第39話 発展(4)
五日もすれば、新しくやってきた子どもたちも、町での生活に慣れてくる。
最初は、一通りやってみてから仕事を選んでもらうということで、各班はローテーションで工房や畑に向かっていた。それも終わって、夕食後に子どもたちを集めて希望を聞いていく。
「なあ、俺も畑って貰えるのか……?」
年長の子どもが不安そうに裕に尋ねる。
「農業を希望するなら、畑の面倒を見てもらいますよ? まだ人が全然足りていませんから。」
「でも、俺、土の魔法使えねえよ? だから、父さんも母さんも俺は要らないって……」
子どもたちが言うには、畑を継げるのは、土魔法が使える者が優先されるらしい。使えなければ大人になったら家を出て行くしかない、というのは農民の常識らしい。改めて聞いてみると、魔法が使えなくて家を追い出された子は一人や二人ではないようで、裕が連れてきた中にも五人ほどが「捨てられた」と力なく答えた。
組合の上層部とはやたらと意識や常識に乖離がみられるが、通信手段にも乏しい身分社会だとそんなものなのだろうか。別に人は余っていないと言われてきた裕にはかなり想定外な答えだったようで、固く目を閉じて頭を振る。
「もしかしなくても、農民ってめちゃめちゃ余ってたりしませんか……?」
「余ってはいないと思いますよ。病気や魔物で村の人数が激減することは珍しくありませんから……」
どこの地方でも耕作者のいなくなった畑はあるらしく、親元から出た子どもたちは、まず、そういう土地を耕すことになるらしい。だが、その際も土魔法が使える者が優先だ。土魔法が使えない者は後回しにされ、最終的には家から追い出される。
「この町ではそんな常識はありません。そりゃあ、農業をやる上で土魔法は使えるに越したことはないですけど、別に使えないからダメってことは無いですよ。一人も使い手がいなかったら困りますけど、一人いれば十分ですから。」
魔力の再利用を知らない普通の農民は、一回一回魔力を消費して魔法を使うものだ。魔法一発で直径三メートル程度の土地が耕せるのだが、一人が使えるのは一日五十が良いところ、三百五十平方メートル程度しか耕せない。連続で使用していれば魔力は尽きてしまうので、隙間ができたところを鍬で耕したり、畝を作ったりしている間に魔力を回復させるのだ。
だが、エナギラでは魔力の再利用が常識と化している。一回の魔力消費で一千平方メートルくらいは耕耘可能なのだ。わずか十回ほど、時間にして一時間半で一ヘクタールを耕してしまう。
その一方で、機械化もされていないなかで、一人が面倒を見れる畑の面積は一ヘクタールが限度だ。つまり、農民数十人に対し、耕耘魔法の使い手は一人で十分なのだ。
「与えられる畑はまだまだいっぱいありますので、心配には及びません。収穫の手が追いつかずに困っているくらいなのですから。」
「じゃあ、俺は、畑仕事をやりたい。」
「分かりました。頑張ってください。」
他の子たちも、色々と希望を述べていくが、裕はそのほとんどをそのまま受け入れる。農業の他に、料理や製紙を選ぶ者も多い。だが、残念ながら、鍛冶や木工、石工を選ぶ者はいなかった。
「なんで鍛冶とか、あんなに人気ないんでしょう?」
裕の疑問に、組合支部長たちも首を傾げる。人気職と不人気職に明確に分かれているのだ。農民出身の子が慣れた農業を選択するのは理解できるのだが、それ以外の職業は、誰もどれもやったことがないはずなのに、やたらと偏っているのだ。
「鍛冶は如何にも大変そうに見えるのでしょうか? 熱いですし。」
「木工職人の見習い希望者が一人もいないのは想定外でした。」
「木工は一番ベテランが多いですからね。そこに入っていくのは気後れするのでは?」
「石工は?」
「浮浪児だと石製品が分からないんじゃないですか? 壁以外だと、石臼くらいでしょうか。他に使われている石を見たこともないのかもしれません。」
食べ物関係は、やはり自分とのかかわりが分かりやすいのだろう。製紙は逆に全く見たこともない加工業ということで、興味を引いたのだろうか。木が紙に変わっていくのが面白かったのかもしれない。
「中々思い通りにいかないものですね。」
「命令すれば良いだけではありませんか?」
「やりたくもないことを嫌々やっても効率が悪いんですよ。」
