第4話 初陣を飾る
キザエ家のムネシゲは、顔に醜悪な笑いを浮かべながら馬に揺られていた。
「カイドウの奴ら、今頃慌てている事だろうな」
馬を並べて進めていた武将のアナヤマが頷いた。
「奴ら、籠城するのではありませんか?」
「ふん、そうなったら、ミモリの町を荒らし回ってやる。根こそぎ奪うのだ」
今頃、ミモリの町は住民が逃げ出そうと大騒ぎになっているだろう。そう思うとムネシゲの胸中に喜びが込み上げてきた。
彼にとって、カイドウ郷は憎い敵の地なのだ。そこに住む住民も敵であり、死のうが苦しもうがどうでもいい存在だった。
「もうすぐ敵地に入りますぞ」
カイドウ家の関所があった場所は無人となっていた。キザエ軍の隊列を見て逃げ出したのだろう。
「ふん、我々の姿を見て逃げ出したか。
ムネシゲは
「しかし、カイドウ家にはトウゴウやクガヌマなどの武将が
「モチヅキが急死して、跡継ぎも決まっておらぬ。しかも、長男であるムツキが死んだという報せがあった。ミモリ城も混乱の中にあるだろう」
「なるほど、有効な対応など取れぬと考えておられるのですな」
「絶好の機会が訪れたのだ。今こそカイドウ家が百年立ち上がれぬほどの打撃を与える」
アナヤマが賛同した。
「敵が籠城した場合、カイドウ家の奴らを仕留められなくなります。悔しいですな」
「仕方あるまい。キザエ家には城を包囲できるほどの兵力がないのだから」
ムネシゲも城を包囲する事は無理だと諦めているようだ。
籠城した城を包囲するには、大規模な兵力が必要だ。下手に少ない兵力で囲むと、各個撃破され大きな被害を出す事になる。
崖に挟まれた道が、前方に見えてきた。
「もうすぐだ。もうすぐミモリだぞ」
ムネシゲが部下たちに気合を入れた。そして、隊列が崖の部分を通り過ぎようとした時、頭上から丸太が雪崩落ちてきた。何十本もの丸太が兵を押し潰し、阿鼻叫喚の叫びを上げさせる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺はキザエ軍の隊列をジッと見ていた。敵は丸太が積み重なった障壁により二分されたようだ。その数はカイドウ軍とほぼ同じである。
「今だ! 弓兵は兵を狙え!」
敵の兵数を確認したトウゴウが号令を発した。その声には興奮と歓喜の響きが感じられる。その目は
トウゴウは敢えて兵を狙うように命令を出した。命令を受けた弓兵たちは、竹製の弓を引き絞り矢を放つ。大気を切り裂いて飛翔した矢が、敵兵の身体に突き刺さる。
「ぐわっ」「げっ」
矢を受けた敵兵が
大盾を持った兵士が慌てて大将らしい男の前に立ち、盾で矢を受け止め始める。だが、偶然にも一本の流れ矢が大将の
大将であるムネシゲが倒れた瞬間を、俺は見ていた。
それは敵兵たちも同じで、大将が倒れたのを見て混乱する。それは恐ろしいばかりの混乱ぶりだ。
同じものを見たトウゴウが、味方に突撃を命じる。敵が突撃を開始したのに気付いたアナヤマは、全身から血の気が引く音を聞いたに違いない。
満足に動けないムネシゲの様子を見て、覚悟を決めたようだ。凄まじい大声で味方を集め、大将を逃がすためにカイドウ軍へ向かってきた。
その気迫は凄まじく、大将を守り抜くのだという思いが、遠くで見守っていた俺にも伝わった。だが、一度混乱した兵たちは士気が落ちている。
カイドウ軍の兵は次々に敵を討ち取っていく。その中で槍を手にしたアナヤマだけが、凄まじい戦いを繰り広げていた。俺は弓兵に声を掛けた。
「あいつだ。あいつを狙え」
弓兵たちが頷き、弓を引き絞る。十数本の矢がアナヤマへ向かって飛ぶ。その何本かが命中し、傷を負わせた。そこにトウゴウが討ち掛かる。
トウゴウの得物は
それで勝敗は決まった。大将であるムネシゲは逃げたようだが、キザエ軍が自領に引き返す姿が見える。
「ふうっ」
俺は何もしなかったが、何だか疲れた。
トウゴウが兵たちを俺の周りに集め勝ち
