第6話 英雄の腹心(1)

 ヨシノに「魔龍退治に行く」と言われて町を出てもう二週間にもなるけど、魔龍がいるところにはまだ着かないらしい。


 随分と遠くまで来たと思うんだけど、一体どこまで行くんだろう?


 一緒に行く人たちの数はとても多くて、全員分のニトーヘンは作れない。ゆっくり進むのにも疲れてきた。というか、町に残してきた子たちは大丈夫だろうか?


 騎士様たちが守ると約束してくれたけど、やっぱり心配になる。


「この辺りはもうロノオフでしょうか?」

「ええ、ドレイザ領の南端です。」

「うーん、ここからは魔龍は見えませんね。」

「もっと北の方かと存じます。魔龍がこんなところまで来ているなら、先遣隊がとっくに報せに戻ってきているはずですよ。」


 ヨシノたちの話では、魔龍がいるのはまだまだ先らしい。


「もっと急げないの?」

「もう少しですので我慢してください。」


 何度も同じことを聞くなと叱られてしまいそうだけど、疲れているのはわたしだけじゃない。後ろにゾロゾロついてきている人たちも、何度も溜息を付きながら歩いている。


「すこし、森の中見てきていいですよ。」

「お肉探してくるね!」


 暇だ暇だと言っていたら、ヨシノは少し暇つぶしをしてきて良いと言ってくれた。


 わたしはニトーヘンを飛ばして森へと入っていく。

 この辺りはあまり人が入らないんだろうか、実が生っている木が結構いっぱいある。美味しそうな杏を捥いで齧ってみると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。


 何個か捥いで、椅子の後ろの木箱に入れていく。持って帰ればヨシノも食べるだろう。


 森の中をあちこち探していると、藪の向こうに角が揺れているのが見えた。

 あれはヤギかな? シカかな?


 そーっと、そーっと近づいていくと、何頭かのヤギが見えた。魔法は届く距離と即座に判断して光の槍を打ち出すと、そのうちの一頭に命中した。


 残りは逃げていったけど、別に追いかけなくて良い。ナイフでヤギの首を切って後足を縛って適当な木の枝から吊るす。


 内臓は持って帰っても食べられないだろうから、ここに棄てていく。すぐにオオカミさんとかキツネさんがやってきて食べるだろう。


 お肉も果物も手に入ったし、ヨシノのところに戻る。


 大きな道に出れば、ゾロゾロと何百人も続いているからすぐに分かる。ヨシノはその先頭だ。


「ただいま。ヤギが獲れたよー。」

「おお、結構大きいですね。晩御飯にいただきましょう。」


 最近はお肉を食べる機会が減っている。エナギラにはパンとか野菜とか、食べ物はいっぱいあるけど肉が少ない。アライの町にいた頃とは逆だ。果物なんて取り合いだったし、ヨシノと会うまでお腹いっぱい食べたことなんてなかった。


 あの頃から較べたらすごく楽になったんだけど、やっぱりわたしはお肉を食べたい。


 久しぶりのお肉はとっても美味しかった。

 火で炙るとジュウジュウと脂が滴り、香ばしい匂いが広がる。

 肉の塊をナイフで切って、塩をちょっとつけて口に入れる瞬間が大好きだ。火傷に気を付けながらもぐもぐしていると、脂と肉汁が口いっぱいに広がる。


 お腹いっぱいになるまでパクパク食べて、余ったお肉は他の人にも分けてあげる。昼間はかなり暑くなるし、一日でお肉は悪くなってしまう。そうなってまで独り占めしていてもしかたがない。


 そんなことをしながら野営を繰り返して進んでいたら、粉々になった町に着いた。

 まさか、またここに町を作るのかと思ったら違った。


「エレアーネ、ここをやった敵を上から探しますよ。」

「分かった。」


 ヨシノの魔法で体が浮き上がるのを感じながら、タイミングを合わせてジャンプする。ぐんぐんと空に向かって登っていくけど、周囲にそれっぽい敵は見えない。


「他にも潰された町がないか探してください。」

「あれとか? 向こうにもあるけど違うかも?」


 北の方と西の方に、開けたところが見える。建物があれば分かるけど、建物が全部壊されているんじゃ、ただの岩場との区別が付けづらい。


「北の方は煙が上がっているように見えませんか?」

「そうだね。西の方は何も見えない。」

「では、とりあえず北へ向かいましょう。」


 光の盾を蹴っ飛ばして地上に戻ると、またノロノロと動き出す。あんまり遅いから、土魔法で道を作ることにした。真っ直ぐ進めば少しは速くなるでしょ!


 それでも進むのは遅かった。延々と歩いて、敵を見つけるまでに三日も掛かったのだ。


 黒くて大きいのが暴れているのを空から見つけて、そちらに向かってスピードを上げる。途中で開けた場所に野営を作らせて、わたしたちは大急ぎで魔龍に向かっていった。



 魔龍は思っていたよりもずっと大きかった。

 前に戦った竜よりも、骨の化物よりも、冬将軍デゼリアグスよりも大きい。


 もしかしたら、王都で見たお城くらいあるかも知れない。

 そんな化物が、ドスンドスンと森を踏み潰していた。なんか悲鳴が聞こえるし、戦ってる人がいるんだろうか。


「エレアーネ、行きますよ!」


 ヨシノに続いて、ニトーヘンを操って森の木の上に出ると、そのまま木の上を走りながら魔法を撃っていく。


「全然効かないよ。」


 竜のときもそうだった。わたしの魔法はウロコに弾かれてしまって、全然傷を負わせられない。


「顔を狙ってください!」


 ヨシノはそう言うけど、顔はちょっと遠い。とんでもなく大きな魔龍は顔の位置が高すぎて魔法が届かない。

 進行方向を変えて近づいていくと、ヨシノの撃ったメガレーザーが魔龍の目に当たった。悲鳴をあげて悶えてるうちに近づき、振り回す首がこちらに向けられたところを狙って氷の槍を浴びせる。


 魔龍がギャース、ギャースと叫んでいるのは無視して、ヨシノは木の下に降りていく。

 森の中にはゾロゾロついてきていた騎士の人たちが散らばって、攻撃の準備をしていた。

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