第33話 呼び出し(3)

 一々商人と言い争うのも面倒だと先に行かせ、裕たちはその後をのんびりとついていく。


「少し距離を離してください。適当なところで追い越していきます。」


 運転席に出てきた裕の指示で少しずつ隊商との距離を開け、丘の向こうに見えなくなったところで一気に加速していく。ニトーヘンはともかく、チョーホーケーは加速性はあまり良くないのだ。

 そして、丘の先が大きく左に曲がっているのを見て裕が叫ぶ。


「一気に畑を飛び越えますよ! 目標は前方の丘の中腹です! 三、二、一、ジャンプ!」


 カウントダウンとともにゴーレムが地面を力強く蹴ると、宙を真っ直ぐに突き進んでいく。畑の上を突き進みながら、時折エレアーネが後ろを振り返りながら光の盾を出して軌道を調整していく。最初から目標地点に向けて正確に跳ぶ必要がないというのは実に楽なものだ。


 ショートカットして進む裕たちはあっさりと隊商を追い越して街道に着地し、そのまま全速で走り去る。

 一々後ろを振り返り「ノロマ」などと叫んでやったりはしない。



「こちらの道も随分と良くなっていますね。」


 魔法で綺麗に均されている箇所は途切れ途切れではあるが、街道は整備されつつある。道が良くなれば農民たちも作物を運んで売るのが楽になる。

 随分と公爵も頑張っているものである。メリットを提示すれば農民たちも勝手に動くものだが、きちんとメリットと魔法を伝えてやるのは上の仕事だ。


 そのお陰で、一日前に出た公爵たちも随分と楽に進んでいる。だが、それでも馬車のスピードはたかが知れている。裕たちは午後には馬車と騎馬の集団に追いついた。


「ゲフェリ公爵様の一団ですね。ご挨拶した方がよろしいのでしょうか?」

「休憩の際にでもご挨拶すればよろしいかと思います。後ろをついていきましょう。」


 さすがに裕も、朝の隊商のように追い越していくのは失礼だと考えるようだ。エレアーネにも失礼のないよう、おとなしく後ろをついていくようにと伝える。


 追いついてから一時間もしないうちに、公爵たちの一行は街道から逸れて森の開けたところへと進んでいった。号令がかかり、隊列を乱すことなく整然と休憩の体勢に入っていく。


「さすがは公爵様の騎士たちですね。よく訓練されている。さて、私たちは休憩は必要ないですが、ご挨拶に行きましょうか。」


 ずらりと並び馬に水を与えている横に停めて、裕とモロイエアはチョーホーケーを降りると近くの騎士に声をかける。


「こちらはゲフェリ公爵閣下の御一行で間違いございませんか? 時間がございましたらエナギラ伯爵がご挨拶したいとお伝えお願いできるでしょうか。」


 騎士たちは怪訝そうな顔を裕とチョーホーケーに向けるが、一人が馬車の方へと向かっていった。


 騎士はすぐに戻り、裕たちを案内する。馬の間を通っていくと、公爵も既に馬車を降りていた。


「お久しゅうございます、公爵閣下。昼の力漲りし中、閣下におかれましては益々……」

「このような場所でそうかしこまらなくとも良い。其方も元気そうで何よりだ。」


 裕たちが跪いて挨拶をするが、公爵は面倒くさそうに遮り、立つよう促す。


其方そなたも王都へ?」

「はい、魔龍退治などと全く面倒なお話でございますよ。」

「其方は竜退治の英雄ではないか。土地を治めるより魔物退治の方が得意なのではないか?」

「得手不得手の問題ではありません。こちらにも予定はびっしり詰まっているのですよ。不得手だからこそ時間がかかるというのに、長期にわたる遠征などしていれば、領の運営が成り立ちません。」


 公爵に愚痴を言ったところでどうにもならないのだが、不満しかないのだと自己主張しておかねば伝わりはしない。言わずとも分かってくれる、などと考えていたら知らないうちにどんなことになるのか知れたものではない。


「ところで其方、騎士たちはどうした? 其方が強いのは知っているが、まさか一人で戦うつもりではあるまい? 魔龍は竜とは比べものにならぬと聞くぞ。」

「騎士たちにはエナギラの守りをお願いしています。連れていくのは腹心の魔導士一人だけです。」


 裕の返答に、ゲフェリ公爵は表情を歪める。伯爵という立場にありながら、騎士を連れて行かないのは体面的に良くないらしい。


「ですが、騎士たちを連れていってしまうと、エナギラの守りがなくなってしまいます。他国への援助のために領を犠牲にするわけにはいきません。そもそもお借りした騎士たちはエナギラのためですから、勝手に遠征に、しかも国外に連れていくわけにもいかないでしょう。万が一それで殉職されでもしたら、申し訳が立たないどころの話ではありません。」


 裕は騎士を連れて行かない理由を並べる。一番大きな問題は、エレアーネとの戦闘の相性なのだが、それは黙っておく。


「其方はもう少し配下を集めることをせねばならぬな。」

「配下集めは来年以降の課題だと思っていたのですよ。現状では、住むところも用意できませんから、仕えたいなどと言われても困ります。」


 ため息とともに裕は首を横に振る。希望者を募る以前に、貴族たちを受け入れる城や街を作らねば話にならない。ゲフェリ公爵も、全てが破壊されたエナギラの様子を見ているし、似たような状況のモコリの町も復興は全然進んでいない。「そうだな」と苦い表情で答えるしかなかった。



 軽く雑談をしているうちに、騎士の一人が裕たちの方へとやってきた。


「エルンディナ様、そろそろ出発の時間でございます。」

「うむ、準備をしてくれ。私はエナギラ卿の馬車で行く。」

「ちょっと待ってください。それはダメです。」

「何故だ?」


 突如一緒に行くと言われても、そんな用意はない。

 チョーホーケーの室内は椅子は一つしか用意していないし、荷物の入った木箱も剥き出しのまま置かれている。


「半分荷馬車のような状態なのです。そのような所に乗っていただくわけにはいきません。」

「見せてみろ。」


 裕は必死に遠慮のお願いをするが、ゲフェリ公爵は聞く耳を持たない。仕方なしに裕はチョーホーケーを座らせて戸を開ける。


「本当に荷馬車のようだな。」


 中に積まれている木箱を見てそう呟くも、ゲフェリ公爵はそれでもチョーホーケーに乗り込む。


「こっちは何だ?」

「運転席ですよ。何かあった時に直ぐに出れないのは困りますからね。」

「そんなことを言うのは其方だけだ……」


 裕の説明に、何故か公爵は不機嫌になる。基本的に主人は馬車の中に籠っているべきであり、主人を守るのは騎士たちの仕事だ。主人自ら敵を撃退に出て行くための出入り口など聞いたことがないらしい。


 呆れながらも気を取り直し、ゲフェリ公爵は運転席に出ると「出発だ!」と号令をかける。

 ざっと音をたてて一斉に騎士たちが騎乗し、モロイエアも困った顔をしながらもチョーホーケーを起立させる。


「ん? この扉は誰が閉めるのだ?」

「……自分で閉めます。」


 チョーホーケーの正面と側面の両方の戸を閉めると、ゆっくりと進み始める。


「……出ていいぞ?」

「いえ、もう進んでますよ?」


 立っていると殆ど揺れを感じない。座ったり横になっている方が揺れを感じるものだ。小窓を開けてみると、景色は流れて行っている。


「ふむ。私もこれが一つ欲しいぞ。」

「遠征から帰ってきてからにしてくださいませ。ニトーヘンと違って、これを作るのは大変なんですよ。それに、壁や屋根はこちらで用意できません。私が土台部分を作った後、木工職人にでも発注してください。」

「随分先のことになるな……」


 揺れに関してはニトーヘンも似たようなもののはずだが、寒かった記憶が強いのだろうか。チョーホーケーの方をやたらと欲しがる。



 夕方に次の町に着くまでまで、裕とゲフェリ公爵の話し合いは続くことになった。

 裕もちょうど良い機会だと、中央や諸侯の動きについて色々話を聞いておくことにした。

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