疲れたなあ。でも、勝てて良かった。
「ミナヅキ様、追撃せずともよろしかったのですか?」
「向こう側に残った敵兵と敗残兵が合わされば、まだ我が方よりも数が多い。敵が落ち着いて反撃してきた場合、大きな被害が出る」
トウゴウがなるほどというように頷いた。
「しかし、ムネシゲを討ち取らなくても良いという命令は、驚きましたぞ」
「敵の大将は無能な方がいい」
キザエ軍は自領へ去った。ムネシゲの傷が思った以上に重かったようだ。たぶん血が流れ過ぎたのだろう。
カイドウ軍は凱旋した。ミモリの町には伝令が逸早く勝利を伝えたので、お祭りのように騒いでいる領民に出迎えられた。
俺の名前を叫ぶ声や勝利を讃える声が聞こえる。
何だか他人事のようだ。夢でも見てるんじゃないかという感じがする。
クガヌマたちが合流した。
「ミナヅキ様、お見事でございました」
「クガヌマ殿が、役目を果たしてくれた御蔭です。丸太を崖の上まで運び上げるのは、大変だったでしょう」
「いえいえ、我々の苦労など小さきもの。ミナヅキ様の策があればこその勝利でござる」
ミモリ城に入ると、城の使用人やイサカ城代たちが出迎えてくれた。その顔には喜びがある。キザエ軍の侵攻は、ミモリ城の人々に大きな不安を与えていたようだ。
俺は戦いを見守っていただけなのに疲れを感じていた。慣れない戦いを肌で感じて気疲れしたのかもしれない。夕食を食べると、そのまま床に就いた。
同じ夜、城の一室ではイサカ城代・モロス・トウゴウ・クガヌマ・フナバシ・カエデの六人が話をしていた。
「トウゴウ殿、本当にミナヅキの考えた策だったのですか?」
カエデが当主に決まったミナヅキに敬称を付けなかった事に気付いたトウゴウは、眉をピクリと動かした。だが、質問に答えた声は冷静なものだ。
「はい。ミナヅキ様がお考えになった策でございます」
「信じられません。あの者は兄の血を受け継ぐとはいえ、宿屋の娘が生んだ子供なのですよ」
「ですが、神明珠を試し神の叡智を授かっておいでなのです」
「ふん、神の叡智などというまやかしを、そなたは信じているのですか?」
「しかし、ミナヅキ様に確かめたのですが、神の叡智を授かった後、頭の中に知らない言葉や知識が浮かぶそうでございます」
イサカ城代が鋭い視線をトウゴウに向けた。
「それは、真か?」
「ミナヅキ様は、そうお答えになりました」
「興味深い、ミナヅキ様の頭の中には、どれほどの叡智が詰まっているのだろう」
「そんなものなど……」
カエデは信じようとしなかった。
「カエデ様、神明珠がまやかしだと言われるのなら、なぜキサラギ様に神明珠を試そうとなさらないのですか?」
「そ、それは……」
カエデの顔色が変わった。
「お分かりのはずです。神明珠にはムツキ様に死をもたらした何かが有るのです」
カエデが諦めたように溜息を吐いた。
「カイドウ家の当主には、ミナヅキ様がなる。それで決まりだと?」
イサカ城代がカエデを軽く睨んだ。
「カエデ様、ミナヅキ様を害そうなどという不埒な企てを、お持ちになられた場合、キサラギ様への対応も考えなければならなくなります。よろしいですね」
カエデが渋々という感じで頷いた。
「継承の儀はいつ行うのですか?」
ミナヅキが正式にカイドウ家を継ぐためには、神社で継承の儀を行わなければならない。
「吉日を選んで今月内に行うつもりでおります」
イサカ城代が答えた。
「いいでしょう。ですが、ミナヅキ様のお子が生まれるまでは、キサラギが第一後継者ですよ」
クガヌマが顔をしかめた。
「カエデ様、そういう事は……」
「ですが、それは事実です。人は病でも死ぬのですよ。現に兄上は、心臓の病で突然死にました」
その後、継承の儀をいつ行うかが決められ、内政家であるフナバシが仕切ることが決定した。
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