第5話 エウノの騎士(5)

「勝てる、そう思った時が一番危ない。決して油断するな! 慢心するな!」


 とりあえずは好調に進んでいるが、この先はどうなるか分からない。


「嫌がらせを繰り返しつつ、少しずつ削っていけとのことでした。大きな変化がない限り、この基本方針は変わらないと思います。」

「少しずつ? いける時に一気に畳み掛ければ良いではないか?」


 当然の疑問だ。機会をわざわざ見逃す意味が分からない。


「エナギラ伯爵は、一番気をつけるべきは逃げられることだと仰っていました。」


 一気に畳み掛けても、恐らく、トドメを刺すには至らない。つまり、逃げられる可能性が高い。その後、こちらの手の届かない遠距離から攻撃されれば、為す術がなくなってしまうというのがエナギラ伯爵の考える懸念事項らしい。


 とにかく苛立たせながら少しずつ攻撃を加えていき、怒りで正常な判断をできないような状態で手遅れの状態に持っていく必要があるということだ。


「なるほど。かなりの長期戦になるな。」

「そのための大隊分割なのでしょう。」


 納得したところで、報告していた騎士も休憩している輪に戻っていく。食事をとり体を休めて次に備えなければならない。



 そして、私たちの番がやってきた。


「第三大隊、行くぞ!」


 号令とともに馬を進める。既に何百騎も通った森の中には、並んだ道ができている。枝や蔓は刈り払われ、歩きやすくなった道を急ぎ足で進んでいくと、合図の明かりが前方から左右に広がる。


 隊列の先頭側は、既に戦闘域に入ったようだ。予め決めていたようにどんどん横に広がり、魔龍を大きく取り囲むように布陣する。


 私の位置は、魔龍の向こう側だ。急いで向かうが、道はどんどんと狭くなり、最後にはなくなってしまう。だが、その先に、魔法を撃っている者たちの姿が見え、そこへと近づいていく。


「交代に来ました。」

「おお、やっとか。作戦は聞いているか?」

「嫌がらせをするんですよね?」

「ああ。そして魔龍との距離に気を付けろ。近づきすぎるとあの尻尾にやられるぞ。基本的に魔法の射程距離よりも離れていることを意識すると良い。」


 魔法を撃つときだけ、尻尾がこちらに向いていないときに近づいて撃つので良いということだ。


「そんなに消極的で良いんでしょうか?」


 私の相方となるモビアネ領の騎士、ズッコゴリオが不安そうに尋ねるが、「尻尾への攻撃はしてはいけないのだからそれで問題ない」と返され、更に不安の表情を強める。


「尻尾という攻撃手段を残しておかないと、逃走するか踏みつけてくるようになる。」

「我々が狙うべきは足元と、顔周辺だ。それといくつかの傷がある。ほら、尻尾が向こうを向いたぞ。」


 第二大隊の騎士たちは詠唱しながら前方へ駆け出していき、魔龍の足先目がけて炎の槍を放つ。

 そこに少し遅れて私とズッコゴリオの炎の槍も連続で命中する。


 私たちの魔法に、魔龍は鬱陶しそうに足を踏みかえ、蹴飛ばしを繰り返す。

 そして、頭がこちらを向き、その前に巨大な魔法陣が出現する。


「其方たちは魔石を持っているか? あの魔法陣の属性に合わせた魔石を放ってやるんだ。」


 言いながらスリングショットを取り出して、魔石を撃っていく。見ていると、他にも魔石を飛ばしている者がいるらしく、魔法陣にはいくつもの魔石が吸い込まれていく。そして、魔法陣を中心に巨大な火炎旋風が発生した。


「何だ? 何が起きた?」

「魔法陣に魔力を流しすぎると、暴発するらしい。」


 魔龍が詠唱を終わる前に魔石を撃ち込んで暴発させてしまえば、魔法は防げるらしい。あんな地上四階くらいのところで火炎旋風が発生しても、こちらには影響がない。


 むしろ、自分の魔法で顔を焼かれて、魔龍の方がダメージを受けている。大口を開けて、かまびすしく吠え、地団駄を踏んでいるところに、更に魔法攻撃が飛んでいく。

 特に口の中を目がけての攻撃は多く、炎の槍や水の槍だけではなく、岩の槍なんかも飛んでいっている。


「しばらくはこんな調子だ。頼んだぞ。」

「承知した。」


 それ以上の連絡事項も無いようで、第二大隊の騎士たちは引き上げていった。


 魔龍の方は、甲高い叫び声を上げながら、尻尾をめちゃめちゃに振り回して、地面に叩きつけている。


「とんでもない化物だな。尻尾の一撃だけで冬将軍デゼリアグスを倒せてしまいそうだ。」


 ズッコゴリオの言う冬将軍デゼリアグスは、北の地方では冬に出没する巨大な魔物だ。この辺りも出るのだろうか?


冬将軍デゼリアグスか。噂には聞くが、私は見たこともないな。」

「あれも命がけで当たらねばならない危険な魔物だが、魔龍とは比較にもならぬ。」


 そんなことを話しながらも、尻尾攻撃から逃れるため、魔龍から大きく距離をとる。魔龍の尻尾は森の木々をへし折り、叩き潰し、そして跳ね飛ばしまくる。直撃しなくても、飛んできた木に当たればタダでは済まないだろう。


 その破壊力には、もう笑うしかない。


「どんだけ頑丈なんだ、あの尻尾は!」

「七級や八級の魔法くらいなら、まるで効かないくらいだろう!」


 私たちがそうやっている間にも、向こう側は攻撃が続いているようで、魔龍は左回りで方向転換を始めた。その動きをよく見ながら距離を詰めていると、灼熱の岩の槍が撃ち込まれた。


 魔法は魔龍の左前足つけ根付近の鱗を貫き、肉を焼く。威力からして、第十級以上だろう。咆哮を上げて魔龍は回転の向きを変えて、魔法の飛んできた方に尻尾を向ける。


 そして物凄い勢いで尻尾を振り回すが、魔法を使った者たちは既に逃げているだろう。


 私たちは再び距離を詰めて、魔法を連射する。今度は右後ろ足の傷を目がけて、水の槍の連射だ。私の使う六級の魔法には鱗を貫く威力はなく、派手に飛沫しぶきを上げるだけだが、傷口に命中すれば肉を抉るくらいはできる。


 水の槍を連射していると、徐々に傷は拡がっていく。


「あまりやり過ぎるなよ。」

「ええ、もう終わりです。」


 六級魔法はそれほど長時間の連射はできない。数十秒を数えたくらいで魔法が維持できなくなる。

 魔龍の動きをよく見ながら少し後ろに下がる。入れ替わるようにズッコゴリオが私の前に出て、足の指先に向けて炎の槍を叩きつけていく。


 後は、これを繰り返すだけだった。

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