第4話 エウノの騎士(4)
野営地は暗く沈んでいた。
理由はすぐに分かった。今まで魔龍と戦っていたロノオフの軍勢が、第一大隊と交代してここまで下がってきたのだ。
端的に言えば、彼らはすでに心が折れている。
圧倒的な力の差にどうすることもできず、絶望の中で刃を振るっていたのだろう。誰も彼もが疲労困憊で暗く沈んだ顔をしている。
「こちらの士気まで落とされては敵いませんな。食べる物を食べたなら、さっさと休んで回復に努めていただきたい。」
ゴルンホルト様の意見は辛辣だが、私も全く同意見だ。勝つためにやってきたのに、負け戦と決まったような顔をして諦められては困る。
「其方たちは、アレを見ていないからそう言えるのだ。一撃で、何十という命が奪われるか分かっているのか?」
そして、既に戦力の大半を失ったと泣きそうな表情で言うが、そんなことは関係がない。
「我々は勝てる。何より、勝たねばならない。第一大隊とともにエナギラ伯爵も行っているのだ。勝利への取っ掛かりを掴んでくるだろう。」
そんなことを話していると、西の方から凄まじい咆哮と爆発のような音が断続的に聞こえてきた。
「何が起きている?」
「有効な攻撃でも決まったのでしょうか?」
「あの化物に効く攻撃なんて……」
「そこらの竜でも、七級や八級程度の魔法は効かないのだ。最低でも十級以上の魔法を使ったのだろう。」
エナギラ伯爵は、最初から、大多数の戦力は牽制と陽動に費やすと明言している。魔力再利用はその手数を増やすためのものだ。魔導士団が十二級の魔法を使う間の時間稼ぎと足止めがその役割だ。騎士の振るう刃には全く期待していないと言われたときには憤慨する者も多くいたが、昨年の竜は、傷一つ負うことなくコギシュを潰したのだと聞かされてその考えを改めた。
恐らくコギシュの騎士たちは、私たちと同じように憤慨し、誇りと威信をかけて竜に立ち向かい、結果として為す術なく敗北したのだろう。そうして前線を守る騎士がいなくなってしまえば、魔導士も悠長に高階級の魔法など詠唱していられない。必然的に打てる手段がなくなってしまう。
「十級以上の魔法なんて戦闘中に使用できるものではない。」
「どうにかしてその時間を稼ぐのが騎士の役割だ。少なくともエウノではエナギラ伯爵のその作戦方針でいくことになっている。」
他国の騎士たちは不愉快そうに口元を歪めるが、そこらの魔物や賊程度を相手にする感覚で戦えば負けるだろう。相手は一匹で国を滅ぼせるほどの化物なのだ。
「面子や立場、外聞を気にしている場合ではないだろう。あの化物に勝てなかったら立場も面子もあったものではないだろう。」
「守るべきものは主君であり、故郷、か。確かにそれを失うことこそが騎士として最大の恥辱だろう。背に腹は変えられぬ。」
なんとか犠牲を出さずに勝つことはできても、形振りを構っていられるほどの余裕はない。エナギラ伯爵の言い分は納得的ない部分もあるが、生きて帰ることを優先しろという部分には救われる気分になったのも事実だ。私は彼に従いたいと思う。
暫く休んでいると、第二大隊が準備を始める。第一大隊が出て二時間半が経過している。そろそろ交代の時間だ。
「第二大隊、行くぞ!」
大隊長の号令で、整列した騎馬が動き出す。木にもたれて体を休めながら彼らを見送る。消火での消耗を少しでも回復させねばならないのだ。
第二大隊が出て行ってから暫くすると、魔龍と思しき咆哮と、ドン、ドン、と重く響くような音が聞こえてきた。
「一体何が起きているんだ?」
音だけが遠く聞こえるというは、もどかしいというか、不安を掻き立てるというか、中々精神的にキツいものがある。思わず不安の声を上げてしまうが、冷静な言葉が返ってきた。
「さっきから合図の明かりは一つも上がっていない。心配するようなことは起きていないさ。むしろ、作戦が上手くいって魔龍が苦しんでいるんだろう。」
とっくに全滅しているなら魔龍がその場で暴れ続けることもないし、戦場が大変な事態になっているなら、何かしらの合図が上がって良いはずだ。
確かに冷製に考えれば分かることだ。単に自分の未熟を晒したようで、恥ずかしくなる。
「案外、我々の出番は無いかもしれぬぞ?」
「そこまで脆くはあるまい?」
先輩方の軽口に、ふっと心が軽くなる。と同時に体の力が抜けた。どうも緊張しすぎていたらしい。音は相変わらず続いているが、きっと魔龍を暴れさせて消耗させる作戦なのだろう。私が下らぬ心配することはない。
目を閉じて休んでいると第一大隊が帰ってきた。
「戦況は?」
「こちらに損害はない。向こう側は分からぬ。傷を負わせることはできたが、役割を果たせたのかは分からぬ。」
魔龍の魔法陣は完全に抑え、口から吐く強力な光はエナギラ伯爵の魔法で魔龍自身に弾き返すことに成功したらしい。
話を聞く限りだと、口から吐く光は、あの森を燃やしたり、天に突き刺さらんかという光に柱のことのようだ。それを跳ね返せるとは、流石は竜退治の英雄という他はあるまい。
魔龍もそれほどバカではないようで、何度やっても自分の身を焼く結果にしかならないと理解してからは、使用しなくなったらしい。
つまり、いま、魔龍の攻撃で恐るべきは、足で踏みつけてくるのと、尻尾を振り回す攻撃だけということだ。しかも、自分の放った光で焼かれて、目を失ったのだという。
「それは、相当に有利にことが運んでいるのではありませんか?」
この調子でいけば勝てる。そう思わずにいられない報告に、ついつい頬が緩んでしまった。
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