第12話 選ばれし存在(2)

 我が人間どもの巣を見間違えようはずなどない。独特のニオイも残っているのだ、人間はそこらに隠れているに違いない。

 しかし、巣を崩し地面を掘り返してみても、人間は見つからない。


 何処へ行った!

 選ばれし存在である我が態々踏み潰しに来てやったのだぞ!

 生意気にも程がある! まことに許し難い!


 ぐるりと見回すと、人間は少し離れた木の下からワラワラと溢れるように出てきた。

 ふん! そんな所に隠れていたのか。


 集まっている所に首を伸ばし、適当に何匹かまとめて頬張る。なんかジャリジャリしているぞ。何だこいつらは。不愉快である。


 む?

 気づいたら、あれほどいた人間が再び姿を消している。

 小賢しい小虫め。

 見回すと、西の方へと逃げていく奴が見えた。無駄だというのに、何と往生際の悪いことか。


 どれ、先回りしてやろう。

 翼を広げて空に浮かぶと、木の上を飛び越え、大量に密生する真ん中に下りる。


 ふふふはははは。

 絶望せよ。我に楯突いた罪、思い知るが良い。我に逆らった罰、受けるが良い。


 木の間から幼稚な魔法が撃ち出されてくるが、まるで効きはせぬ。尻尾を振って薙ぎ払えばすぐに静かになる。


 しかし、人間というのは随分と数が多い。逃げて行ったやつを踏み潰しても踏み潰しても湧いて出てくる。

 この鬱陶しいのをどうしてくれようかと思案していると、右の目に刺すような痛みが走った。


 我に傷をつけようとする愚か者がどこにいるかと振り向き見ると、顔前を覆うほどの水の槍が我に迫っていた。思わず目を閉じてしまったせいで、一体どんな奴なのかを見ることはできなかったが、水の槍は全て瞼に当たり散っていく。


 ふん、その程度の魔法で我をどうにかしようとは、片腹痛いわ。我との力の差に恐れおののくが良い。

 我が魔法陣を描き呪を唱えていると、何やら奇妙なのが宙に光る道を作り、我に向かってくるではないか。さてはこの変な生き物が先ほどの犯人か!


 今、我が魔法を見せてやる。少し待っておれ!


 我が呪を続けていると、その奇妙な奴は我の魔法陣の前にきて腕を伸ばす。一体、何をする気熱ァァァァァァァァァ!


 我の! 我の魔法が!

 なぜ我の魔法が我を襲うのだ!


 食べ物の分際で図に乗るな! 我の力を見せてやる!


 魔力を集中しつつ大きく息を吸い込み、光熱の息吐き出す。その直後、見たこともない変な輝きを持つものが現れ、我の光熱の息を大きく天空へと弾き逸らした。


 何をした!

 人間ごときが我の光熱の息を弾くとは、まことに許し難い!


 そうだ。

 天空こそ我らの領域。上空からその力を見せれば愚か者にも力の差が分かるだろう。少々疲れるが、先日からたらふく食べているし、今は体力はある。


 翼を広げ魔力を込めぎゃあああああ!


 翼が!

 我の翼が!

 我が犯人を睨む前に、前足にも激しい痛みが走り、閉じようとしていた翼に更に攻撃をしてきた。


 許し難い! 許し難い! 許し難い! 許し難い!


 痛みに耐え、怒りを燃やしていると、調子に乗った人間が更に魔法を撃ってくる。矮小なくせに、実に鬱陶しい!


 首を大きく伸ばして息を大きく吸い込み、全身の魔力を集中する。

 こうなれば、まとめて全て焼き払ってくれよう。我が力を思い知るが良い!


 力一杯に光熱の息を吐き出す。ふふふははは、燃え尽きてしまアツイアツイ熱い!


 何が! 何が起きた!

 人間め、何をした!

 何処だ! 出てこい! 隠れていないで出てこい!


 人間どもを探そうとするが、目が、目が開かぬ。我の目が開かぬ!


 しかもさらに調子に乗って、我に魔法を浴びせてくるとは!


 何という!

 人間とは何という矮小で、卑屈で、小賢しい生き物なのだ!

 まことに、まことに許し難い!


 出てこい人間どもめ!

 我に楯突く愚か者どもめ!

 我が力、知らしめてくれる!


 あんなちっぽけな奴等、踏み潰してしまえば良いのだ。尻尾で叩き潰しても良かろう。目が見えぬからといって、我が退散するとでも思ったら大間違いだ。


 先程の我を傷つけた魔法も、もう、撃ってはきていない。当然だ。あのような矮小な存在が、我を傷つけるような魔法をそう何度も放てるはずがない。


 そして、我にとっては人間を踏み潰すくらい、目が見えぬとも造作もないことだ。


 だが、いくら踏み潰そうが、尻尾で薙ぎ払おうが、人間の攻撃は減りもしない。彼方からも此方からも魔法が飛んでくる。


 しかも、我の上からも魔法を撃ってくるではないか!

 我は怒り心頭である。

 空を飛ぶことを認められているのは我々だけだ!


 人間ごときが我の上から攻撃してくるなど、あってはならない。許し難いにもほどがある!


 うるさい人間を叩き落とすべく、我は痛みを我慢しながら翼を広げる。待っていろ、天空が誰のものなのか教えてくれる!


 ッギャアアアア!


 広げた翼に激しい痛みが走り、魔力が集中できない。

 上から下から、右から左から、何という鬱陶しさだ! 何百と群れねば何もできない矮小な存在のくせに、何という卑劣で小賢しく傲慢なのだ!


 まことに許し難い! 心の底から許し難い!


 大きく息を吸い込み、光熱の息を吐こうかと思ったが、先程の反撃を思い出した。また、同じことをされても叶わぬ。我は同じ失敗は繰り返さぬのだ。

 空を飛んでいるのは一匹、先程魔法を邪魔した奴だろう。

 だが、位置が分かっているならば恐れることはない。


 魔法陣を描き、呪を唱える。慌てて動くのを感じるが、遅い。それでは間に合わぬぞ? 愚か者め。

 さあ、上の奴から焼くか、下の奴等を焼くか。


 だが、我が魔法を完成させる前に、魔法陣が弾けて我の頭を焼いた。


 熱い! 痛い! 苦しい!

 何故だ! 何故こんなことになる!

 おかしいではないか!

 我は選ばれし存在だぞ!


 炎の嵐から逃れるべく頭を下げると、そこに人間どもの魔法が集中する。何と底意地が汚くて、卑小で、尚且つ鬱陶しいのだこいつ等は!


 さっさと我が力の前に灰となれば良いものを、一々我に歯向いおって!

 チョロチョロと隠れて動き回り、我の邪魔ばかりをし、挙げ句の果てに、この我に傷を負わせるとは、一体何様のつもりだ!

 人間なんぞ黙って我の食事になれば良いのだ!

 黙って潰されれば良いのだ!


 潰れろ!

 吹き飛べ!

 我が尻尾は健在だ! 止めることもできまい!


 目は見えなくとも、振り回す尻尾が色々と弾き飛ばして叩き潰していることは分かる。

 思い知ったか、人間!


 尻尾で周囲を薙ぎ払い、地面に向かって叩きつけていると、チクチクと撃ってきていた魔法が減ってきた。

 ふはははは。効いているな?

 数が多いのが面倒だが、順番に潰していけば良いのだ。尻尾を振るごとに、我に降り注ぐ魔法はどんどん減っている。


 初めからこうしていれば良かったのだ。

 しばらくすると、魔法は止み、あたりは静かになった。


 はははははは!

 我の力、思い知ったか! 人間!

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