第32話 呼び出し(2)
翌日昼前に王都邸より連絡があった。
城に行って集めてきた情報によると、ロノオフ国に魔龍が現れ、その退治として近隣国に対して武力援助の要請が出ているらしい。
「国内に現れた魔物など、その国の兵なりハンターなりの力を終結して倒せば良いじゃないですか。なんでロノオフのために私が行かなきゃならないのですか。損害賠償請求したいくらいなんですが。」
裕は魔法道具に向かって愚痴を並べる。旧コギシュ領に壊滅的損害を与えた竜は、北のロノオフ国からやってきている。
裕はゲフェリ公爵に対して、竜の対処法として隣国まで誘導して押し付けるという案を提案している。その対処法は公爵の反対により実行することは無かったが、ロノオフ国はそれをしたのではないかと本気で思っている。
「しかし、国王陛下の命とあれば、無視するわけにはまいりません。」
「分かっていますよ。だけど、損害賠償請求をしてはいけないとは命じられていませんからね。私が行くなら請求してきますよ!」
裕は鼻息荒く言う。そもそもとして竜の騒ぎがなかったら、こんなに苦労することはなかったはずなのだ。
「明日よりしばらくの間、魔龍退治のため不在にします。同行者はエレアーネにモロイエア。至急準備をしてください。騎士は全員こちらの守りに残しますのでよろしくお願いします。残りの文官も、協力して産業の復興に努めるようにしてください。」
昼食で集まったところで、裕は町民全員に遠征に向かうことを告げる。
「我々が守りということは、戦争ではないのですね。」
「ええ、魔龍の退治だそうです。ロノオフに出た魔物など、ロノオフでどうにかして欲しいんですけど、王の命令なので仕方がありません。」
「ヨシノ様は竜退治の英雄でございますから、援軍要請があれば真っ先に候補に挙がるのでしょう。」
裕の不満そうな態度に、騎士も苦笑いで説明をする。魔龍は数十年に一度くらいの頻度で現れるらしい。大陸の北側の国に現れて大きな被害をもたらす存在で、その度に周辺諸国にまで武力援助の要請が出るのだそうだ。
「ヨシノ様ならば功績も挙げられるでしょう。たっぷりと褒賞をいただいてくると良いかと思います。」
「そうするつもりです。そのためにモロイエアにも同行してもらうのです。突然で申し訳ありませんが、出発準備を急いでください。」
仮とはいえ主からの命令があれば、モロイエアもすぐに動く。仕事内容が竜騒動の賠償請求や魔龍退治の褒賞に関しての交渉となれば、文官の役割として外れたことでもない。
荷物を整理し、持って行くものを木箱に詰めていく。食糧も三人分と確定したので、干し野菜や干し肉、穀物類、鍋に食器類をどんどんと詰め込んでいく。
「私はニトーヘンで良いの?」
「はい、エレアーネは自分のニトーヘンでお願いします。モロイエアもニトーヘンで。私はチョーホーケーで行きます。」
「お待ちください。チョーホーケーを使うなら私が運転をいたします。」
「ダメです。ニトーヘンは二騎必要なのです。現地に着いて、私が使うニトーヘンが無いと困ります。」
遠征の主目的は魔龍の退治なのだから、ニトーヘンで駆け回るのは裕にとって前提条件なのだ。夜営と見栄のためにチョーホーケーを動かすが、チョーホーケーは戦闘には使えない。重すぎて重力遮断してもスピードを上げられないのだ。
そして、ニトーヘンを運ぶだけの人的余裕はない。一人一騎を動かすしかない。
「向こうで作るんじゃダメなの?」
裕の説明に対し、素朴な疑問を投げかけるのはエレアーネだ。そういうことを遠慮なく言えるのは彼女だけだ。
「モロイエア様って、動かせるニトーヘン無かったでしょ? 向こうで作ってもこっちで作っても同じじゃない?」
「そう言われればそうですね。では、行きはチョーホーケーの運転はモロイエアにお任せしましょうか。ただし、向こうで使う必要があればもう一つニトーヘンを作りますので、帰りはそれを運んでもらうことになります。」
「承知しました。」
決まったら動きは速い。木箱に荷物を詰めて、チョーホーケーに積んでいく。チョーホーケーの室内空間の六畳くらいの広さがある。七十センチ立方程度の木箱の五個や十個くらいを収容するのは何の問題もなくできる。
食糧や衣類に毛布などの生活用品を積み込むのは当然なのだが、竜の被害や復興状況などをまとめた書類も用意していく。王宮に行くのだから、何らかの説明は求められるだろう。
紙の束にペンなどの筆記用具も忘れてはならない。
「こうしてみると、結構必要な荷物はあるものですね。」
「遠征に行くのにこれしかない方が驚きです。」
騎士たちを何十人、何百人と率いて出て行くことを考えれば、荷物の量はとても少ない。行軍となれば馬車一台で済むはずがないのだ。
夕食まで準備や作業に勤しみ、食後はさっさと寝る。そして翌朝は朝日が顔を出す前に出発する。
エレアーネのニトーヘンを前に、チョーホーケーが続き、軽快に街道を駆け抜けて行く。道路の整備もかなり進み、一行のスピードはかなり速い。コギシュとの境にある山道までの百数十キロを走るのに五時間も掛からない。
だが、そのスピードも山道に入ると一気に落ちる
「もうちょっと速くならないの?」
「ニトーヘンと違ってチョーホーケーは小回りが利かないんですよ。」
エレアーネは遅い遅いとぶーたれるが、チョーホーケーは曲がりくねった山道は苦手なのだ。
「暇なら道路の整備でもしながら進んでください。」
「そうする。」
裕に言われてエレアーネは地均しの魔法陣を描き、詠唱を始めた。
半径三メートルほどが綺麗に均されるので、それを延々と連射しながら歩いて行けば道の整備ができる。
時速三十キロで走っていれば魔法が追いつかないが、十キロ足らずならば何の問題もない。どんどんと整備されて綺麗になっていく道を進んでいく。
そんなことをしながらでも問題なく進んでいけるほど、エレアーネの魔力は上がっている。毎晩、力尽きるまで魔石を作ったり魔石に魔力を籠めたりしているうちに、やたらとパワーアップしてきているのだ。
山道を抜けると、モコリ跡地を横に通り過ぎ、途中の町には立ち寄りもせずに一気に領都ゲフールを目指す。
「エナギラ伯爵とその護衛です。」
「伯爵様? ゲフェリ公爵閣下は、今朝、王都に向けて出立しましたけど、どんな御用ですか?」
モロイエアが門番に名乗ると、怪訝な表情で訊き返された。
「私たちも王都に向かう途中です。そろそろ宿を確保しておきたい時間なので立ち寄った次第です。」
裕としては会って話しを聞くことができれば良いなとは思ってはいたが、不在であることも想定内だ。町の宿に泊まることができればそれで良い。
高級宿に一泊して、翌朝は日の出の頃に宿を出る。そもそも、日の出前は門が開いていないので、早朝に出て行く意味はない。
「あれ、馬車いっぱいいるよ。」
「どこの隊商でしょう? ちょっと順番を譲ってもらいましょう。馬車の後ろをのんびりついて行くのは嫌ですよ。」
開きはじめた門の前には馬車が十台ほど並んでいた。裕が指示を出すと、エレアーネは一人、ニトーヘンに乗って隊商の方へと行く。
馬車が少し動いて道を譲り、はしなかった。エレアーネと商人は何やら口喧嘩を始めている。
「一体何をやっているんですかエレアーネは……」
やたらと喧嘩っ早いのは裕の影響だと思うのだが、そんなことは棚に上げて裕はぼやく。
「何を揉めているのです?」
「アンタが伯爵様かい?」
「伯爵閣下はこの中にいらっしゃいますが。何か御用でございますか?」
モロイエアがチョーホーケーを近づけると、不機嫌を隠そうともせずに商人の一人が睨みつけてくる。
「ウチの馬車が遅いだって? 最新鋭の高速型なんだがねえ。」
何やら変なところでプライドを刺激してしまったようだ。自分たちの方が速いから先に行っても問題ないはずだと強く主張しているのだ。
「もう良いですよ。ゴチャゴチャやってないでさっさと出発しちゃってください。」
既に門は空いている。裕は呆れたようにチョーホーケーの中から声をかける。それを受けて、モロイエアはエレアーネに下がるように言い、商人たちには先に行くよう促した。
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