第8話 英雄の腹心(3)

 悲鳴をあげる魔龍の動きが変わった。

 長い尻尾を持ち上げて、地面に叩きつける。


「下がれ、下がれー!」


 あちこちで声が上がり、わたしたちも移動する。

 さっきまでギョロリと開かれていた魔龍のめは、全部がきつく閉じられている。さっきのヨシノに跳ね返されて、自分の攻撃でダメージを受けたんだろう。


 目も耳も働かないならと、わたしとヨシノは、森の奥へと戻るのではなくて、前に進んで魔龍の前を横切っていく。


 魔龍は尻尾を振り回しながら、左回りに回っている。それに合わせて回り込みながら、ヨシノは大声で「攻撃は足下を狙うように」「魔石をいつでも撃てるように準備を」と指示をだしていく。


「さて、わたしたちも少し隠れて休みますよ。」


 ニトーヘンを走らせて、森の中に入っていくと、あちこちに騎士たちが隠れている。まだまだ元気いっぱいそうにしている彼らにヨシノは「土魔法を使える者は魔龍の足下に穴を掘るよう伝えてください」と伝令を頼む。


「なんで穴掘るの?」

「少しでも足止めするためです。わたしたちは少し休んだら上から行きますよ。」


 ヨシノの考えていることは半分も分からないけれど、ヨシノがそうすれば勝てると言うのなら、その通りにやれば良い。


 尻尾を振り回して暴れる魔龍を見ながら、わたしはニトーヘンの上で足を伸ばして休憩する。今のうちに食べておこうと、ポケットから蜜菓子を一個だして口の中に含む。


 甘いお菓子は大好きだ。ヨシノと会う前はこんなものを食べたことがなかったけど、最近は割と当たり前のように食べるようになっている。


 蜜菓子だけじゃない。ヨシノはわたしや他の子どもたちがお腹いっぱいの食事と家をくれた。わたしは何ができるだろう。もっと頑張らないと。


「さて、そろそろ行きますか。」

「うん。」


 姿勢を正して、ニトーヘンを魔龍に向けて進める。魔龍はあっち向いたりこっち向いたりしながら、相変わらず尻尾を振り回している。


 どっちを向いても魔法が飛んでくるから無駄なのに、バカみたいに尻尾を振り回している。おかげで、魔龍の周りは森がなくなってしまっている。


 木は倒れ、潰され、砕かれ、綺麗に平らになっているから走りやすい。

 左を向いている魔龍の頭の方に向かって走り、穴掘りの魔法で魔龍の近くにどんどん穴を掘る。


 途中から光の盾を並べて魔龍の上の方に向かっていく。魔龍の正面側を通りすぎて、右肩の方から背中の上の方に向かうと、穴の開いたヒレが見えた。


「アレを狙えば良いの?」

「そうです。ガンガンいきますよ!」


 わたしは光の槍の詠唱を終えると、魔法をヨシノに渡す。そして、自分用の水の槍の魔法を詠唱する。


 ウロコには弾かれるけれど、ウロコのない部分、つまり怪我をした部分になら、あまり強くない魔法でも効果はあるみたいだ。

 槍が当たったところが抉れ、傷口がどんどん広がっていく。


 上から攻撃されるとは思っていなかったのだろう。魔龍は身をよじるようにしながら首とヒレを振り回す。


 けれど、そんなのはわたしたちには当たらない。こちらを向こうとした魔龍の鼻先に水の槍を突き刺す。


 と、物凄い叫び声を上げて、魔龍がヒレを広げると、薄っすらと光っていく。


「もっと上に!」


 ニトーヘンを寄せて叫ぶヨシノの声がやっと聞こえるくらいだ。魔龍の叫び声はとてもうるさい。


 光の盾を蹴って上へ、上へと向かいながらも、下へと水の槍は落としていく。


 そして、そこに真っ赤な槍が別のヒレを貫いた。

 魔法が撃たれた側とは反対方向に向かいながら駆け下りつつ、傷口や顔に向かって光の槍を次々に撃っていく。


 相変わらずギャーギャーと、喚いていると思ったら、魔龍はまた魔法陣をその顔の前に出した。


「少し離れますよ。巻き込まれたら大変です。森へ下りましょう。」


 そう言ってヨシノはニトーヘンの向きを変えると、魔龍に背を向ける。光の盾を森に向かって伸ばして急いで駆け下りていくと、後ろで巨大な炎が巻き上がった。


「あれ、どうしたの?」

「魔法陣に、デタラメに魔石を放り込むと、制御できなくなって暴発するんですよ。」


 魔法陣に向かって何か投げているのが見えてたけど、魔石だったらしい。そういえば、魔法陣の決まった位置に魔石を置くと、威力が上がったりするけど、間違えると危ないって昔言っていた。


