第3話 カイドウ軍の出陣
軍議が終わり、トウゴウとイサカ城代が部屋に戻った。
「トウゴウ、ミナヅキ様をどう思った?」
「そうでございますね。急に人が変わったように、命令を出されていました。やはり、神明珠から神の叡智を授かったのではないでしょうか?」
その答えを聞いて、イサカ城代がなぜか嬉しそうな顔をしている。
「どうかなさいましたか?」
「これでカイドウ家は変わるかもしれん」
トウゴウは意味が分からなかった。
「どういう意味でございますか?」
「神明珠だ。ミナヅキ様が本当に神の叡智を授かったのだとしたら、大変な事になる」
「はあっ。ですが、亡き殿も神明珠を試みられ、神の叡智を授かったはずですが」
「嘘なのだ。そんな簡単に神の叡智を授かれるはずがない。モチヅキ様が十八歳の折に、神明珠を試されたのを、儂は見ていた。その時は、何も起きなかったのだ」
「そんな。ではなぜ、モチヅキ様が当主になられたのですか?」
「今まで、神明珠の神事は、儀式に過ぎなかったという事だ。近年の当主の中で、成功した者は居なかったのだ」
「ならば、ご当主様たちは成功したフリをされていたのですか?」
イサカ城代が頷いた。
「神の叡智を授かった者が当主となったのに、カイドウ家はしがない豪族のままだ。不思議に思わなかったのか?」
「そう言えば……」
イサカ城代がまた嬉しそうに笑った。
「カイドウ郷は、貧しい豪族の領地だ。だが、これからはどうなるか分からんぞ。……とはいえ、まずはキザエの連中を撃退せねばならん」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、俺は部屋に戻って畳の上に寝転がっていた。その部屋にも違和感を持つ。神明珠で得た知識の中から、建物に関する知識も湧き上がってくるのだが、『和風』とか『洋風』とかいう言葉が頭に浮かび、部屋の入り口にあるドアだけが、洋風だと分かったからだ。
「そんな事はどうでもいいか。それより俺は、何をやっているんだ?」
突然、頭の中にもう一人の自分が居るかのように、戦の準備を始めてしまった。
人間は自分の頭の中にどんな知識が詰まっているのか、意識しないものだ。それは神明珠から得た知識であっても同じだった。
自分が何を知っているのか、自分自身に問わなければ分からない。
「俺がカイドウ家の当主だなんて……どうなるんだ?」
神の叡智……あれはそんなものじゃない。最初に聞こえた声、西条利通という男が生涯をかけて集めて体系化した知識だった。
今の我々より遥かに高度な文明を持つ一族が残した知識である。なぜだ? そんな高度な文明を持つ者たちが、どうして地上から消えてしまったのだ?
「考えても分かるはずがないな。今考えるべきなのは、生き残ることだ」
カイドウ家の当主を引き受けたのは、俺の意志だっただろうか? 自分がカイドウ家の血を引いていると聞いた時、俺も武人となれるのかと震えた。
この世界では武人が支配階級であり、その武人になれる機会を逃す男など存在しなかった。俺だって例外じゃない。でも、武人の命は軽い、今度の戦いで死ぬかもしれない。
戦いを前にした俺の頭の奥が、痺れているような感じを覚えた。これは恐怖だろうか。
「ミナヅキ様、準備が整いました」
部屋の外でトウゴウの声。
外に出ると鎧が用意してあった。当世具足と呼ばれる種類の鎧である。たぶん父親が、若い頃に使っていたものだろう。
トウゴウに手伝ってもらって鎧を身に着ける。かなり重い、こんなものを着けて何で戦えるんだ?
「戦が終わったら、御身体を鍛えねばなりませぬな」
俺のおぼつかない足元を見たトウゴウが、そう言った。
兵は全部で九十五人が集まった。クガヌマには十人ほどを率いて荷馬車で先行するように命じてある。俺は馬車に乗って戦場に向かった。その後ろには数十人の兵が続く。
本来は馬に乗って移動するのだが、俺は乗馬の経験がない。
戦場として指定した場所は、ミモリの町から二十キロほど離れた場所である。近くをミザフ河が流れており、キザエ郷とカイドウ郷を南北に繋ぐ河沿街道が、キザエ軍の進軍路となっていた。
キザエ軍は昔から河沿街道を通って戦を仕掛けてくる。何度も河沿街道の周囲が戦場となっていた。
「ミナヅキ様、我々は間に合うでしょうか?」
一緒に馬車に乗っているトウゴウが尋ねた。
「敵がどこまで進んでいるのか分からないのだから、判断できませんよ」
カイドウ家には『草の者』『忍び』と呼ばれる者が居ないそうだ。一万石以下の豪族では、忍びを雇えるほどの余裕がないということらしい。
ただ軍の移動速度と距離を計算すると、間に合うはずだった。
「ミナヅキ様、拙者は家臣でございます。敬語は不要に願います」
「急には無理です。そのうちに直します」
俺は馬車から外の様子を眺めながら考えていた。トウゴウから聞いた話では、キザエ家の当主はムネシゲという名前らしい。
「ムネシゲの性格は分かりますか?」
「虚栄心が強く
「跡継ぎはどうです?」
「長男のシゲナリですか。あまり噂は聞きませぬが、慎重な性格だと聞いた覚えがあります」
後々も相手をするならムネシゲの方が隙を見付けやすそうだ。今回の作戦はタイミングが全て。歴戦の武人であるクガヌマに任せたから大丈夫だと思うが、胸中に不安が湧き起こるのを止められなかった。
「ミナヅキ様、神の叡智とはどういうものなのでござるか?」
反射的に首を傾げている自分に気付いた。
「自分でも分かりません。頭の中に言葉や知識が自然に浮かんでくるのです」
トウゴウが不思議なものを目にしたかのように見ている。
神の叡智を授かった父親に仕えていたのなら、知っているはずなのに。それとも秘密にしていたのだろうか? あまり
「このカイドウ郷は、小さく貧しい里でございます。歴代の当主様は、何とかしようと努力してまいりましたが、成果が出ませんでした。ミナヅキ様でしたら変えられるのでは、と期待しております」
いきなりトウゴウに言われて戸惑った。歴代の当主が成し遂げられなかった事を期待されてもな。
俺が戦場に決めた場所が見えてきた。荒れ地の中を北へと続く細い道を挟むように、崖が切り立っている。先人たちが丘を削って道にしたらしい。
なぜ? そんな事をする必要がある。小さな丘くらいなら、避けて道を造れば良かったはず。もしかして、ここは罠の一つとして造られた場所なのか?
馬車から降りたトウゴウが、部下の兵たちに道の両側にある藪や障害物の陰に隠れるように指示を出す。馬車は道から外れて、見えない場所に隠された。
俺とトウゴウも藪の陰に隠れて敵を待った。
どれほど待っただろうか。敵の隊列が見えてきた。先頭を馬に乗って進むのは、キザエ家当主ムネシゲのようだ。その身に纏う鎧兜から大将だというのが分かる。
騎馬の武人は四名。ムネシゲを除く三人は、キザエ三人衆と呼ばれる武将アナヤマ、シガキ、クラサワだろう。彼らはカイドウ家のトウゴウ、クガヌマに匹敵する武将だと聞いている。
「敵は気付いていないようですな」
「大将が先頭か、頼みがあるんだけど……」
俺はトウゴウに小声で頼み事をした。
敵の総数は二百ほど、その隊列は長くない。キザエ家もカイドウ家と同じく小さな豪族に過ぎないのだ。小さくゴミのような豪族同士が戦うのだと思うとちょっと悲しくなった。
近くに隠れている兵たちの中から話し声が聞こえた。
「なあ、大丈夫なのか? おれたちの倍は居るみたいだぞ」
「新しい当主様は、神の叡智を授かったと言っていただろ。凄い作戦を授かったって噂だぞ」
兵たちの噂話を聞いて、俺が不安になった。神の叡智……そんな凄いものなんだろうか、そうは思えないんだけど……。
敵の隊列が、丘を切り崩して造った細い道の部分に差し掛かった。隊列の半分がその地点を通り過ぎた時、崖の上から大量の木材が雪崩落ちてきた。
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