第2話 エウノの騎士(2)

 ロノオフは遠い。

 急ぎ進んではいるが、王都を出発してから国境を越えるまで十日を要した。


 その間、竜退治の英雄エナギラ伯爵は騎士全員に魔法を教えて回っていた。どこに行っていたのか、出発してから二日後に合流してから「戦力をできるだけ強化します」と張り切って教え回っていた。


 最初に教えられたのは明かりの魔法だ。同時に火の魔法でもあると言われ、混乱しなかった者はない。


 魔法陣も使わないし、安定して使うのが難しいが、習得自体は容易で全員が使えるようになっている。


 覚えるようにと言われた魔法はそれだけではない。適性の有無にかかわらず光の盾を覚えるように言われ、戸惑ったのは私だけではない。


 一級や二級の光の盾はほとんど役に立たない。小さいし強度も低いので、使う場面が非常に限定的なのだ。五級以上の使い手が並んで防壁を作るのが一般的だ。


「いっぱい並べれば良いんだよ。」


 そう言って一面に張り巡らせたのは、竜退治の英雄の腹心という少女だった。彼らの言うことには、一度使った魔法は、その後数十秒は追加の魔力も魔法陣もなしに何度でも使えるなどという、非常識極まりないことだった。


 国境を越えるまで、ひたすら練習させられて、魔法が得意な者たちがそれをできるようになってしまったのは呆れるしかない。


 野営を繰り返してロノオフの王都に到着したときには、魔法を使える者全員が、再利用連続行使ができるようになっていた。

 戦力を強化すると宣言していたが、本当に数日で強化されるとは思わなかった。


 王宮の一角で一泊し長旅の疲れを癒す。英雄様や隊長たちは情報収集に動き回っているが、私たちはゆっくり休めた。

 各国の精鋭部隊が続々と集まってきているらしい。翌日には私たちも現地へと向かう。


 ちらりと見ただけだが、王都の市街は活気は乏しい。他国にまで応援を求めるほどの化物がいつここに来るかも分からないのだ。住民たちの不安や恐怖は計り知れないだろう。


「戦力は、ロノオフの騎士が約一千。我々含めて六百五十ほどの応援が来ている。」


 道中でエウノの文官が説明をする。一体、いつ何処で情報を集めてきたのか、文官たちは魔龍の動向や被害の状況を述べていく。


「距離を取って、牽制や陽動を仕掛けながら削っていくしかなさそうですね。」


 魔龍の大きさは、小さな城くらいはあるという。いくらなんでもそれは大袈裟ではないかと思うのだが、ゲフェリの騎士たちによると、竜でも平民の家くらいはあるらしく、それ以上の巨大さでも不思議はないらしい。


「昨年の竜と同程度なら、こんな戦力は要りません。私と数名だけで退治できます。」


 さすが竜退治の英雄は言うことが違う。何が物凄く眉唾な話に聞こえるが、ゲフェリの騎士たちはそれに何の疑問も無いようだ。彼らは全員が竜退治に行ったらしい。


 詳しく聞いたところ、竜退治の英雄は、本人の武勇はあまり大したことがないらしい。それでも英雄と言われるのは、彼が指揮を執ることで、一人の損失もなく竜を殲滅できたことにあるらしい。


「それは英雄というほどのことなのでしょうか?」

「コギシュの騎士やハンターたちでは、まるで歯が立たずに全滅を免れなかったのだぞ?」

「防壁も城も粉々にしてしまう化物に対して、無傷で勝てるとは思ってなかったよ。」


 疑問を持ったのは私だけではなかったようだ。だが、それに対して反応したのはゲフェリの騎士たちだけではなかった。王宮魔導士団までもが、あの勝利は驚愕だ、と口を揃える。


「ヨシノ様がいるのだ、今回も勝利は確実だろう。」

「うむ。我らに戦力も授けてくれたのだ。効果的な作戦を指揮してくださるだろう。」


 驕りの陰は見えない。本気でエナギラ伯爵を信頼している。だが、そう言われても、私には頭から信じることはできなかった。



 ロノオフの王都を出て二日後には、魔龍の被害があった場所へと着いた。その破壊の跡は言葉に表せるものではない。


 地面は大きく抉れ、大小の岩がそこら中に転がり、所々から煙が上がっている。死臭がなければ、そこに町があったことも分からないほどの惨状に、皆一様に声をなくす。


「破壊から結構経っているし、近くにはいなさそうですね。目標の位置を確認しますので、少しばかり休憩していてください。」


 そう言って、エナギラ伯爵は腹心の少女とともに、遥か天空に飛び上がっていった。一体、何をどうしたらそんなことができるのか知らないが、もはや驚くまい。


 空の彼方に消えていったエナギラ伯爵を見上げていても仕方がないので、馬に水をやり、軽く体を動かして筋肉をほぐす。


 あまりのんびりするわけにはいかないが、緊張しすぎていたり、疲れを溜め込んでいては、いざ戦いとなったときに実力を十全に発揮できない。周辺の警戒をしつつ休憩していると、空から二人が帰ってきた。


「北に向かいます。魔龍の姿は見えませんでしたが、焼かれた跡と思しき場所は見つけました。」


 エナギラ伯爵はそう言ってチョーホーケーとかいう謎の馬車に乗り込み、粉々に潰された町を迂回して北へと向かっていく。

 恐らく畑だったのであろう開けたところを馬と馬車が連なっていく。何も考えずに真っ平らな街道をどんどんと馬を進めていたが、おかしくないか? 何でこの道だけ無事なんだ?


 日が沈み野営を張って休んでいるときに聞いてみたら、また、正気を疑う答えが帰ってきた。


「エレアーネ様が道を作っているんだ。」

「誰だ? それ。」

「エナギラ伯爵の腹心の魔導士様だよ!」


 エナギラ伯爵に付き従っている少女のことらしい。エナギラ伯爵本人もどう見ても幼児にしか見えないし、あの周辺は一体どうなっているんだ?

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