第34話 呼び出し(4)

 王都に着くまで、予定よりも一日多くかかることとなった。静かで揺れないチョーホーケーが気に入ったようで、結局、翌日もゲフェリ公爵が同乗することになったのだ。


 夕方に王都の門をくぐり、ゲフェリ公爵の邸へと向かう。公爵本人が乗っている以上、伯爵邸で降ろして「あとは自分で帰れ」とはさすがに言えない。


「はあ、疲れました。」

「今晩はゆっくりお休みください。私はどちらに泊まった方がよろしいでしょう?」

「そういえば、今日、ヨースヘリアに行くなんて言っていませんからね。私の邸に泊まっていくと良いでしょう。」


 エナギラ邸に着くと、使用人たちに出迎えられる。チョーホーケーやニトーヘンを停めて中に入るとエレアーネとモロイエアは客室へと通される。


「こちらはお変わりありませんでしたか?」

「恙無く過ごしております。明日にでも庭の様子をご覧になられますか?」

「明日は時間がありません。夕食前に見ておきたいですね。」


 諸々の報告を受けながら、庭で栽培を試みている薬草の状況を見に行く。王都邸の庭は、あまり広くはない。二百平米程度の一角、三十平米ほどのところが小さな畑にされて、小さな株がいくつか並んでいる。


「……少ないですね。」

「はい、いくつかの種類を植えてみたのですが、大半が枯れてしまいました。」


 ハンターに森で薬草の株や種を集めさせて植えてみたのだが、きちんと根付いて育ったのは僅かばかりだったそうだ。


「農業は一年で成果を得られるものではない、か。気長にやるしかないですね。引き続き育ててみてください。遠征ついでに種でも仕入れてきてみますか。北の国の特産になるような作物がここでも育てば良いのですが。」


 失敗は別に使用人たちの責任ではない。

 きちんと畑を管理したていても、枯れるものは枯れるのだ。生育のための土や水などの条件は調べていかなければ分からないのだ。


 夕食は別々に、二つの客室にも運ばせる。二人とも休みなく働いているため、少しくらいは休ませるという名目なのだが、本当のところはエレアーネの作法マナーに問題があるためだ。


 夕食後は軽く打ち合わせをし、湯浴みを済ませて床につく。

 翌朝、裕とモロイエアは、門が開く日の出に合わせて城に向かう。エレアーネは特にやることがないので城下町へと遊びに行く。


 チョーホーケーで貴族街を進んでいくと、ぞろぞろと馬車が連なっている。貴族街に住む何十人もの貴族たちが登城するのだから、それなりに混み合うのは当然だ。


 だが、常勤の貴族たちは、同じ門から入ってもその先は違う。裕は入り口脇に停めて取り次ぎを頼むが、ほとんどの馬車はそのまま城の横手にまわっていく。



 しばらく待って案内の者が来ると、城の中をずんずんと奥に進んでいく。


「エナギラ伯がご到着です。」


 案内係が扉の前の近衛に声をかけると、速やかに扉が開かれる。広い部屋の一番奥の中央に手前を向いた席があり、それを囲むようにずらりと机が並び、まるで講堂のようだ。既に座っている者は十三人が座っている。飾りは少なく、実務のための部屋だとわかる。


 案内係りは戻っていき、扉の内にいた職員に案内され、裕はそのうちの一つの席に座る。


「エナギラ卿、遠方より速やかな到着、大義である。」


 声をかけてきたのは、裕の記憶にない女性だった。だが、裕はこのような場での挨拶に関しての知識はない。いつ声を掛けるべきなのかも、何を言うべきなのかも分からない。


「呼び出しに従い、参上いたしました。内容の詳細について把握できておりませんので、ご説明願えるでしょうか。」


 必死に頭を振り絞って言葉を捻り出すが、声をかけてきた女性も、周囲に座る者たちも反応が良くない。


「手土産くらいないのか? エナギラ卿。」

「申し訳ございませんが、そんなものはございません。人も物資も不足していて援助が欲しいくらいでございます。」


 手土産が必要だったのかと焦りながらも、言い訳をする。と言うか、言い返す。


 周囲の者たちの表情がどんどん厳しくなっていくが、裕にはどうしようもない。


「エナギラ領はかなり逼迫していると聞く。それに今回は魔龍退治の遠征の緊急呼集だ。手土産などなくても良かろう。」


 公爵のフォローを得るが、それでも半数ほどは蔑むような目で裕を睨んでいる。


「騎士も連れずに魔龍退治に向かうつもりか? 竜退治の英雄殿は余裕であるな。」

「戦力として期待されているのは配下ではなく、私自身ではないのですか? 人を相手にする戦争ならばともかく、少数の魔物相手ならば騎士は不要でしょう。」

「公爵様方の騎士は随分と信用ないようだな?」

「何を意味の分からぬことを。信用しているから、留守を任せているのではありませんか。」


 飛び出てくる嫌味に、本気で呆れたように裕は返す。事前に答えを用意していた、というよりも本気でそう考えているという勢いだ。


「其方ら少し落ち着け。妃殿下に失礼であろう。それに、そろそろ陛下がいらっしゃる時間だ。」


 ヨースヘリア公爵の言葉に、裕を睨む者たちは口を閉じて姿勢を正す。そして、どこからかベルの音が鳴り、開けられた扉から国王が入室してきた。


 座っていた貴族たちが一斉に立ち上がり、裕も慌てて椅子から降りる。跪く必要は無いようだが、全員が直立不動の姿勢で国王が中央の席、王妃の横に向かうのを待つ。


「皆の者、この度の緊急呼集、誠に大義である。」


 長々と口上を述べて国王が座ると、他の者たちも座っていく。まるで学校行事で校長先生の話を聞く生徒のようだ。


「既に聞いていると思うが、ロノオフより魔龍退治の援助要請が入った。古き協約に従い、我が国からも戦力を供出せねばならぬ。諸侯にも少なからずの負担となるが、協力願いたい。」

「王宮騎士団より第二隊隊長ウンブルギアを筆頭として、騎士団および魔導士団より二十八名の選出が済んでおります。」


 国王の言葉に続けて、王妃が現在の戦力について数え上げていく。


 公爵の騎士たちからも、それぞれ何人か出すことになっているし、一級や二級のハンターたちも数に入っているようだ。侯爵になると供出する騎士の人数は減り、糧食と馬だけの者もいる。


「伯爵からは、エナギラ伯およびその配下の魔導士が一名。以上でございます。子爵以下からの戦力拠出はございません。」


 最後に裕が付け加えられた。裕はそんなことは報告していないのだが、知られているのはゲフェリ公爵からの報告があったのだろう。


「出征に関して、何か質問等ございますか?」

「敵の数や、地理的な場所など分かっていることがあるならば教えていただきたく存じます。」


 早速質問したのはヨースヘリア公爵だ。こういうのは身分順に質問することになっているのか、挙手することもなく、当然のような顔で発言している。


「数は情報としてきておりませんが、歴史的には魔龍は単独行動を取るのが常とされています。何もなかったということは、従前通りと解釈して問題ないと考えています。場所はロノオフ北部のモモセ山岳地帯と聞いていますが、既に移動しているかも知れません。進軍途中の情報収集は必要でしょう。」


 こういう情報共有に関しては部下の者に任せることはしないようだ。王妃は淡々と説明していく。


「褒賞として約束されているものはございますか?」

「今のところございません。」

「昨年の竜の騒ぎとの関係性について、ロノオフから説明はあったのでしょうか?」


 ミデラン公爵の質問は簡単に終わり、ゲフェリ公爵が爆弾を投下した。


「関係性? 何か関係があるのか?」

「昨年の竜はロノオフからやってきたものだ。破壊の跡が国境の山脈の向こう側から続いていたことは確認済みだ。」


 ゼレシノル公爵がゲフェリ公爵の代わりに説明する。裕から相談を受けてすぐに調査隊を派遣し、国境を越えた向こう側まで確認している。


「エナギラ卿が懸念していたことだが、竜はこちらに誘導されていた可能性がある。」

「竜の誘導などできるものなのですか?」

「できます。そもそも竜を仕留めるのに、こちらに有利な場所まで誘き出しているのです。犠牲者を何人か出す覚悟でやれば、長距離の誘導も不可能ではないでしょう。」


 王妃は怪訝そうな顔で質問を返すが、ゲフェリ公爵は自信をもって答える。実際にやってできたことなのだから、それに関しては疑う余地がない。


「それで、其方の考える昨年の竜との関連性とは何だ?」

「ロノオフが我が国に敵対する意思を持っているのか、ということでございます。」


 ゲフェリ公爵の回答に、眉間に皺を寄せて問いを投げかけた国王の皺はさらに深まった。

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