第35話 呼び出し(5)
考えられるパターンはいくつかある。
第一に、本当に竜も魔龍も偶々であり、ロノオフ側には何の害意も悪意もない。
第二に、交戦の結果として竜はエウノ側に来たが、ロノオフには特に悪意はない。魔龍も偶々。
第三に、戦争を覚悟の上で竜を誘導したが、魔龍が現れてそれどころではなくなった。
「情報がほとんどないので、実際にどれなのかは分かりかねますが。悪意があるのか、ないのかはとても重要なことでございます。私たちの大切な騎士たちがどのように扱われるのかが変わってきます。」
指折り可能性を数え上げていくゲフェリ公爵に、国王も険しい顔をしながらも静かに聞いている。
「ゲフェリ公やゼレシノル公が何やら動いていたのは、それを確認したかったということか。収穫はあまり無かったようだが……」
ヨースヘリア公爵は瞑目して大きく息を吐く。
「最悪なのが一つ抜けていますよ。悪意を持って竜を誘導していて、魔龍というのも大嘘。エウノの戦力を分散させて叩く作戦、いや、突如エウノが武装して攻めてきたと言い張るということも考えられます。」
「最悪すぎる! 其方こそ悪意まみれではないか!」
裕の指摘にヨースヘリア公爵は声を荒らげる。慎重というより悪意しか感じられない発想だし、裕自身もそれは否定しない。
「悪意も持ちますよ。ヨースヘリア公爵閣下は我が領の惨状を知らないからそう言えるのです。損害賠償請求くらいしたいものです。」
「損害や復興の話は今は関係がない。気持ちだけは汲んでおこう。」
国王に遮られ、裕はひとまず口を閉じる。魔龍退治についての話し合いの場なのだから、竜の被害そのものについては場違いであることは裕にも分かっている。
「そんな可能性を言っていても、動きようがないではないか。エナギラ卿は派兵に反対という立場か?」
「手放しに賛成は致しかねます。相応の対策を取るべきだと考えています。」
「具体的にはどうすると?」
非武装に見せた使節を先行させて情報収集させることが最適だろうと裕は述べる。本当に魔龍が暴れているならば、その詳細情報を集めておけば、移動中に作戦を練ることができるし、嘘なのだと分かったら最速で逃げ帰り、遠征隊も即刻引き返す。
「使節が攻撃されるようなことがあった場合、即時に引き返せば良いでしょう。」
裕は当たり前のように言うが、公爵たちは不可能だと項垂れる。
「何故、無理なのです?」
「どうやって先行する? 遠征隊は明日には出発するのだぞ? それに、攻撃されて逃げ切れるのか?」
「私の騎獣で行けば良いでしょう。防御等は私が行けば早いんですけどね。便利な魔法を教えても構いません。」
裕は何でもないことのように言う。エレアーネがいれば大概の攻撃は防ぎ切れるつもりでいるのだ。
「其方の馬のない馬車は一つしか無いのだろう? 一度エナギラに戻るのか?」
「馬のない馬車は無理ですが、騎乗用ならば下町に売っている魔石でも作れます。椅子や紐も、そこらに売っているものを買えば、すぐにでも調達できるでしょう?」
ゲフェリ公爵は首を傾げるが、裕は買えば済む問題だと言う。揺れがほとんどないのだから、椅子も普通の木製の椅子で十分だ。それに毛布と食料でも積んでおけば使節の移動用の役には立つ。
馬車とは基本スピードが全然違うのだから、使節の出発を明後日にしたところで、その日のうちに遠征隊を追い越すことになるだろう。
「私の魔法もお教えしますよ。私の武力優位性は低い方が良いですからね。」
教えるといっても、明かりの魔法と魔力再利用だけだが、その二つを覚えるだけで戦力は雲泥の差となる。襲撃に遭っても血路を切り拓くのに十分な戦力を手にすることができるだろう。
「もちろん、遠征隊参加者全員にもお教えいたしますよ。本当に魔龍が暴れているならば、戦力を強化しておくに越したことはないですからね。」
当たり前のような顔をして言う裕に、国王も公爵たちも胡乱な目を向ける。
「其方、何を企んでいる?」
「別に何もありませんよ。自分の負担を減らしたいだけです。周りの方々が強くなってくれれば、私が一人で頑張る必要がなくなるじゃないですか。」
平和にのんびりと暮らすことが理想なのだと裕は強調する。国自体が平和で豊かであれば、貴族位に拘るつもりもないという裕に、貴族たちは呆れた顔をする。
「まあ良い。使節団の派遣は確かにメリットも大きいだろう。人選を急ぎ、向かわせることにしよう。」
国王は疲れたようにそう言葉を吐き出して、この話題を打ち切る。その後の質問は特になく、使節団が優先的に確認すべき事項について話が行われた。
「午後より出征前の壮行会を行いますので、出征参加する方全員、正面広場へ集合願います。」
昼食まではまだ時間があるが、会議は解散となり裕も一度城を後にする。その足で下町に向かい、ニトーヘン作成のための魔石やロープを買い込んでいく。
ついでに屋台で食料を買い込んで屋台広場の外れへと向かう。緑の明かりを打ち上げればエレアーネもやってくるはずだ。
昼の空に煌々と輝く光に野次馬たちも集まってくるが、それもエレアーネが裕を見つけるまでだ。光の盾を並べて野次馬たちの頭上を駆け抜けてきたエレアーネが「退いて、退いて!」と降りてくると、裕は明かりを消し去る。
「お昼、食べちゃってるよ?」
串焼茸を片手にエレアーネは困ったような顔をするが、裕は別に気にしない。
「それは構いません。ここは人が多すぎるから行きますよ。」
裕の指示でチョーホーケーが動き出すと、エレアーネの乗るニトーヘンもそれに続く。向かう先は壮行会を行うという城の正面にある広場だ。そこにはすでに騎士やハンターたちが集まりつつあった。
出征に参加する者全員が揃うはずなので、全部で二百人を超えるはずだ。人数には荷馬車の御者も含まれるので、純粋な戦力としては百八十人ほどだが、基本的にはいかにも強そうな者たちの集まりである。魔導士や神官も加わるので筋肉ばかりではないが、未成年は裕とエレアーネだけだ。
魔龍退治は生きて帰って来れない確率がかなり高いということで、遠征隊に選ばれること自体は栄誉あることだが、実のところ誰も行きたくはないらしい。騎士たちはそのような不満を述べることはないが、ハンターたちは気にせずにブーブーと文句を言っている。無駄に緊張感が漂い、ベテランたちが険しい面持ちでいるのに、子供がのほほんと食事をしていればいくらなんでも場違いすぎる。
食事を終えると、エレアーネは自分のニトーヘンに戻り、裕も運転席に出る。そのころには騎士や魔導士たちも一通り揃い、所属領ごとに整列を始める。
「私はどこに並べばよろしいでしょうか?」
「エナギラ伯爵閣下は、騎馬でこちらに、配下の方はあちらの方にお並びいただけるでしょうか」
怪しげな物体に乗る裕に困惑の表情を隠せない様子で、係員はあちらこちらと指し示す。じゃあということで、裕はエレアーネのニトーヘンの後部座席に移って公爵たちがいるところへ向かい、チョーホーケーは一団の端の方へと移動する。
「其方もか。一体何だそれは?」
ヨースヘリア公爵とモビアネ公爵は、怪しげなモノを見るような目で見てくる。其方も、というのはゲフェリ公爵もニトーヘンに座しているのだ。
「とても便利なのですよ。魔法道具の一種と思っていただければ良いんじゃないでしょうか。魔石は下町でいっぱい買ってきましたので、使節の二十八人分は用意できますよ。」
裕の説明に公爵たちは呆れたように固く目を閉じて頭を振る。
「国王陛下がいらっしゃられました。」
そんなことをしている間に、国王が近衛をぞろぞろと引き連れてやってきた。
平民を含めた武装した集団の前に出てくるのだから、相応の護衛体勢を取らざるをえないのだろう。全身を鎧で固めた何人もの近衛に囲まれて国王は壇上へと上がる。
「皆の者、良く集まってくれた。
長々とした演説と激励の言葉が続き、最後に裕が指名された。
「最後に、竜退治の英雄、ヨシノ・エナギラ伯爵に言葉をいただこう。」
「き、聞いてません!」
裕は狼狽え小声で文句を言うが、公爵たちは「早くしろ」とばかりに目を向ける。
「エレアーネ、あの壇の前方、少し下に私が立つための光の盾をお願いします。」
「分かった。」
裕が重力遮断をかけて跳ぶのと、エレアーネが足場用の光の盾を出すのはほぼ同時だった。国王より少し前、そして少し下の空中に立ち、大きく息を吸う。
「魔龍は強大な力を持つと聞く。だが、恐れることはない。私は其方の誰一人として犠牲にするつもりはない。私の望みはただ一つ、全ての者が安心して平和に暮らせる日々である。邪魔をする魔物を共に打ち払おう!」
裕が拳を突き上げて叫んでも様にはならないが、それでも騎士たちも「打ち払おう!」と拳を突き上げる。それを見て満足そうに裕はニトーヘンに戻る。ふわふわと宙を浮かんでいく裕を唖然としながら見ている者もいるが、それは気にしていないようだ。
壮行会が終わってからのスケジュールはびっしり詰まっている。まず使節の二十八人を引き連れて王都北の川辺へと向かい、ニトーヘンを二十八騎つくる。それで体力が尽きるはずなので翌朝まで休んで、使節の者たちに原初魔法を教え、さらにニトーヘンの騎乗訓練をする。
ロノオフに出発するのはさらに翌日だ。
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