第41話 一年が過ぎて(2)

「どうしよう? どうしましょう? どうしたら良いでしょ⁉」

「落ち着いてください。」

「だって、今すぐに来いと言われても行けませんよ⁉」


 ヨースヘリアから借りている文官と騎士は、地方を治める貴族への使者として出しまっている。今すぐに追いかけて呼び戻しても、代わりに行ける者がいない。


 使者を出すのを諦めれば、向こうからやって来ることになるはずだが、それを受け入れることは困難どころではない。

 今すぐに裕が騎士や文官を連れて王都に向かえば、領都から貴族が一人もいなくなってしまうのだ。


 それに、防衛力の問題もある。

『春風』は行商の護衛に出してしまっているので、領都に残す戦力はエレアーネと新参ハンターだけになる。


「地方貴族は、全員で行きましょう。モロイエア様たちは東南方面へと向かっているはずです。私は南西に向かいましょう。手分けして行けば、明日の夜には全員が帰ってこれるでしょう。」


 それで、最短で明後日の昼には出発できる見込みだ。できるならばモロイエアや行商の帰りを待ってからにしたいが、モロイエアはともかく、行商が戻るのはまだまだ先になるはずだ。


「あまり貴族不在にはしたくないのですけどね……」


 裕はため息を吐いてみるが、そんなことをしても状況は何も好転しない。


「とにかく、我々は出発の準備を整えますので、ヨシノ様は書状の作成をお願いします。」


 他に良案もなく、裕は部屋に戻って男爵たちへと渡す書状をしたためる。昨日書いたばかりなのだから文面は覚えているし、すぐに書ける。


 翌日は早朝から文官と騎士たちが各地へと散っていく。その間に裕はチョーホーケーの整備をして、荷物を積み込んでいく。王都邸に運び込む食料の第一弾は今回持っていってしまうつもりだ。


「エレアーネも同行してほしいのですが、今回は留守番、というか、私の代理です。私が戻るまで町を離れないでください。」


 裕が最も信頼するのは、組合支部長のような大人ではない。エレアーネは一番長く裕の部下をしていることに加え、最大の戦力でもある。

 他の者を上に置いても、意見が対立した場合には物理的な力を背景にエレアーネの意見が通る可能性が高い。ならば、最初から上の立場として任じておいた方が楽なのだ。


 その三日後には裕たちは王都に着いていた。馬や馬車の返却は後回しにしても、今すぐに来いといわれたことを優先したのだ。チョーホーケーに満載した食料を領都邸に下ろすとすぐに登城する。


 手続きを終えると、裕は大きめの会議室に通された。同行を許されたのは騎士は二名に文官を一名だ。それ以外を控え室に残して入室すると、そこには公爵だけではなく、侯爵も揃っていた。


「随分と遅かったな、エナギラ伯。」

「すぐにと申されましても、準備等ございます。」


 馬や馬車の返却を後回しにしてでも急いで来たのだと裕は強調する。


「それはそうと、陛下に献上したいものがございますが、どのようにすれば良いでしょうか?」

「陛下に? 何を献上なさるおつもりで?」

「魔玉でございます。」


 裕の返答に、室内が一斉に騒めく。


「魔玉の錬成は王族の専売だ。文官も付けているのだ知らぬはずがないだろう。」

「だから献上しようというお話なのですが。普通の魔石は専売ではないですよね? 先日の魔龍のツノを材料にして作らせてみたところ、想像以上に高級なものができてしまったのです。献上する前に皆様にお見せするのは不敬に当たるでしょうか?」

「其方は貴族となって日が浅いからな、この場で確認した方が良かろう。」


 ヨースヘリア公爵の許可が出たので、後ろに控えていた文官が小箱を手に前に出た。蓋を開けて布を取ると、その中から煌めく三つの魔玉が露わになる。直径五センチほどの大きさの緑色の玉が静かな光を湛えていた。


「この魔玉を作っただと⁉」


 覗き込んだ公爵たちが目を見開き驚きの声を上げる。その表現は驚きよりも警戒の色の方が強い。


「何故、三つも作った?」

「どうせ献上するなら、一つだけよりも、いっぱいあった方が良いかと思いまして。」

「一つで良い。」

「本当のことを言いますと、この三つは、材料はみな同じなのですが、作った者が違うのです。作る人の魔力によって品質が変わるのか知りたかったのです。」


 結果としては、材料が同じならば品質に目立った差は出ないということになる。ちなみに、品質がさほど高くもない魔石では、作る人によって明らかな差が出る。


「モロイエアよ、それは本当なのか?」

「はい、私では魔力が足りないようで、魔石を作ることができませんでしたが、騎士たちが試してみたところ、出来上がりには差がございました。」


 モロイエアの返答に多くの貴族たちが顔をしかめる。


「エナギラ伯よ、騎士や文官にそんなことをさせていたのか……」


 こめかみを押さえ苦々しい表情でミデラン公爵が苦言を呈する。


「魔石づくりなど、職人の仕事だろう。騎士や文官にそのような仕事をさせるものではない。」

「お言葉ですが、上質の魔石を作るには高い魔力が必要です。そこらの平民よりも騎士の方が向いております。」

「一口に魔石といっても、エナギラで作っている魔石はかなり品質が高い。あの品質ならば、騎士の仕事の一環としても構わないのではないだろうか?」


 裕の反論をゼレシノル公爵が擁護した。ゼレシノル公爵は、魔石を作らせるために騎士を派遣したことがあるし、その過程で部下からコギシュの惨状を聞いている。「平民とか貴族とか言っている余裕がないのです」という裕にゲフェリ公爵と共に「仕方あるまい」と頷いている。


 だが、それだけでは他の公爵たちは納得できないようで、眼光鋭く裕を睨んでいる。


「元コギシュ領都含め、六の町が滅びている。この言葉の意味を正確に理解していないのではないかと思われます。」

「コギシュ伯爵の一族が失われたのであろう?」


 ゼレシノル公爵は自分の経験をもとに、他の公爵たちの認識がずれているのだと指摘するが、返ってきた答えはやはりズレたものだった。


「それは違います。領主一族および仕えていた貴族、住んでいた平民。それに城に家に防壁。さらに家畜類。六つの町に於いて、その全てが失われています。産業は存在せず、あるのは瓦礫と死体ばかりでした。」


 裕の説明に、公爵たちは理解できないと言わんばかりの表情をする。


「町に住む者のほぼ全てが死に絶えたと言っているのです。死体に向かって命令したって動きはしません。畑を耕す農民も、食事を作る料理人も、衣服を作る職人もいないのです。」


 一年前にも『住む家が無い』とは言っていたのだが、公爵たちは、貴族の格として足りる家が無いのだと理解していたらしい。格式問わず一軒も家が存在していないとは思わなかったのだという。


「其方、何故それで最初に大工を所望しなかったのだ?」

「間に合わないからですよ。大工に家づくりを任せたら、冬までに完成できないからです。」


 もはや言っている意味が分からない。これに関してはゲフェリ公爵もゼレシノル公爵も苦い顔で首を横に振る。


「大工に任せてダメなら、誰がどうやって家を作ると言うのだ?」

「私と木工職人で作りましたけど。騎士の方たちにもお手伝いいただきましたが。」


 裕は笑顔で指すが、後ろに立つ騎士たちも苦笑いしかできない。


「驚きでした。石が宙を舞い、建物が出来上がっていくのです。」

「格式としては酷いのですが、見渡す限りの瓦礫しか無かったところに、わずか数日で家が出来ていったのです。」


 騎士たちが説明しても、正しく伝わるはずもなかった。

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