第2話 カイドウ家当主

 俺は気を失っていたらしい。気付いた時には、別室の布団の上に寝かされていた。

「痛たっ、頭が……」

 酷い頭痛がする。ここはどこだろう。上等な部屋のようだから、ミモリ城の一室に違いない。


 部屋の外で人の気配がする。ドアが開きトウゴウの姿が目に入った。その眉間には深いシワが刻まれている。何か遭ったらしい。


「良かった。気がつかれたのですね」

「俺はどうしたんですか?」

「神明珠を試された後、気を失われてしまったのでございます」


 なぜかトウゴウの対応が、より丁重ものになっている。俺は失敗したのだろう。神の叡智などというありがたいものを手に入れたとは思えない。失敗したんで、哀れんでいるのかもしれない。


「何かあったんですか?」

「ミナヅキ様は、気を失われて二日ほど寝ておられました。その間に、神明珠をムツキ様が試されたのでございます」


「では、ムツキ様が跡継ぎになられたんですね」

 トウゴウが顔を歪めた。

「えっ、違うんですか?」


 鎮痛な顔をしているトウゴウが、

「ムツキ様はお亡くなりになりました」

「……今、亡くなったと言いました?」


「はい。神明珠を試されたムツキ様は、血を吐かれて心臓が止まったのでございます」

「そ、そんな……失敗しても、何も起こらないって」

「普通の場合は……と言ったのです。一〇年に一度ほどの割合で、亡くなられる方が居るのです」


「俺、いや私は気を失ったんですよね。大丈夫なんですか?」

「成功された方の中には、気を失う場合もあった、と聞いております」


「成功した? そんな気はしないんだけど」

「間違いありません。必要な時に記憶が蘇るはずです」

 そうなんだろうか? まあいい、それより跡継ぎはどうなるんだ?


「跡継ぎは?」

「ミナヅキ様か、キサラギ様になります」

「キサラギ様は、神明珠を試されたのですか?」


「いえ、カエデ様が拒否されたのです。ムツキ様が亡くなられたのですから、お気持ちは分かるのですが」

 神明珠を試し死んだムツキを見て、自分の子供が同じように死ぬんじゃないかと危惧したようだ。親としては当然の心配だろう。ただカイドウ家は神明珠を試し成功した者だけが当主になる仕来しきたりがあると聞いた。どうなるんだ?


 跡継ぎが決まらぬまま御領主様の葬儀が行われ、喪主は妹のカエデ様が務められた。その間、俺は前当主の息子として扱われた。


 父親の葬儀だというのに悲しくなかった。俺にとってカイドウ家の元当主は、父親ではなく御領主様なのだ。急に父親だと言われても、心の中でしっくりしない。


 葬儀が終わり、主立った家臣たちが集められた。跡継ぎを決めるためである。

「今日は、カイドウ家の跡継ぎを決めねばならぬ」


 集まっている家臣たちが暗い表情をしている。彼らはムツキが当主になると思っていたのだろう。城代であるイサカ家の次に家格が高いモロス・ミチナオが発言した。


「ここはカエデ様の御長男キサラギ様が、当主となるべきではありませんか」

「しかし、キサラギ様はまだ幼い。当主が務まるとは思えません。それにモロス家の御子息です」

 カエデが今反論した家臣を睨んだ。


 キサラギは、カエデとモロス家の長男との間に生まれた子供であり、直系の子孫とは言えない。一方、俺は直系の子孫だが、母親が庶民の出なので問題がある。


「聞けば、ミナヅキ様は神明珠を試され、神の叡智を手に入れたと言うではありませんか。新当主はミナヅキ様でいいのでは?」


 家臣たちは二つに分かれて言い争いを始めた。その様子をイサカ城代とトウゴウが苦い顔をして見ている。どうして本人の意見を聞かないのだろうと思いながら、俺は眺めていた。


