第31話 呼び出し(1)
革新的なことは全くないが、それでも町の整備は着々と進み、畑の作物も豊かな実りを見せている。
変わらぬ日々が過ぎていき、夏至を迎える頃にそれは起きた。
「何があったのですか⁉」
緊急の赤の明かりを見て慌てて町へと帰ってくるなり、裕は大声で問いかける。
「ヨシノ様、王宮からの通信でございます。」
通信の魔法道具は領主の許可なく使うことはできない。着信があったら裕を呼び出す必要がある。
「それですか。私だけの呼び出しの合図は別にした方が良さそうですね……」
魔物の襲撃かと思い、焦って森や畑から帰ってきたのは裕だけではない。文官の説明を受けて子どもたちや騎士は再び作業に戻っていくが、一々全員集合していたのでは効率が悪すぎる。
だが、今はそんなことを考えるよりも、王宮からの通信の方が優先度が高い。魔法道具の手前の魔石に触れて起動させると、すぐに声が発せられた。
「エナギラ伯爵に緊急呼集。武装を整えた上で可及的速やかに王宮まで来てください。これは王命でございます。」
二度と同じことを繰り返して通信が切れる。
「武装して王宮に? 一体何があったのでしょう? 誰か反乱でも起こしたのでしょうか? そんなのは王宮の騎士団でなんとかして欲しいのですが。」
「理由は何であれ、王からの命令ですから無視するわけにもいかないでしょう。すぐに騎士たちに準備をさせましょう。」
文官はそう言うが、裕は首を横に振る。何を相手にするかも分からなくて、戦う準備などできない。用意する物も連れていく人も変わるのだ。
裕はもう一つの通信魔法道具を起動する。だが、相手側の魔法道具の目の前に責任者がいることはない。繋がるまでには少々時間がかかる。その間に裕はペンと紙を手に文章を書き起こす。
「こちらエナギラ領都。王宮から武装しての緊急招集があったのですが、戦う相手が不明です。人か魔物なのか、どこで戦うのかも不明では準備にも支障があるので、大至急確認して連絡をお願いします。」
繋がったのを確認してから二度と繰り返し読み上げ、通信を切る。
一日に一度しか使えないこの魔法道具は、返事は基本的にない。「了解しました」で貴重な一回を使ってしまうわけにはいかないのだ。
本当に伝わっているのか不安になりながらも裕は通信魔法道具の前を離れる。
「対人戦なら騎士を半分連れて行きますが、相手が魔物ならば騎士はここの守りに徹していただきます。」
「魔物だったら、誰を連れていくのです?」
「一人で行くか、エレアーネを連れて行くか迷っているところです。」
エレアーネはこの町の最大戦力だ。空中を駆け回り、大出力の魔法を連射するエレアーネは、人外じみた強さを持つ。少々強い程度の魔物ならば、エレアーネ一人でどうとでもできる。だが、敵が数を頼りに攻めてきた場合はどうしても不利になるし、何より裕はエレアーネに殺戮行為をさせるつもりはない。
だから、騎士を守りに残すのは絶対に覆さない。
王都邸からの回答があるまでは、裕は準備と称してチョーホーケーの内装、外装を整える。前後にある戸に彫り込んだ紋章に墨を塗って遠目にも目立つようにし、運転席や室内を綺麗に掃除してクッションも中身を入れ替える。
食料も積んでいく予定だが、同行する人の数も決まっていないので荷物の積み込みは後回しだ。毛布はとりあえず裕一人分だけを積んでおく。
チョーホーケーの機動力がいくら優れているとはいえ、国内どこでも一日で行けるということはない。どこかで野営をすることは考えられる事態だ。
「いずれにしても持っていくものがありましたね。」
裕は魔石を革袋に詰め、伯爵の杯を布で丁寧に包み木箱に収める。爵位とともに賜る杖や杯は魔法道具であり、特に杯は魔石から魔力を一気に引き出す機能を持っている。それを使えば裕でも魔法陣の魔法を使うことができる。効率はかなり悪いが、奥の手として持っておくと安心感が違うのだ。
そして、裕の基本武装も木箱に詰めておく。革装備、山刀にナイフという簡素なものだし、到底貴族とは思えないものだが、持っていかないという選択肢はない。
