第30話 産業強化(4)

「人を集めるならば、移住を命じるしかないのではないでしょうか?」


 裕は、農民や商人、職人が余っている町から来てくれれば良いと考えているのだが、引越しのコストを考えるとそれは難しいという。


「家族で引っ越すとなれば、当然に馬車を何台が用意することをまず考えます。命令もなしに家財のほぼ全てを処分して移動する人はいないでしょう。」

「未婚の三番目、四番目の子くらいならば、もっと気軽に引っ越せるでしょう? どうせ親の家は出るんですから。」


 後継以外は余っていくはずなのだから、そういう人たちが来てくれれば良い。


「それほど余っていないのではないかと思いますよ。ゲフェリ領都も最近は人口が増えているという話は聞きませんでしたし。」


 職員たちの話に裕は大きく息を吐く。


「人が余っても人口は増えないんですよ。」


 端的にいうと、余ったらその分だけ死ぬのだ。家族が増えても、収入はそれには比例しない。畑や工房の大きさは変わらないのだから、技術の革新もなしに生産力の向上は見込めない。


 その結果、一人当たりの収入が減り、病気や怪我の治療費が捻出できなくなる。そうなれば当然に死亡率が上がる。


 都市全体では安定していても、家という単位で見ればそういうことが繰り返されているはずだと裕は説明する。


「裕福だった家が没落することはあるでしょう?」

「そう言われればそうですね。そして、別の家がのし上がってくるから、町全体で見れば商人や職人、農民の数は変わっていないし、生産力も変化しない。ということですか。」


 ミニアルッツたちも合点がいったように頷く。


「既に困窮している人では、移動したくても、そのための資金もないでしょう。ある程度の援助をする必要があるかと思います。」


 ある程度の方向性や前提を示せば、色々と案は出てくるようだ。文官たちも呼んで、できること、取るべき施策について話し合いを進めていく。


 夕食後、馬車から荷物を降ろして各人の家に運ぶ。話し合いの結果、組合職員たちは移住を確定させたのだ。


 陽光召喚を打ち上げておけば、荷運びくらいはどうとでもなる。その光量にミニアルッツたちは驚いていたが、町の住人全員ができることだと言われて、目玉が飛び出さんばかりに驚愕するのだった。



 翌朝、空になった馬車はゲフェリへと帰っていく。

 ミニアルッツや御者は移住する予定は無いのだ。どうしようか迷っていた護衛のハンターも、結局一緒に帰る。


 そして、裕や職員たちは怒涛のような仕事が待ち構えている。


 まず、各組合用の建物を作らなければならない。町の区画に照らしわせで建設場所を定めて、建物の図面を引く。

 土魔法で基礎工事を行い、建築作業を進められるところはどんどん進めていく。


 裕は紋章作りだ。通信の魔法道具で王宮に問い合わせたところ、他の貴族の紋章に類似しないように自分で意匠を決めろということだった。


「ベースは六角形を、横置き……。魔石に植物でシンプルに……」


 あまり深く考えずに、木の棒で砂地に絵を描きながら決めていく。


「よし、できた!」


 紙に写し、他の貴族の紋章に似ていたりしないか文官に確認して紋章は決定した。文官全員が問題ないとしたことで、次の段階に進む。


 紋章を掲げるべきものはいっぱいある。馬車やチョーホーケーはもちろん、ニトーヘンにも付けておきたいし、町の入口に掲げることも必要だ。

 金属板の加工は鍛冶職人に任せ、裕は木の板に彫り込んでいく。木工職人は、建築の方を頑張ってもらわねばならないのだ。


 本来ならば旗も作る必要があるのだが、それは後回しだ。機織りも布の染色もできる人がいない以上、どうにもならない。ゲフェリ領都の織物屋にでも注文するしかないのだ。

 組合員証に紋章を刻むも王都の魔法道具屋に注文する必要があるし、近いうちに王都に行くのは必須事項のようだ。


「ここの住人用に組合員証を作る必要がありますし、早めに調達した方が良いのでは?」

「今のところ、他の町に行く予定はないですけど……。現状では徴税も何もあったものではないですし。」


 森で採ってきた木の実や薬草、農作物の収穫も全てが一度裕に納められている。その上で公平に分配する形になっているので、納税とかいう考え方ではないのだ。

 裕や騎士、文官たちも含めて共同体として一丸となって生産に取り組んでいる形であり、貨幣も使われていない。


 子どもたちも農民たちもそれについて不満はなく、現状では上手くいっている。


 だが、組合職員たちは首を横に振る。


「注文してすぐに出来上がるわけではございません。領内には他の町もございますでしょう? 徴税の時期までに揃っていないと面倒なことになります。」


 手間を惜しんで手続きが煩雑になってしまうのでは、本末転倒というものだ。


「なるほど。それで、幾らくらいになるのです? 旗を二つと、刻印用魔法道具は全部で六個ですかね。」

「旗は一りゅうで金貨二枚から三枚ほどでしょうか。魔法道具は一つ金貨四枚から五枚ほどになるかと思います。」

「金貨三十六枚ほどですね。では、ノルギオスにひとっ走り行ってきてもらいましょうか。」


 貴族である裕の直属の部下は彼一人だ。他の騎士や文官は公爵からの借りているだけであり、あまり単独で行動させるべきものではない。王都邸の様子を見てきてもらうという意味もあり、翌日朝から出発するよう言い渡す。


 既にノルギオス用のニトーヘンも作ってあるし、雨が降らなければ王都まで往復するのに四日か五日であれば足りるはずである。



 そして、その間に、一気に組合用の建物を作っていく。重力を遮断して浮かせた石材をどんどん運び、きれいに積み上げていく。子どもたちも騎士たちも慣れたもので、作業は速やかにすすんでいく。


 その間、職員たちは木工職人に教わりながら丸太の加工を進めていくよう言い渡された。最終的な角材や板にするのは木工職人でなければ綺麗に出来ないが、適切な長さに切ったり枝を落としたり皮を剥いだりという作業は誰にでもできるのだ。


……裕や小さな子どもには不向きではあるが、やってできないことはない。腕力がないため、とても時間がかかるだけだ。


 職員の家族も全員を動員すれば全部で十人にもなる。女や子どもだからといって作業を免れたりはしない。そもそも四歳や五歳の女児も一生懸命に頑張って働いているのだ。


「私たちもこれをやるのですか?」

「畑仕事の方がお好みですか? それとも、洗濯や食事の用意の方が良いですか? 全部で百人ほどいますから、もう一人か二人は炊事洗濯に回しても良いとは思っていますけど。」


 不満そうなご婦人に、裕は別の選択肢も提示する。

 洗濯はともかく、料理には不満が上がってきている。どうしてもメニューが簡単に作れるものばかりに偏ってしまい、同じようなものが毎日出てくるのだ。

 あちらもこちらも手が足りていないのだ。つまり、仕事なら山ほどある。


「畑のことなら少しはわかります。子どものころは毎日畑仕事でしたから。」

「それは頼もしいですね。では、門を出て南の方に行ったところで子どもが作業をしているはずですから、そちらを手伝っていただけますか。農具はそこの小屋にございます。」


 もともと農家の出身だという農業組合支部長夫人は、二人の子どもと一緒に畑へと向かうことになった。エンドウのような豆や、アスパラガスのようなものが収穫期を迎えているのだ。放っておけば馬の餌になるエンドウはともかく、アスパラガスはどんどんっていかなければならない。

 食べきれなければ、ひたすら干していく。いつでも食料が潤沢に手に入るわけではないのだ。貯蔵しておくことはとても大切である。


 商業組合支部長夫人が料理・洗濯へと向かい、工業組合支部長夫人とその子どもは不承不承ながらも木材加工をすることになった。


 職員たちは、もともと、それなりの職位にあるのだが、それでも子どものころに家の手伝いとして薪割りをさせられたことはあるようで、なたのこぎりの持ち方は知っているようだ。

 やり方を教われば、不慣れな手つきながらも作業は進めていけるようだ。


 人が増えれば増えた分だけ、作業のペースが上がる。


 夕方までに丸太は何本も加工され、アスパラガスやエンドウは山のように収穫された。

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