 その時、トウゴウの配下の一人が駆け込んできた。

「大変でございます。キザエ軍がいくさの準備を始めています」

 キザエというのは、ミザフ郡の豪族の一つだ。カイドウ家が支配する領地の北にあるキザエ郷を領地としている。


 ちなみに『郷』というのは、豪族が支配する最小単位の土地という意味である。


 家臣たちが狼狽うろたえ始めた。新当主も決まらない状態では、負けると思ったのだろう。俺もそう思う。

 イサカ城代が、家臣たちを燃えるような目で睨む。

「狼狽えるな!」


 その声で家臣たちの動揺が治まる。

「イサカ様は、どうすればいいと思われるのですか?」

 トウゴウが落ち着いた態度で質問した。

「早急に、新当主を決めて迎撃するより他はあるまい」


 家臣たちの視線が、俺とキサラギに向けられた。キサラギは怯えている。幼い子供なのだから仕方ないだろう。俺は他人事のように感じていたので、落ち着いて座っていた。


 イサカ城代がキサラギを見て溜息を吐いた。キサラギは生まれた頃から知っており、できれば新当主にしたかったのだろうが、この状態で新当主にすれば死ぬ。


「このような状況では、幼いキサラギ様では当主は務まらぬ。ミナヅキ様を当主にしようと思う。皆はどうだ?」

 俺とキサラギの様子を見て、大部分の家臣が同意した。


 イサカ城代は、俺に向かって頭を下げた。

「ミナヅキ様が、新たな当主に決まりました」


 いや、決まりましたじゃないだろ。何勝手に決めてるんだ。拒否権はあるんだろうな。あれっ、拒否権とは何だっけ。


 今までボーッと見ていたが、頭がフル回転を始めた。それに連れて気分が高揚してくる。俺自身が思ってもみなかった行動を取り始めた。


「俺が当主でいいんだな」

 家臣たちを値踏みするように見回す。その視線を受けた家臣たちは、承諾したという印に頭を下げた。


「ならば、兵たちを集めろ。トウゴウは地図を持ってこい」

 命じられた家臣たちが、目を見開き驚く。俺が睨むと家臣たちがようやく動き始めた。


 俺の中で神明珠から授かった何かが動き始めたようだ。何をすれば良いかという案がぽんぽんと浮かび、俺はその中から選択する。


「ミナヅキ様、地図を持ってまいりました」

 トウゴウが床の上に地図を広げた。ミザフ郡が描かれたものである。我がカイドウ郷とキザエ郷の広さは同程度。カイドウ郷は五千石、キザエ郷は六千石と言われている。


 『石』という単位は、土地の作物生産量を表している。一石で人間一人を一年間養えるだけの作物が収穫できるという意味だ。


 カイドウ郷は五千石なので、五千人の人口を養える土地だという事になる。

 通常、一万石の領地なら二百五十~三百の兵を揃えられると言われている。カイドウ郷は五千石なので、多くとも百五十ということになるが、カイドウ家では無理をして百八十の兵を養っていた。


 近年、キザエ郷との小競り合いが続いており、それに備えて無理をしているのだ。


 地図の周りにカイドウ家の重臣が集まった。イサカ城代・モロス・トウゴウ・フナバシ・クガヌマの五人である。イサカ城代とモロスはカイドウ家を支える宿老と家老である。


 宿老は副社長、家老は専務みたいなものだな。ん……副社長? 専務? 何だっけ。俺の頭の中に、変な言葉がぽんぽんと湧き出してくる。これが神の叡智なんだろうか?


 クガヌマ・ミツハルはトウゴウと同じ武将であり、フナバシ・センゾウは内政を得意とする武人だった。

 今回頼りになるのは、トウゴウとクガヌマの二人だろう。


「敵の兵力は、どれほどだ?」

 俺が尋ねると、口髭を伸ばしたクガヌマが答える。

「二百ほどだと報告を受けました。キザエ郷の連中は全力で攻め込んできたようでござる」


 カイドウ郷とキザエ郷の兵力は、ほとんど同じか。全力で反撃すれば、追い払えるんじゃないか? 俺はそう思ったのだが、違うらしい。


「兵たちの一部は、敵が攻め込む前に戻ってこれないでしょう」

 全部の兵がミモリに駐留していた訳ではない。間に合うように集められる兵は、半分ほどになるという。


「野戦は不利です。籠城すべきだと思われます」

 家老のモロスが意見を述べた。

 それだと、ミモリの町が滅茶苦茶になる。そんな事になったら、カイドウ家の財政は大変な事になるだろう。


「ダメだ。野戦により敵を退ける」

 クガヌマが眉をひそめた。野戦案には反対らしい。兵力が劣っているのだから当然だろう。

「それでは我軍が不利になります」


「普通に戦えば、そうなる。しかし、ここで戦えば、どうだ?」

 俺は地図の一点を指差す。そこは道の両側が切り立った崖になっている場所だった。


 俺が作戦を説明するとフナバシとトウゴウ、クガヌマは賛同した。反対するのはイサカ城代と家老モロスの二人だけとなった。俺は籠城を主張する二人を睨む。

「ミモリの町が灰燼に帰してもいいというのか!」


 その言葉を聞いたイサカ城代とモロスは、唇を噛み締め籠城策を引っ込めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る