第9話 英雄の腹心(4)
起こされて、チョーホーケーの外に出ると、空には星が輝いていた。
随分と眠った気もするけど、疲れは完全には取れてはいない。なんか久しぶりの感覚だ。ヨシノと会うまでは、よくあることだったっけ。
まだ魔龍との戦いは続いているみたいだ。吠え声だか鳴き声だかよく分からないけど、ギャーギャーと叫んでいるのが聞こえてくるし、足を踏み鳴らしているのか尻尾を振り回しているのかドスンドスンと低い音も続いている。
「さて、どうなっていますかね。」
ヨシノは軽く膝を叩いて気合を入れて立ち上がると、魔龍の方を睨む。
「第一大隊、出陣準備を!」
ぞろぞろと列を作っている騎士たちに号令をかける。そういう訓練でもしているのか、みるみるうちに隊列ができあがっていく。
「赤と青の光は総攻撃です。皆さんお疲れでしょうが、合図があったら第二大隊、第三大隊も出てください。それまではしっかりと休憩を取ってくださいね。」
そう指示を出してニトーヘンに乗ると、ヨシノとわたしは列の先頭に向かう。
「行きますよ!」
号令とともに騎士たちの列は動き出す。森には道ができている。同じところを何百人もが行ったり来たりしていれば、邪魔な枝はなくなり土は踏み固められる。
通りやすくて便利なんだけど、狩りの時には邪魔になることもある。最初は野営地から魔龍のところまで一時間以上かかっていたけど、これならその半分くらいで着きそうだ。
魔龍の近くまで来たら、交代の黄色の明かりを打ち上げる。この明かりに照らされ、傷の増えた魔龍の姿が夜の闇の中に浮かび上がる。
「向こうも消耗してきていますね。」
「うん、元気なくなってきてるみたい。」
ちょっと見るだけで分かるくらいに、魔龍の動きは鈍くなってきている。でも、わたしたちが寝ている間もずっと戦っているのに、まだ暴れる元気があるんだから、凄いといえば凄い。
「散開! 速やかに戦線を引き継ぎ交代してください!」
ヨシノが言い終わらないうちに騎士たちは動いていく。あの人たちも疲れているように見えたけど、まだまだ動けるみたいだ。
「私たちも行きますよ!」
軽く体が浮き上がる感覚に、光の盾を出して道を作る。魔龍の横にまわって、足下に土魔法でどんどん穴を掘っていく。ヨシノは炎熱召喚を魔龍の顔の周りにばら撒いてイヤガラセだ。
「デカイのいくぞ! 離れろォォ!」
声が響き、わたしとヨシノは魔龍から急いで離れていく。そして、巨大な炎の槍が魔龍の後ろ足に突き刺さり、周辺に炎を撒き散らす。
ダメージがあったようで。魔龍は大きな吠え声上げて尻尾を振り回す。それを見てわたしはニトーヘンの向きを変えて、同じところに光の槍を次々に撃ちこんでいく。
わたしの魔法じゃ魔龍のウロコを貫けないけれど、ウロコがなくなったところには効くのは、分かっているのだ。
魔龍は必死に尻尾を振り回して地面に叩きつけているけれど、わたしはそんなところにはいない。ヨシノと一緒に光の盾を蹴ってどんどんと上の方に登っていく。
足の傷口に届かなくなったら、別のところを狙う。傷が増えて的があちこちにあるんだから、一ヶ所だけを狙う必要はない。
「背中の方もやりますか。」
「分かった。」
道を作る向きを変えて、背中のヒレの傷を狙えるところに向かう。魔法の槍に貫かれて穴の空いたヒレは狙いづらいけれど、いっぱい数を増やして撃っていけば、いくつかは当たる。
ウロコのない傷口から光の槍が刺さり、肉が抉れてウロコが弾けて行くのが見える。
一ヶ所だけを攻撃していると、魔龍は逃れようと体を大きく動かそうとするので、次々と攻撃する場所を変えていく。
