第42話 一年が過ぎて(3)
「それで、今後、どうしていくのだ? エナギラ伯は何を望む?」
エナギラの現状は理解したということで、ヨースヘリア公爵は話の流れを未来に向ける。
「私が今欲しいのは時間と人です。一朝一夕で産業が成長するなどありえません。人を集め、技術を持つ者を育てて行かなければなりません。あとは、少しずつで良いので、商人や職人の移住を認めていただければそれで十分です。」
「それだけで良いのか?」
「今お貸し頂いている騎士や文官の期間延長、あるいは転籍を認めていただけると有り難いです。」
裕の申し出に、公爵たちは一様に眉を寄せて考え込む。
「エナギラ伯には悪いが、こちらにはそこまでしてやるメリットが無い。」
最初に否定的な態度を示したのはモビアネ公爵だった。領地を接しているゲフェリやゼレシノルならばともかく、モビアネやヨースヘリアは以前より行き来も少なく、援助をするメリットがないのだという。
「無理だというならば仕方がありません。そもそもとして、本人の意向を無視して引き留めるつもりはありません。」
裕が慌てて付け足し、「本人と面談の上、検討する」という流れとなった。
「それはそうと、其方、何か報告すべきことを忘れてはいないか?」
唐突に尋ねられて、裕は首を傾げる。目を固く閉じ、左手を顎に当てて考えるポーズを取るが、困ったように「申し訳ございませんが、心当たりがございません」と答えることになった。
「魔龍退治だ。ロノオフの陰謀を疑っていたのは其方であろう? 実際に行ったのだから真実の報告くらいあって然るべきではないか?」
「そうですね。そのように言われたら、そんなような気もします……」
王宮や各公爵からも騎士や魔導士を出しているし、帰ってきた者たちから報告をうけてはいるが、それとこれとは話が別らしい。そして、裕がこの会議室に呼ばれたのはそれが主目的なのだと言う。
「結論として、竜をこちらにやったのは意図的だと言うことです。一匹ならともかく、五匹に固まって行動されると、手の打ちようが他に無かったと言っていました。」
騎士七人を犠牲に、竜を南へと誘導したらしい。当初は知らぬ存ぜぬを通しきるつもりだったのだが、魔龍出現で周辺国に援助を願ったことで、隠しきることはできなかった。
「魔龍の被害が甚大であったところに賠償請求をしたと聞いたぞ?」
「魔龍と竜の騒ぎは別件です。被害が甚大といっても、上級貴族や王族までもが倉庫みたいな家で側仕えもなしに生活しているわけでもございませんし、私が気にする必要はありません。」
竜を誘導する前に、援助を請うくらいすれば良かったのだと裕は言い切る。他国に押し付けて知らぬ存ぜぬが通るなら、裕もやっているし、ゲフェリ公爵も反対しないだろう。
「其方の言い分は分かった。とりあえず、諸々含めて陛下に報告することとしよう。献上する物もあるのだろう?」
ヨースヘリア公爵がそう言うと、従者が動きだす。エナギラ伯爵名義での謁見申請は三日くらい掛かるが、ヨースヘリア公爵ならば最短一時間ほどで謁見できるらしい。
予想に反して数分で呼ばれて謁見室に通され、裕が魔玉を献上するとさらに予想外の言葉がかけられた。
「魔龍退治の英雄の下で働きたいと申す騎士八名をエナギラに移籍させる。それに、側仕えがいないと聞いた。四名つけるので今後使うが良い。」
「有り難い話でございますが、騎士はともかく、側仕えは受け入れる余裕がございません。」
裕は慌てて要らないと言うが、近衛や王の側近たちからは不敬だとばかりに睨まれる。だが、余裕がないというか、部屋がないのはどうにもならない。
「エナギラの城は現在建築中でございまして、完成までまだ時間が掛かります。現在の仮住まいは側仕えが入るような作りにはなっておりません。」
裕の必死の釈明に、国王たちは怪訝そうに目を剥く。「それでどうやって生活するのだ?」などとひそひそやっているが、裕は元々平民だし、側仕えなどいなくても大きな問題もなく生活できる。
「格式高い建物や調度品もないのに、貴族らしい生活などできるはずもありません。そんなことを求められても困ります。」
裕が訴えれば訴えるほど、王の側近たちの侮蔑の色が濃くなっていくが、それに対して不快の意を示したのはゲフェリ公爵とゼレシノル公爵だった。
「エナギラ伯を嗤うならば、陛下の陰に隠れるのではなく、格の違いを見せつければ良いのではありませんか?」
「国難とも言える竜の騒ぎや魔龍退治に何の貢献もせず、ただ宮中に隠れていた者に、貴族としての誇りがあったことに驚きでございます。」
「ゼレシノル公、不敬であるぞ!」
「モレアディア、下がりなさい。」
公爵二人の言いっぷりに従者の一人が目を剥いて吠えるが、国王の制止で黙り込んだ。
「……それで、エナギラよ、其方は何を望む?」
国王の目は魔玉に向けられている。一つで金貨数百枚の価値がありそうなものが三つ献上されているのだ。日本円で考えると一億円は突破するだろうという品物の献上なのだ、何らかの要求があると考えて不思議ではない。
「時間と各地を治める領主の協力でございます。復興には人が必要で、時間がかかります。産業を担う領民がいなければ、なにもできません。」
会議室での公爵たちに向けた説明と同じことを国王にも繰り返す。地道に一歩一歩進んでいくしかなく、そして、周囲の協力が不可欠なのだ。
「その状況なら、食糧にも困っていよう。国庫から幾ばくか援助しよう。」
「そのような気遣いは不要でございます。」
裕は王の提案を悉く断る。側近たちは目つき鋭く裕を睨むが、そんなことは木にしていられない。
「穀物や野菜は売れるほど余っています。その、不足しては困ると過剰に農業に人員を振り分けてしまったようで……」
食糧は不足している地方があったら供出してもいい、というくらいに余っている。
人口が二百人しかいないのに、二千人は支えられるほどの面積に作付しているのだから当たり前だ。元コギシュ領都周辺の畑は、一万の人口を支えるためのものだ。それを全部耕そうなどと考えること自体が間違っている。「まだいっぱい手付かずの畑が残っている」と裕は言うが、現在の人口でヘクタールどころか平方キロメートル単位で作付をする必要などどこにもない。
「あれやこれやとしてほしいのではございません。長い目で見守ってほしいのです。」
「ふむ。それで、七年後のエナギラ領に何がある?」
「平穏でございます。」
「武勲を立てた者が求めるものが平穏であると?」
裕の返答に国王は面白そうに質問をし、裕は大きく頷く。
「争いや混乱を収める手段として武力が必要だっただけです。争いを求めるならば、むしろ武勲など立てない方が良いです。竜など放置して国中が混乱に陥ったところで暴れれば良いじゃないですか。」
裕は平然と言うが、国王も公爵たちもその発言に呆れんばかりの目を向ける。本当に悪意が無いのか疑わしいくらいに、悪意に満ちた発想をしていれば当然だ。
「ヨシノ、普通、武勲を立てた者は名誉や富を求めるのだ。争いではない。」
「……へ?」
ゲフェリ公爵のツッコミに、裕の表情が凍り付いた、
十一月も末になれば秋が深まってくる。
ヨースヘリアとモビアネからの騎士と文官たちはそれぞれの領へと帰還し、その代わりにというわけではないが、王宮の騎士団から八人の騎士がやってきていた。
「話には聞いていましたが、本当に平民と変わらない生活なのですね。」
「事前に説明して納得してきているのだから、キリキリ働いてください!」
日本のブラック企業など生易しい。エナギラにはまだ給料や休暇という概念がない。三食食わせてやっているんだから、毎日朝起きてから夜寝るまで働けという怖ろしい環境だ。
それでも人々に悲壮感はなく、笑顔で過ごしている。
明日も明後日も変わらぬ平和な暮らしが続くと信じて。
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