どこも人手が足りていないのだから、だったら気持ちよく働ける仕事の方が捗るだろうということで希望通りにまわしているのだ。バランスが多少悪いのは諦めるしかない。
まだ幼い子も多いし、そのうち気が変わるかもしれないということで、職業バランスは今後の課題として置いておくことにした。
足りないものは次から次へと出てくる。
季節が夏に向かうならば、まだ楽なのだ。畑も森も実りが増えていくし、日々使う薪も衣服も少なくて済む。だが、冬に向かうとなれば用意しなければならないものは盛りだくさんだ。
「裁縫ができる人はいませんか?」
裕の問いかけに手を挙げたのは農村出身の者たちだった。
ある程度の年齢まで農家で育っていた者は、生活に纏わる雑事は一通りできるようで、男女関係なく料理や農具の手入れにとどまらず、裁縫や簡単な木材加工も一通り覚えている。
裁縫道具や布の類は、かなりのから物量が瓦礫の下から掘り出されている。さすがに元々人口一万以上の領都となれば、それなりの発展を見せていたものだ。
「毛織物が主要産業だったというのは、本当に助かります。」
「子どもは成長しますからね。」
何気ない文官の一言に裕は「うぐぅ」と言葉を詰まらせる。浮浪児がどんどんと成長していくなか、裕は全く成長していない。見た目は子どもでも、既に成長を終えた大人なのだから、これ以上肉体的な成長などあるはずがない。
厚手の生地を選び、子どもたちに服の作り方を教える。ただし、実際に服作りに励むのは雨天時の、外での作業ができない場合だ。晴れていれば農作業や食料品加工の方が優先度が高い。
そんなことをしている間に、秋の収穫の時期を迎える。
黄金色に染まった麦畑を、端から刈り入れていくのは、とても重大な作業だ。
ほとんど全員で一丸となって畑での作業を進めていくが、一番最初に音を上げるのは、指示を出した裕だった。
「ええい! 面倒です! 最高級魔玉を使ってしまいましょう!」
魔龍のツノから作られた魔石は、今までのものとは見るからに品質が違っていた。貴族や金持ちではなくとも、その美しさに目を見張るほどだ。
裕は地面に描いた邪属性の魔法陣に躊躇いもなく魔玉を埋め込むと、メモを片手に長々と詠唱していく。
「いでよ、ゴーレム!」
魔石をいくつも消費して生み出されたのは小型の石人形だった。背の高さは約二メートル。オマケみたいなサイズの頭部がちょこんと乗った直方体の図体で、胴体内部には物資を積めるようになっている。四本の足は短く、四本ある腕は長い。
「
主人の命令を受けた合計三体の石人形は、鎌を片手にのっしのっしと歩いていき、麦をバッサバッサと刈っていく。地面すれすれに鎌を振るい、麦穂を集めては胸に空いた穴から入れていく。保管箱が満杯になったら、畑の端に置いてある手押し車に積みかえる。
鎌を振るう速さは人と然程の差もないが、一度に運べる量が人の倍ほどもあるのと、休みなく働けるのが最大の差だ。
刈り入れた麦はどんどんと脱穀し、俵に詰めていく。麦は袋や木箱に詰めていき、わらは束ねて干す。数日間干した麦わらは、俵や籠を編んだり、ベッドのクッションとして詰め込んだり、馬の餌にしたりと使い道がいくつもある大切なものだ。
「ねえ、麦畑広すぎやしませんか?」
積み上げられた俵を見て農家の一人が戸惑ったように言う。収穫を開始して三日で、俵の数は既に三百を超えている。これだけあれば、住民全員の冬備えとしては十分だ。
だが、黄金色に広がる麦畑はまだ半分にもなっていない。根菜や豆類も豊作で、どう考えても生産過剰だ。
「食べ物が足りないより良いじゃないですか。領外含めて売ることも考えましょうか。」
重税を課しても消費できないのでは意味がない。他の地域に運んで、肉でも入手した方がマシだ。
だが、新たに作った食糧庫にも入りきらなくなるのは明らかだった。
「領内、領外問いません。なんとかして売ってきてください。」
命令を受けて、チョーホーケーに収穫物を満載して行商に出たのは商業組合支部長だ。エナギラには商人はいない。元商人とはいえ、現領主である裕が悠長に行商に出かけている場合でもない。
護衛の『春風』のニトーヘンにまでも満載して、ゲフェリ・領都方面へと旅立っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます