第11話 選ばれし存在(1)

 我は選ばれた。

 あのお方の口から我が名であるディエンドルフナーグをと呼ばれたのだ。人間に罰を与える役を仰せつかったのは我なのだ。羨望に満ちた目で見られようが、妬まれようが僻まれようが、他の誰かと代わるつもりはない。


 最近、人間は活気付き、調子に乗り、そして傲慢にもあのお方を蔑ろにしようとしているらしい。愚かで下等な生き物の分際で、実に不遜なものである。まことに許し難い。


 四枚の翼に魔力を込め、呪を唱えれば身体がふわりと浮かび上がる。我らにとって、空を飛ぶことはそう難しいことではない。このまま真っ直ぐ南に海を越えれば、人間の棲む大陸に着くはずだ。


 一昼夜以上も飛び続け、変わらぬ海の景色に少々不安になってきた頃、正面に陸の影を見つけた。

 翼に魔力をこめると、一気にスピードを上げて陸に迫る。


 陸が近づいてくると、海岸に変な形の岩が並んでいるのが見えた。人間は集まり群れて、集団で住処を整えて活動すると聞く。もしかしたら、あれがそうなのかも知れぬ。


 近づいてみると、小さな生き物が、キャーキャーと動き回っていた。これが人間だろうか? 足が二本だけだし、そうなのであろう。


 試しにその一匹を食べてみる。一匹が一口サイズで食べやすい大きさだ。味は、旨い、というほどでもないが、それほど悪くない。


 何匹かつまんでいると、人間は何やら集まり、我に向かって魔法を放ち攻撃してきた。だが、人間の使う魔法は、赤子が使うような程度の低いものだ。我の身に傷を負わせることなどできない。

 だが、選ばれし存在であるこの我に刃向かうとは、愚かにも程がある。まことに許し難い。


 魔力を集中し、光熱の息を吐く。

 一瞬で焼け焦げ、人間の住処は崩壊していく。何と脆いことか。この程度で調子に乗ろうとは、人間とは実に愚かなり。


 我の光熱の息の前に、人間たちの住処はあっと言う間に灰になった。あのお方から与えられた任が、まさか、これだけで終わりということもあるまい。

 万が一、やり残しがあっては申し訳が立たぬ。そう思い、我は再び空に舞い上がり、他の人間を探す。


 ふむ。このまま南へ行くか、あるいは東や西に向かってみるか。

 しばし考えた後、東へ向かってみることにした。人間とは、どのようなところに集まる習性があるのか知らぬ。だが、いま、海のそばに集まっているのを見つけたのだ。他にも同じように巣を作っていることは十分に考えられる。


 そして、すぐにわたしの考えが正しいことが証明された。ふふふ、これは、選ばれし存在である我の智慧が優れている証左だな。


 地に降り立つと、キャーキャーワーワーと小煩い人間を、片っ端から咀嚼していく。

 白っぽい丸々とした人間をペロリと口に入れる。脂身が多くて柔らかいが、少し歯応えがなさすぎる。別の白いのを口にしてみるが、こちらは少し甘みが強い。

 黒いのはどうだろう?


 色々と食べてみるが、味にはかなりバラツキがある。色が濃さはあまり関係がなさそうだが、何が違うのだろう。


 変な形の岩の巣は、我の爪で簡単に砕ける。少し大きいものもあるが、尻尾で叩いたら、跡形もなく吹き飛んだ。


 脆い。脆すぎるわ。


 我の姿に怯え、逃げていく人間を食べていたら、いつの間にか、日が沈みかけていた。

 久しぶりに動き回り少し疲れたし、一眠りするか。


 目が覚めたら、山に沿って南へと行ってみることにした。海岸に棲むものと決めつけるのは良くない。翼を広げて飛んでいくと、色々と見慣れないものが目に入ってくる。


 あれは木なのだろうか緑が広がっているかと思えば、黄色に染まっているところもある。白く線が走っているのは水が流れているのだろうか。

 我の住む大地とは全く様相が異なる。


 そして、その中に、昨日見たような、変な岩が集まっているところがある。人間の巣だな。地上に下りて、岩を崩し、人間を貪る。


 なかなかヤミツキになる味だ。当たりとハズレがあるのが、また、興を唆る。どれ、こっちはどうだ?


 しばらく、食べては寝てを繰り返していると、いつの間にやら、我を取り囲むように人間が集まっていた。


 何やら叫び、我に向かって魔法を撃ち、チョロチョロとやってくるが、我の鱗には傷一つつけられぬ。


 そうだ、この愚かな生き物に、魔法の見本を見せてやろう。魔法陣を描き、呪を唱える。


 人間は炎の嵐に飲み込まれ、灰となっていく。

 ふはははは。

 力の差の分からぬ愚かなる生き物め。思い知るが良い。


 散り散りになって逃げて行くわ。どれ、踏み潰してやろうかの?

 逃げ遅れているやつを潰しても面白くない。一番遠くまで逃げたやつを潰せば、力の差も分かろう。


 愉快だ。実に愉快だ。

 逃げ惑うモノを追い回し、潰していくのがこれほど愉快とは思わなかった。


 木の下に隠れたつもりのモノなど、我が光熱の息で隠れた木ごと灰にしてやろう。

 くははははは。愉快で仕方がない。


 どれ、他の巣も探してやろう。今度はどのように潰してやろうか。空に飛び上がって探してみるが、近くにある巣は全部潰してしまったようだ。あっちもこっちも我が焼いてやった煙が上がっている。


 では、どちらに向かおうか。

 最初は東、次に山に沿って南。そして今は西に随分と来た。我は頭の中に、通ってきた道すじを思い描いてみる。


 む?

 大きく回ってきた中央が空いているな。よし、ならばそちらへ向かってやろう。

 我がそこを避けて逃げたなどと勘違いしてもらっては困るからな。


 今までと比べて、大きめの巣だ。真ん中に一際大きな岩が立っている。そうだ、あそこに飛び降りてみよう。


 魔法を制御して下降していき、岩の上に飛び乗ると、ガラガラと崩れて砂煙が辺りを覆い尽くす。


 ん?

 なんか妙だ。今までのように人間が騒がしく逃げ回らない。何をコソコソしているのだ?

 地面に穴を掘って隠れでもしているのか?

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