第36話 発展(1)
魔竜退治から帰ってきて一ヶ月ほどで、エナギラの町は一気に形を作り上げていた。
相変わらず平屋の長屋ではあるものの、平民用の家はいくつも建ち、領主城の建築に着手するにまで至っている。
専門家の力というのは実に素晴らしいものである。石工職人三人に大工一人がやってきたことで大型建築が可能になり、木工職人が増えたことで屋根や家具の生産ペースが上がっている。
そして、一番の変化は、人の往来ができたことだろう。ゲフェリ領都からエナギラを経由してゼレシノル領都まで、街道の整備が整い、両公爵が用意していた馬車の運行が開始されたのだ。その馬車を牽くのはニトーヘンだ。
格安で利用できる快速馬車は小規模の商人に人気を博し、また、エナギラに仕事を求める者たちが腰を上げる契機ともなった。
商人たちの目的の大半は、事実上、エナギラの独占事業となっている魔石の再活性化だ。溜め込んだ魔力を全て吐き出してしまい力を失った魔石は、再度魔力を充填して再活性化させなければ何の役にも立ちはしない。
王都の魔術師協会や錬金術師協会で魔石の再活性化はできるものの、元の魔石よりランクが落ちていき、最後にはただのゴミ屑と化してしまう。だが、エナギラでは最初の品質にまで完全回復できるのだ。魔竜退治で全ての魔石を使い果たした裕が、当たり前のように「魔力なんて詰め直せば良い」と言い放っていたのが広まった結果、あちこちから魔石が集まってきているのだ。
お陰で、エレアーネを始めとした魔導士たちがこき使われることになっている。
「ヨシノ様、新たな移住希望者が来ております。」
大量の木材を運び裕が戻ってくると、文官の一人が進み出てきた。
「何人ですか?」
「農民が一家族三名、料理人が一名にございます。それと、神官が二名目通りを願っております。」
「神官? 本当に教会もしつこいですね。農民と料理人は組合に登録して部屋を与えておいてください。農地は西側はまだ空いていますよね?」
破壊され廃墟となったコギシュの町の東側から、町を作っているので、農地は東側から割り当てられていって、西側は手付かずの状態だ。適当にばら撒いた種が芽吹いてにょきにょきと成長しているが、収穫の手も追いつかずに放置されている。
割り当ててもすぐに収穫には結び付かないだろうが、種の回収は見込めるため、移住希望の農民がいればどんどんと割り当てていっている。
「料理人はどこの組合所属でしたっけ? 商業? 職人? 登録の上で宿に回してください。住み込み用の部屋は空いていたはずです。そこで慣れてから、どうするか考えましょう。で、神官はどちらに?」
裕は着替えを済ませてから、領主邸に神官を呼ぶ。領主邸と言っても、一番最初に作った簡素な一軒家なのだが、城ができるのはまだまだ先なので仕方がない。
「お初にお目にかかります、エナギラ伯爵様。全般の遠征におかれましては素晴らしい活躍をしたと聞き及んでおります。」
「堅苦しい挨拶は不要です。本題に入ってください。」
部屋に通された神官は仰々しく挨拶をするが、裕は面倒そうに手を振る。
「こちらの町には神殿も、教会すらもないと聞いております故、是非とも我らに任せていただければと思います。」
「神殿など作っている余裕などないですし、今のところ作る予定もございません。生活や産業のための施設が最優先ですから。」
作るべき建物は山ほどある。城の建築はもちろん、食料庫も増設していかねばならないし、食事処も宿だけでは手狭になってきている。とくに厨房の容量が限界に達しつつあるのだ。
町を囲む防壁は穴だらけだし、革加工や土焼物などの工房も作っていかなければならない。器具類の調達はともかく補修すらままならないようでは、産業の発展どころではない。
「どうしてもこの町に来たいのなら止めはしませんが、こちらで割り振る仕事はこなしていただきますよ。」
「仕事、ですか?」
「神に祈るだけの人に与える食事などありません。皆の利となる仕事をしていただきます。」
「私たちの治療魔法は伯爵様にも貢献できるでしょう。」
「治癒術師なら間に合っていますから、別に大した貢献になりません。治療魔法以外での貢献が必要です。農作業、金属加工、木材加工、石材加工、皮革加工、紡績に織物。何になさいますか?」
治療魔法にアドバンテージなど無いと断言され、二人の神官は口元を引きつらせる。エレアーネの他にも聖属性の持ち主がやって来て、水属性の魔導士と二人で組んでの治療魔法はできるようになっているのだ。
「治療魔法は神に仕える者だけに許された、神聖なる魔法でございます!」
「神聖さは別に必要としていません。あ、でも、神聖なる魔法とやらに、豊穣の魔法とかございましたら歓迎しますよ。」
神官は目を剥いて反論するが、裕は興味なさげに一蹴する。そして追加でワケの分からない要求をする。神殿が豊穣祈願などというものをやっているのを見たことがない、という前提での発言である。
「神聖なる力などと威張られても困ります。竜や魔龍を退治してくれもしないのに、特権意識を持たないでいただけますか? 先頭に立って退治してきたのは私ですよ?」
以前は神殿に世話になっていたりしたし、元々裕は宗教に対して嫌悪感や忌避感は無かったはずなのだが、最近やってくる神官たちの言い分にはかなりウンザリしているようだ。
揃いも揃って神様の大切さや神殿や教会の重要さを説くのだが、どうにも的外れなのだ。教会があったところで実りは得られないし、魔物から守られるわけではない。
竜に滅ぼされた旧コギシュ領都にだって、神殿はあったのだ。祈りが足りなかったから滅びたなどというバカなことはない。足りなかったのは祈りではなくて戦力だ。
「住みたかったら住んでも良いですけど、特別扱いはしませんよ。」
「分かりました。お願いいたします。」
「では、各種組合にて登録を済ませてください。」
組合でと聞いて、神官たちは目を丸くする。通常、神官は教会や神殿に所属し、市民としての登録も教会で取りまとめている。
だが、エナギラ領都には神殿も教会も無い。裕が作るつもりもないと言っているのだから、教会での市民登録などできるはずもない。
「組合で登録した市民には食事は出ますけど、登録していなければ、食費も宿泊費も支払っていただきますので、よろしくお願いします。」
呆然とした神官たちを追い出して、裕は再び仕事に向かう。木材の確保は急務なのだ。本来、木材は加工する前に十分な乾燥期間が必要になる。乾燥が不十分なまま加工すると後で変形する場合があり、建物が歪んだり雨漏りの原因となったりする。
城に使うための木材は、最低で半年は置いておくべきだということで、必要な分をひたすらかき集めているのだ。
一日に五十本運んでも、竜が薙ぎ倒していった木々はなくならない。腐ってきている木も多くなってきているが、それでも倒された木の絶対数が凄まじいのだ。平均すると一メートルにつき一本ほど。竜が突き進んでいった距離は百キロ以上あるので、十万本は折られたり倒されたりしている。
裕たちが回収したのは、そのうちのごく一部で、二千本にもならない。まだまだ万単位で残っている。樵たちと一緒にニトーヘンを駆り、一日に何度も森と町を往復するのだ。
順調といえば順調なのだが、問題もある。
野菜や穀物は潤沢にあるのだが、肉と塩が不足気味なのだ。商人たちが来るようになって、塩はある程度入手可能となったが、肉が全くといっていいほど獲れないのだ。
近隣の森から、草食動物がいなくなってしまっているのだ。おかげで、果物類や木の実はやたらと手に入るのだが、肉がないと食卓はどうしても寂しいものになる。
魔石の材料となる薬草類も見当たらないため、新規での魔石作成もできなくなっている。
「畜産農家や家畜はどこかに余っていないのですかね……」
「余っている飼料や食料を領内の町に持っていき、家畜や人と交換してみてはいかがでしょう?」
文官や組合支部長を集めて、相談してみると、意見は出てきた。みんな、肉は食べたいし、産業が偏りすぎていることに不安を持っている。
「すぐに来てもらうのではなくて、飼料や食料を配って、家畜を殖やさせるのはどうでしょう? 今すぐとはいかなくとも、来年以降の安定供給を目指す方が確実かもしれません。」
連れてきた家畜は今年は潰せない。ブタやヤギのオスを一頭や二頭潰しても、現在の人口では一日でなくなってしまうだろう。
「ボッシュハが懐かしいです…… あそこは獣はいっぱい獲れるのですよ。」
ボッシュハはボッシュハでバランスが悪いのだが、隣の芝は青く見えるものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます