第3話 エウノの騎士(3)

「見つけましたよ。あの西の山の手前で暴れているのがそうなのでしょう。」


 何度か高空からの索敵を繰り返し、ついにその時が来た。

 エナギラ伯爵の言葉に、騎士たちに緊張が走る。


「では、第一大隊は向かいましょうか。第二大隊、第三大隊はここで野営を。」


 ここに来るまでに、戦力を三つに分割していた。既に魔龍に挑んでいるロノオフの騎士団も入れると、四つの部隊になる。


 第一大隊はエナギラ伯爵および、ロノオフの王都騎士団だ。第二大隊は各国の王宮・王都騎士団、第三大隊は同じく地方領主騎士団だ。ハンターも三つに分けて各大隊に配属する。


 ミデラン公爵に仕える私は、第三大隊の所属になる。基本作戦は、魔龍を休ませないこと。そして、誰も死なないこと。


 大隊を十四以上の班に分けて魔龍を取り囲むように配置し、牽制と陽動を繰り返しつつ、攻撃を加えていく。第一大隊が交戦中は、他の大隊は休憩だ。交代しながら、敵の力を削っていく方針ということだ。



 天幕を張り、馬を馬車から離して休ませる。騎士たちも食事を摂ったり、体を休めたりと、今のうちに回復に努める。

 移動するだけでも疲労はしているものだ。休む間もなく戦闘に入っていく第一大隊は大変だと思うが、この国の騎士ならば、敵を前に休んでいるというのも精神的に負担がかかるだろうということだ。


 第一大隊が向かってから、一時間は特に何事もなく過ぎだ。だが、一時間半ほどが経った頃にそれは起きた。


 森の向こう側から激しい光が発せられたかと思ったら、森の一部が燃え上がったのだ。


「水魔法が得意な者は消火に当たってくれ!」

「エウノに任されよ! 我々だけで充分だ。」


 何十人かが動くが、ゴルンホルト様の声でその半数ほどが待機に戻る。不測の事態はまた起きるかもしれない。水魔法が得意な者は全員がその場を離れてしまうのは危険だと簡潔に述べ、大隊長も特に反論なく頷いた。


 魔力再利用しての魔法連続行使があれば、それほど多くの人数は必要ないだろう。三十人ほどもいるのだから対処できるという判断に、私も異論はない。


 私を含めて比較的軽装の者たちが煙の上がっている方へと走っていく。

 そこに、先程と同じような閃光が辺りを包んだ。


 またか! これは魔龍の攻撃か?


 被害がどれほどかと辺りを見回すが、特に被害はなさそうだ。その代わりというわけではないが、西の方に光の柱が天に突き刺さっているのが見えた。


 一体何だあれは? 魔龍の攻撃なのだろか? それとも何か強力な魔法なのだろうか?

 分からないことばかりだが、私が今するべきことは分かる。気を取り直して森へと向かった。



 邪魔な枝を剣で払いながら進んでいくと、あちこちから火の手が上がっているのが見えてくる。


「ヨースヘリアとゲフェリは正面から行く。ミデランは右から、ゼレシノルとモビアネは左から回り込みながら頼む。」

「承知!」


 こんなところで指揮権を争うほど馬鹿ではない。速やかに鎮火することが最優先だ。言われたままに右へと折れながら水魔法の詠唱を開始する。


 火の勢いはそれほど強くない。放っておけば手がつけられなくなるだろうが、今は第三級程度でも十分に通用するだろう。


 煙が上がっている木々の周辺から水の玉をぶちまけていくと、簡単に治まっていく。


「ヨシェルハックとアーグリウスはそのまま真っ直ぐ、私はここから中に向かう。手分けして当たるぞ!」

「了解。」


 ゼイルアムが一人別れて私はヨシェルハックと真っ直ぐ進んでいく。周辺には魔物の気配もない。小動物が火から逃れようと走っていくのが見えるが、それはどうでもいい。


 ヨシェルハックとも別れて進んでいくと川に行き当たった。川の向こう側には煙は見えない。川に沿って走っていくと、煙の勢いは段々と強くなっていく。


 燃えているのは木の上の方だ。魔法をより勢いの強い水の槍に切り替えて、辺り構わず斜め上にどんどんと打ち出していく。


 水の槍はそれほど射程距離が長くない。木の上に打ち出された槍はすぐに形を失い、周辺に大量の水が降り注ぐ。


 魔力再利用すると言っても、永久に使い続けることはできない。魔力は時間とともに拡散していき、等級が高い魔法はそれほど長い時間の再利用はできないらしい。


 バランス的には第三級を使うのが良いとエナギラ伯爵は言っていた。だが、第三級の水魔法を使い続けていれば、辺りは水浸しになってしまう。森を進みながら右に左にとばら撒いて行くが、歩く速さの方が遅い。


 まだ練習中ではあるが、光の盾を使ってみることにした。エナギラ伯爵は、これを空中に並べてそれを足場にしていた。階段状に並べれば、木の上に出ることもできるだろう。


 数日前に覚えたばかりの魔法陣を描き、意識を集中して詠唱すると、問題なく光の盾が現れた。それを並べて登っていくと、そこらじゅうから煙が出ているのが見える。


 煙を吸い込んでしまわないように、間を縫うように光の盾の道を伸ばして進んでいく。盾を出せる限界距離は三十歩程度だ。その先に向かいながら水魔法を撒き散らしていくと、煙はみるみるうちに治まっていく。


 他の者たちも同じことを思いついたようで、遠く離れたところでも水を撒きながら木々の上を移動している姿が目に入る。


 二時間ほどもそうしていれば、辺りの煙はなくなっていた。集合の合図である黄色の光が木の上で輝き、そちらの方へ向かっていく。


「全員、問題ないか?」

「見える範囲内では、煙の上がっている箇所は確認できません。」

「煙のない場所でも水を撒いてきたので、延焼の可能性は低いと思います。」


 簡潔に報告し、全員が集まっていることを確認すると、野営地へと戻っていった。

 まだ魔龍と対峙してもいないが、軽い疲労感と充足感が心地いい。新しい力の効果も実感し、戦闘前の肩慣らしにはちょうど良かったのかもしれない。

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