どこを攻撃するかは、ヨシノの指示に従えばいい。魔龍の動きの先を読んで、動けないように、何もできないようにと嫌がらせをしながらダメージを与えていくのは、わたし一人じゃまだできない。
ヨシノは使える魔法はわたしより少ないけど、戦い方はわたしよりずっと多い。
騎士たちが交代している間に、背中の上を回りながら魔法を撃っていき、魔龍の気を散らしておく。
鬱陶しそうに尻尾と首を振り回しているところをみると、ヨシノの作戦は上手くいっているみたいだ。
交代が完了した合図の緑の光が次々と上がってくると、わたしたちは一度、森に下りていく。
「他の人たちもいるんですから、私たちだけで頑張る必要はないんですよ。」
そう言って森の中に隠れて少し休憩を取る。背中の袋に入れておいた果物を取り出して、齧りながら魔龍の動きを観察する。
魔龍の足下は土魔法で穴が掘られ、周辺より少し低くなっている。その中でぐるぐる回りながら、尻尾振り回して攻撃しているつもりでいるみたいだ。
魔龍が頑張って暴れたら、少し攻撃というかイヤガラセの手を緩める。そうすると、満足したみたいに魔龍も大人しくなる。
たぶん、一生懸命に頑張って尻尾を振り回しているんだから、人間を倒していっているつもりなんだろう。全然、ちっとも倒されてないけど。
魔龍が平らに均してくれたおかげで、魔龍に近づいたり離れたりがだいぶ楽になっている。近寄って攻撃して、すぐに逃げていくので、今更尻尾になんか誰も当たらない。
「じゃあ、そろそろですかね。魔導士隊はどこら辺でしょうか?」
魔龍が大人しくなったときが、高階級の魔法をぶつけるチャンスだ。騎士たちに配置を確認して、橙色の明かりを上げると、ヨシノは魔導士の方に向かっていく。
橙色は、大きな攻撃をする準備の合図だ。第十二級の魔法は詠唱にすごく時間がかかる。何人も集まって二分くらいの詠唱をしなければならないんだから、とても大変だ。
「左後ろ足を狙ってください。」
光の盾が張り巡らされた中にそう声をかける。光の盾じゃ魔龍の尻尾は防げないだろうけれど、振り回したときに飛ばされてくる木の破片や石を防ぐのには役に立つ。
一分ほど待っていると、魔導士たちの魔法が完成した。
魔龍の周囲からみんなが離れたのを確認してからヨシノが赤い光を打ち上げると、魔導士たちはそれに合わせて魔法が発動する。
地面から突き出た灼熱の岩の槍は、魔龍の左後ろ足を貫いた。絶叫なのだろう、ものすごい勢いで叫び、首をバタバタと振り回してもがき苦しんでいる。
突然、魔龍の動きが止まった。六本の足で地面を踏みしめ、首を大きく上に伸ばす。
「エレアーネ! 急いで上に行きますよ!」
ヨシノが叫び、わたしのニトーヘンに飛び移る、と同時に体の重さが消える。ニトーヘンは思い切り地面を蹴飛ばし、一気に空へと向かう。
上昇を続けながら、ヨシノは背負った鞄から魔石を取り出して、魔龍の顔の前に現れた魔法陣に向かって投げつける。
「もう少し近づけますか?」
ヨシノの言葉に、わたしは光の盾を出して、なんとか方向転換して魔龍の頭の方へと近づける。
魔龍の顔の前には、大小いくつもの魔法陣が並び、ヨシノが投げた魔石は一番大きな魔法陣に届く前に、小さな魔法陣を暴発させる。
その間にも、魔龍の鼻先に強い光が集まっていく。ヨシノはどんどん魔石を投げていくけれど、暴発した魔法に邪魔されて、奥の魔法陣まで届かない。
そして。魔龍がニヤリと笑った気がした。
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