準備は馬車に積み込むだけではない。裕が不在になる期間は不明だが、だからこそ、その間の体制も決めておく必要がある。一ヶ月以上先までの予定について認識を合わせ、各人がすべきことを明確にする。文官に代理として判断する権限を委譲し、後は任せることになる。
夕食までに一通りを終えるが、まだ王都邸からは連絡がこない。
「今日中には連絡が来てくれれば良いのですが……」
「連絡したのは昼過ぎなのですから、今日中というのは少々無理があるのではございませんか? 今日、城に話を入れて、明日の朝一番で登城というのが現実的かと思われます。」
どうにも貴族にはスピード感というものが足りない。緊急だというのに、事前に面会の時間を取り付けて、改めて出向くというのは普通らしい。
「可及的速やかに、とはどの程度急げば良いのでしょう?」
「あまり焦らなくても、チョーホーケーで普通に向かえば急いだことになります。あれならば馬車の倍ほどの速さで走りますからね。」
普通に馬車で行けば、王都まで四、五日はかかるが、チョーホーケーならば二日で着く。明日の昼に連絡を受けて、それから諸々用意をして、明後日の朝に出発したのでも、十分に早く着くことができると言う。
夕食後に、裕は町民全員を集めて、しばらく不在にすることを告げる。
「国王陛下に呼ばれたので、私は行かなければなりません。なるべく早く戻ってくるように頑張りますが、いつになるかは今のところ分かっていません。」
「お供には誰が行きましょうか?」
「騎士五名かエレアーネ一人のどちらかです。各領から、対人戦が得意な方をお出しいただけるでしょうか。相手が強力な魔物である場合は、エレアーネの方が向いていますので、騎士の方々にはここの守りをお願いします。」
裕の説明に、並び居る者たちの顔色が悪くなる。
「対人戦、でございますか? 誰と戦うことを想定していらっしゃるのでしょうか?」
「北のロノオフ国ですね。竜が襲撃してきたのが|彼<か>の国の意図的な誘導によるものだった場合、遠からず戦争になるとは思っています。」
本当にそんなことができるのかは分からないが、裕はそれを可能性の一つとして考えている。それ故に公爵たちに情報収集や監視を頼んでいるのだ。
「戦争、ですか……」
「そうと決まったわけではありません。可能性があるというだけの話です。魔物が大挙して山から下りてきたというだけの話かもしれません。」
ボッシュハでも、森の奥の勢力図が大きく変わって、魔物が溢れてきたことがある。規模によっては、他領や王宮の騎士団や魔導士団に出動要請がかかる可能性もある。
「対人と対魔物で準備が変わるものでしょうか? 賊の討伐も魔物の駆除も経験がありますが、装備等に変わりはなかったように記憶していますが……」
「人相手なら大急ぎで毒を集めますよ。上空から毒の粉をばら撒くだけで大打撃を与えられます。」
裕はアッサリと非道な作戦を口にする。即死するものではなくても、目鼻口の粘膜に打撃を与えれば、戦闘どころではなくなるだろう。相手の数が少なければ使いどころが難しいが、小規模の相手に一々他領から応援を呼ぶようなことはないだろう。
「魔物では毒は使えないのですか?」
「毒というのは種類によっては全く効かなかったりしますからね。魔物が相手だと分かっているならば、魔法でゴリ押しするだけです。」
文官の質問に、勝利条件次第でも取るべき作戦が変わるのだと裕は説明する。
魔物ならば一匹も逃さず殲滅する作戦を取るべきだし、戦争なら敵兵を追い返せば十分だ。賊でも力の差を見せつければ投降する可能性はある。
大将を討ち取ればそれで勝敗が決するならば全力で首を狙いに行くし、最後の一匹まで死に物狂いで食い下がってくるならば端から順に潰していく。
「相手によって戦い方は変わりますし、求められる能力も当然異なります。」
裕の言葉に騎士たちは大きく頷き、文官も合点がいった様子でぽんと手を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます