第40話 一年が過ぎて(1)
「すっかり忘れていたのですが、徴税ってどうすれば良いんですか?」
領主が徴税について忘れ去っているのはどうかと思うのだが、そもそも税収がなくても食料は間に合っている。というか、税ということで収穫物が送られてきても、収納する倉がない。
「直轄領の村に徴税官を派遣し、収穫物を回収するのが一般的かと思います。」
時期としては秋分の日である十一月十四日ごろから行われ、徴税官が馬車で各地に散っていくのはどこの領でも同じで、秋の風物詩的な行事らしい。
「各地方を収めている男爵たちからは、何かあるのですか?」
「税という意味では、領主主導の特別な事業でもしていない限り、何もないのが普通でございます。」
「ですが、エナギラ領では
贈り物を持ってくる貴族たちをどう捌くかは後回しにして、裕はノルギオスに直轄領内の村をまわるよう命じる。
「今年は税を取りません。収穫物の余剰分は家畜に回して、できるだけ殖やすよう言いつけてください。特に、ヤギやヒツジは殖えた分を引き取りたいと思いますので、無闇に潰さないようにしてほしいです。」
エナギラの町は、とにかく肉が不足しているのだ。肉を食べようと思ったら、家畜を育てるしかない。ヤギを殖やせば乳を得ることもできるだろうし、ヒツジは毛や肉が期待できる。
「しかし、税をとらないというのは……」
「では、作物ではなくて、人を出してもらいましょう。とはいっても、跡取りを奪うつもりはありません。成人間近で、継ぐべき畑も家畜もない人を寄越すように言ってください。」
裕の意図は文官たちにも理解できなくはない。人が減って食料が増えれば、冬期間の食料の心配はいらなくなる。それはつまり、死亡率を減らすことにもつながるだろう。
「分かりました。通知するならばできるだけ早い方が良いでしょう。」
「秋分まで、もう、一週間もありませんからね。」
文官たちにも急かされて、ノルギオスはニトーヘンに騎して領都を出発する。
「さて、贈り物を持ってくる貴族たちをどうしましょう?」
「通常はパーティーなど社交の場を設けるのですが……」
「パーティーなどできる場所なんてありませんよ?」
城の建築は地道に進めているが、そう簡単に完成するものではない。本館だけで最低で一年は掛かるというのが大工の見立てなのだが、それでも驚異的な速さだ。もちろん、本館を作っただけではパーティーを開催するには不十分だ。
やってきた貴族たちが寝泊りするための離れが最低限で必要だし、他の領では貴族街があるのが普通だ。
「私が領主らしくできるのは
「この調子で行くと、あと三年くらいではないかと思います。」
「それでも驚異的な速さです。一年前、あの廃墟を見たとき、私には絶望しかありませんでした。」
裕は頭を抱えて嘆くが、文官たちはポジティブにとらえている。モロイエアが「任務放棄が心に浮かぶこともあった」と打ち明けると、文官も騎士たちも大きく頷く。
頭を掠めるどころではなく、本気で信を裏切ることに揺れていたことが全員あったらしい。
「えっと、それは、最終的に誰もそれを実行に移さなかったことを喜ぶべきなのでしょうか?」
部下たちの告白に、裕は苦笑いしか出てこない。この一年、部下たちを碌に貴族扱いできていなかった自覚はあるものの、実際に不満だったと言われたら返す言葉などないだろう。
「男爵たちの対応ですが、向こうがやってくる前に、こちらから使者を出した方が良いかと思われます。」
貴族向け宿泊施設がないのが最大の問題なのだ。男爵たちの使いがやって来ても、そこらの商人と同じ宿しか泊まれる場所がない。その割に、対応に人員をとられるし、住人たちの食事の時間の調整など、面倒事も多い。
ならば、待つのではなくて、裕の側から使者を出してしまった方が面倒が少ないだろうということで結論付けられた。
「贈り物を寄越せとまわるのは、少々気が引けるのですけど……」
「口に出さずとも、行けば向こうから差し出してくるでしょう。昨年だって
領主としての役割を果たしていないならともかく、魔物退治や街道の整備したり、隣領との交際など、領主としての行いはこなしているといえる。それだけで十分というわけではないが、地方を治める貴族に対しては及第点であろうということだ。
「では、男爵たちをまわるのはモロイエアに任せていいでしょうか? 護衛はミリアウーズにハルトゼズです。」
「承知いたしました。」
「ところで、公爵様たちに連絡を取るのはどうすればいいでしょう?」
「王都邸を通じれば良いかと存じます。」
エナギラの王都邸には人が常駐しているし、それは他の領主たちも同じらしい。裕は早速、文面を作成して通信の魔法道具の前に座る。
「こちらエナギラ領都。五大公爵様たち全員に面会の申し込みをお願いします。内容は、お借りしている文官および騎士について。もうすぐ一年の期限を迎えますので、返却あるいは延長についてお話をしたく存じます。」
繋がったことを確認して、裕は二度繰り返すと通信を切る。返事がすぐに帰ってこないことに不安があるが、それはどうすることもできない。
「返答があるまで、どれくらい掛かるでしょうか……?」
「早くても三日はかかるかと存じます。」
それでも馬車に手紙を託すよりは早い。ゲフェリやゼレシノルならば快速馬車が定期運行しているが、それでも届くまでに早くて二日はかかる。
第一公爵のヨースヘリアから借りた三人を使者として送り出し、裕は農作業と城の建築に注力するよう指示を出す。領主の生活エリアを優先して作り、早めに城に引っ越すつもりでいるのだ。平民用のちゃんとした家や工房が増えてきているのに、いつまでも最初期に作った仮住まいに住み続けるわけにもいかない
というか、倉庫の確保が必要なのだ。窓もない倉庫のような家は倉庫にしてしまえと言うことで、裕は宿に居室を写し、収穫した作物は元領主宅へと運び込む。
外聞も何もあったものではない。麦や野菜を野ざらしにするわけにいかないのだ。特に、麦は雨が降る前に全て刈り入れてしまわないとダメになってしまう。
「これ、絶対食べきれないですよ……」
全部で一体何十トンあるのか、元自宅が食料で埋まっていく様子に、裕はウンザリとした表情で愚痴をこぼす。だが、それだけの作付けをしたのは裕の判断だし、全て裕の責任だ。
「幾ばくかは王都邸に入れれば良いのでは? 冬支度が始まる前に運び込みましょう。」
王都には周辺から様々な物資が大量に集まってくるが、貴族も平民も多く、取り合いが激しいらしい。十万人が冬に備えて食料を買い込むのだから、その需要は凄まじい。
王都邸から返答があったのは、連絡した翌日だった。
ちょうど王都に公爵が揃っているので今すぐに来るようにと言われて裕は頭を抱える。
ヨースヘリアから借りた三人は朝に出て行ったばかりだ。戻ってくるまで一週間くらいはかかる見込みである。
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