第38話 発展(3)

「私がヨシノ・エナギラ伯爵である。」


 浮浪児たちの前に浮かび、裕が偉そうに挨拶をする。最初に舐められてはいけないと、背後に明かりを出して後光の演出まで加えている。


「ま、魔物⁉︎」

「誰が魔物か! 無礼にも程がありますよ!」


 浮浪児は神や仏など知らない。浮浪児は農村出身が多数を占め、それ以外では浮浪児の間に生まれた子がいるくらいだ。要するに、彼らは洗礼を受けていないどころか、礼拝に行ったことすらない。

 もっとも、それ以前に、裕には神秘的なものを感じることはない。寧ろ、裕の場合はよこしまな感じの方が強い。


「とにかく! ここで暮らす以上は、みなさんにも働いてもらいます。ということで、まず、グループ分けをします。」


 できるだけ年代が固まらないように、五人程度のグループに分けていく。


「ミシャゴズはこっちだ!」

「ワナギトンと一緒なの?」


 背の順に並ばせて、順番にグループ分けをしていると、子どもたちは色々と不満を口にする。


「入れ替えは後にしてください。同じ年頃の子同士ならば入れ替えて良いですが、大きい子と小さい子を入れ替えることは認めません。」


 同年代で集まりたいという声もあったが、それは却下する。今のグループは、一通りの仕事を経験させて、どれが良いのかを選んでもらうための一時的なものだ。


「農業、料理に洗濯、紙作り、森での採集、そして、建築。一通り、一度はやってもらいます。まじめにお仕事をしていれば、食事はお出ししますし、寝るところもちゃんとあります。」

「お肉食べられるの?」

「残念ながら、肉は不足しているので、あまり食べられません。ですが、パンや果物はお腹いっぱい食べられますよ。」


 肉は食べられないと聞いてがっかりする子も多いが、冬でもお腹いっぱい食べられると付け加えると目を輝かせる。


「今年も冬将軍デゼリアグスを狩れると良いですね。」

「あれば美味しかったですからね。って、文官と騎士の皆さんはもうすぐで約束の一年になるんですけど……」


 裕の言葉に文官の顔色が変わる。


「それについては、夕食後にでもお話いたしましょう。とりあえず、この子たちにこの町での生活を教えねばなりません。」


 裕は子どもたちに向き直ると、魔法を一つ覚えるように言う。


「魔法? 教えてくれるの?」

「明かりの魔法は必修ですから、今、覚えてもらいます。覚えられる方は、他の魔法も覚えていくといいでしょう。」


 子どもたちが歓声を上げるなか、いつもの明かりの魔法の練習が始まった。


 枯れ枝に火をつけて、それを頭に明確に思い浮かべ、手元に呼ぶ。一割から二割くらいは、一度でできるのもいつものことだ。


「できないよ……」

「諦めずに練習すればできるようになります。焦る必要はありません。落ち着いて、集中してください。」


 第一段階をクリアする子が増えていくなかで、落ち込む子が出てくるのも分かりきったことだ。優しく微笑みかけて「詠唱してみましょう」と、より初心者向けの方法を教える。


 できる子はどんどんと先のステップに進んでいく。明るさを変え、熱さを変え、そして色を変える。これまで教えた経験上から、後ろの方に行くほど難易度が高いことは分かっている。


 一時間ほど練習すれば、年上の子たちはみんな明かりを呼べるようになる。残っているのは、裕よりも小さな、三歳や四歳くらいの子たちだ。


 あまりにも幼いと、イメージが正確にできないのだろうか。それとも集中力や、魔力の問題なのか、どうしても上手くできないようだ。


 最初にボッシュハから連れてきた子でも、小さい子は明かりの魔法が使えるようになるまで数ヶ月かかっている。


「もうちょっとだけ大きくなったら、できるようになりますよ。大きい子は教えてあげてくださいね。」


 できないと泣く子の頭を撫でながら、優しく声をかける。裕は小さな子にはとても甘い。いや、前向きに頑張ろうとする者には甘いのか。

 その代わり、怠け者には容赦がないのだが。



「雨が降りそうな天気ですね。先に家に案内しましょうか。」


 一時間ほど明かりの魔法の練習をしていると、雲がどんどんと増えて低く垂れこめてきた。裕は空を見上げ、練習を打ち切ると、長屋に子どもたちを連れていく。


「ここが、あなたたちがこれから住むお家です。」

「暗いよ?」

「明かりの魔法を使うんですよ。今、覚えたでしょう?」

「そっか!」


 暗い室内に魔法を放つと、明るく照らし出される。玄関の扉を入ると小部屋があり、その奥に五十平米ほどの居室がある。部屋の中には、まだ家具はない。寝床として干草が積み上げられているだけだ。


「一部屋に、だいたい六、七人で入ってもらいます。好きにグループを作ってください。」


 家の部屋割りは、先ほどの班分けとは異なる。できるだけ仲の良い組み合わせにして分けていく。


「お食事は宿で摂れます。鐘が三つなったらあなたたちの番ですから、間違えないようにしてください。」


 宿の食堂には一度で全員が入りきらない。交代で食べることになる。鐘一つで職人たち街中で仕事をしている者たち、二つで町の外で活動している者たちという順番だ。

 さすがに不便なので食事処をもう一つ建築中だが、稼働できるようになるのはもう少し先だ。食器も料理人も足りていない。


「雨が降っていると暇でしょう? そんな時のための仕事があります。」


 室内用の作業はいくつかある。


 十二、三歳の体の大きい子には石臼を扱ってもらい、十歳前後の子には紙の原料となる小枝の皮剥きを、腕力に期待できない子たちには薬草をすり潰す作業を与える。


 道具類は倉庫に大量に保管されているし、材料も潤沢にある。薬草の詰まった籠や、小麦の入った麻袋、小枝を家に運び込んでいると雨が降ってきた。


「食事の時間までお仕事頑張ってください。」


 裕はそれだけ言い残すと貴族街の自宅へと帰っていく。今までは冬将軍デゼリアグスのツノを使って高級魔石を作っていたが、魔龍のツノというとてもとても稀少な材料を得たのだ。実質的に裕と数名だけで倒した冬将軍デゼリアグスと違い、伝説とまで言われる魔龍の強さは桁違いだった。材料としての品質にもかなり期待している。


 だが魔龍のツノの加工は一筋縄ではいかない。一体どんな物質なのか、鉄よりも硬く強靭なのだ。そこらの普通の斧を叩きつけたくらいではびくともしない。ナイフの刃など通用するはずもない。いろいろと試してみた結果、魔龍のウロコの方がより硬く強靭なようで、ウロコでゴリゴリと擦り削るのが一番楽なようだ。


 なお、竜のウロコではまるで役に立たなかった。鉄製の武器では傷を付けられないという点では同じだが、魔龍の方が格が上のようである。


 食事の時間までゴリゴリとやってみるが、成果の程はあまり芳しくない。石の台の上にちょんと集まったツノの粉末は一グラムにも満たない。騎士二人と一緒に作業をしていてそれである。一人でやっていれば、一週間あっっても魔石一個分の粉末を得ることは難しそうだ。



 夕食後は他の騎士たちも一緒に作業をしながら、今後のことを話す。


「お昼にも軽くお話しましたが、もう少しで、公爵様たちとの約束の期限の一年になります。皆様には、エナギラのために尽力していただき、感謝しております。」

「私たちはもう用済みでございますか?」


 淡々と言う裕に、文官の一人が哀しそうな目を向ける。


「まさか。できるならエナギラに籍を移して欲しいと思っています。」


 いくら思っていても、裕にはそれを命じる権利などない。彼らの本来の主である公爵が期限なのだから返せと言ったら、裕はそれに応じなければならない立場だ。延長が認められるにしても、一度は会って話をしなければならない。


「皆様にも家族というものがあるでしょうし、一度領に戻って話をしていただく必要があります。戻りたい方に無理強いするつもりもありません。」


 文官や騎士たちは複雑そうな表情で裕を見つめるが、裕は目を閉じて首を横に振る。

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