 ほうじ茶と烏龍茶、紅茶である。俺は試しに作らせてみた。ほうじ茶と烏龍茶は気に入ったが、紅茶には砂糖が必要だと感じた。ただ砂糖は高価なので気軽には使えない。


 新しいお茶を試飲している部屋に、トウゴウが現れた。

「何をなさっておられるのですか?」

「お茶の新しい加工法を試してみたのだ。トウゴウも試飲してみてくれ」


「承知しました」

 トウゴウはほうじ茶を飲んで笑顔を浮かべた。

「これは香りがいい。それにすっきりしていますね」


 トウゴウもほうじ茶と烏龍茶は気に入った。イサカ城代やクガヌマ、フナバシにも飲ませてみると、全員がほうじ茶と烏龍茶に高く評価したので、これをカイドウ郷の特産品として売り出す事にした。


 問題はどこで売るかである。高く買ってくれそうなのは、アダタラ州だとイサカ城代が言う。カイドウ郷を含むミザフ郡の西隣りにあるアビコ郡、その西にはタビール湖がある。アダタラ州は、そのタビール湖の北にある大国だった。


 この国の地域は、いくつかの村や町を含む『郷』、その郷がいくつか合わさり『郡』となる。そして、郡がいくつか纏まると『州』という呼び名に変わる。


 アダタラ州は八十万石と言われている強国だ。その中心地であるハシマの町は、近隣で最大の城下町である。商業が盛んで、商売を始めるならハシマが良いと言われている。


 カイドウ家は茶葉を買い取り、ほうじ茶と烏龍茶に加工してハシマで売り捌いた。ハシマの茶葉小売店は、ほうじ茶と烏龍茶が売れると判断し高値で買ってくれた。この商売により、カイドウ家はかなりの利益を得る。


 この国の商取引では、冥華銭めいかせんという銅貨と究宝銀きゅうほうぎんと呼ばれる銀貨が使われている。百年前に滅んだ天駆教神国が鋳造した貨幣であり、大量に残ったものを使っているのだ。


 庶民は冥華銭を使い、豪族・大名や大商人の取引では究宝銀を使う事が多い。ほうじ茶と烏龍茶の商売では、庶民との取引だったので、大量の冥華銭を手に入れた。


 その冥華銭がミモリ城に運ばれた時、内政家のフナバシが笑顔を見せた。心底ホッとしたような笑顔である。

「もしかして、カイドウ家の財政は、苦しかったのか?」


 フナバシが頷いた。

「モチヅキ様の葬儀や継承の儀で、出費が多かったのでございます」


 ほうじ茶と烏龍茶の販売で得た利益だけでは、カイドウ家の財政を潤沢にするには不足のようだ。他に何か考えよう。

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