 ほんのちょっとズレただけでも失敗して危ないから、覚えなくて良いって言われたけど、こうやって敵の魔法の邪魔ができるとは考えなかった。


 振り返って見上げてみると、魔法陣のあった辺りを中心に、火の旋風が物凄い勢いで吹き荒れている。ヨシノが急いで逃げるわけだ。アレに巻き込まれたら死んじゃう。


「さて、空も取れず、魔法もブレスも封じられて、次にすることは何でしょうかね?」

「逃げるんじゃない?」


 攻撃が全然効かないどころか跳ね返されて、身体中あちこち怪我だらけになったら、普通は一回逃げて態勢を立て直す。それくらい、わたしだって分かる。


 ……昔はそんなことも分からないで、必死に暴れてたけど。こうしてみるとよく分かる。ヨシノに「近いうちに死ぬ」と言われて、そんなわけないって思ってたけど、今なら分かる。


 よく死ななかったな、わたし。きっと、運は良いんだろう。


「絶対に逃がしませんよ。逃げる手も封じます。」


 ヨシノは魔龍のに何もさせないつもりらしい。逃げさせないために、わざと攻撃の手を緩めるように指示を出す。


 そして、わたしが頑張って穴掘りをしていると、交代の時間だと言われた。


「交代?」

「一度、交代です。食事も摂らずに戦い続けてもいられません。」


 蜜菓子は食べているけど、小腹は空いてきている。ここは他の人に任せて、野営地に戻ることになった。


 野営地では、あちらこちらで鍋にお湯が沸かされたり、粥が炊かれていたりする。

 わたしは荷物にパンと干し果物があったはずだ。ヨシノのチョーホーケーに放り込んでおいた木箱から食べ物をだして、ヨシノと分けて食べる。


「お食事中失礼します、エナギラ伯爵。怪我人なのですが、ここでは十分な治療が適わず、近くの町まで搬送したく準備をしております。今後、怪我人が増えて」

「ちょっと待ってください、神官も何名か来ていたでしょう? 治療が適わないというのは?」

「治癒魔法にも限度がございます故」

「怪我人はどこですか? エレアーネ、行きますよ。」


 報告してきた騎士を遮って、ヨシノはチョーホーケーからわたしの魔導杖を取り出してニトーヘンに座り直す。

 そして、案内されていくと、怪我に呻く人が二十人ほどもいた。


 治療魔法を使った後のようには見えないその状況に、イライラする。辺りには治療を頑張っている様子もない。


「治療魔法もかけずに何をしているのです?」


 ヨシノも声だけで分かるほど腹が立っているようだ。とりあえず、この人たちをこのままにするのはかわいそうだ。


「ヨシノ、杖を。」


 ニトーヘンから下りて杖を受け取り、寝かされている人たちの中ほどに行く。治癒や治療の魔法は歩きながらはとても難しいのだ。


 一度大きく深呼吸をしてから、杖を正面に構えて詠唱を始める。六級の治療魔法をみんなにかければ良いだろう。


「六級だと⁉︎ バカな! 何故、神官でもない者が」

「役立たずは黙っていなさい。そこの騎士、治療の邪魔をしようとする者をつまみ出してください。」


 大声を上げて近づいてくる二人のオジサンを睨みつけ、ヨシノは近くにいる騎士に命令する。


 わたしはそっちに構っていられない。目を閉じて、詠唱をしながら丁寧に魔法陣に魔力を注いでいく。


 そして魔法が完成すると、すぐに再利用して周囲に治療の魔法を振り撒いていく。


 怪我人全員に行き渡ったのを見て、大きく息を吐く。

 高階級の治療魔法はとても疲れる。同じ第六級でも、水の槍の七倍は疲れる感じだ。


「これで大丈夫そうですね。粥でも与えて体力を回復させてやってください。彼らのために人数を割いて町まで送る余裕はありません。戦闘の参加は無理でも、ここで待機していることはできるでしょう。」


 それだけ言うと、ヨシノは食事の続きに戻る。わたしもさらにお腹が空いたし、食べたら少し眠りたい。


「ご苦労様です。食べたらエレアーネはチョーホーケーで休んでいてください。何かあったら呼びます。」


 食べながら戻り、わたしはチョーホーケーのベッドに横になった。

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