第27話 産業強化(1)

 各地を巡る旅に出て二週間。

 ようやく裕たちは領都へと帰ってきた。


 町に近づくと、まず遠目に見える田園風景が変わってきている。作物が育ってきているのはもちろんだが、畑らしくなってきた畑が増えている。


 単純に、農民の数が増えているということに加え、子どもたちが畑仕事を覚えてきたことも影響しているだろう。

 ある程度の年齢になってから農村から流れてきた子は畑仕事の一部は知っているが、一緒に連れられてきた弟妹や、浮浪児の子として生まれた者は畑作業など知識も経験もない。


 畑を抜けると旧市街には小さなピラミッドが並び、その脇に小さな集落が見えてくる。


「ただいま帰りました。」


 領主の帰りにも拘わらず、迎えの者は出てこない。門の前で作業をしている騎士が元気よく「お帰りなさいませ!」と挨拶をするがそれだけだ。


 だが、そんなことは気にせずに二等辺三角形ニトーヘン長方形チョーホーケーは門の内へと進んでいく。


 そして、開けられるのを待つことなく裕は自ら戸を開けて、チョーホーケーから荷を下ろしていく。


「ヨシノ様、そんなことは下の者に」

「人が足りないと言っているでしょう? 荷物を下ろすのは私がやった方が早いのです。」


 重量物の運搬は、重力遮断魔法を使える裕が率先するのが一番早い。浮いた木箱を引いたり押すだけなので、非力な裕でも十分に可能だ。


 チョーホーケーから下ろした木箱を家の中に運び込み、荷物用スペースに積み上げると隣の家へと向かう。


「帰ったよ! 元気してた?」

「ヨシノ様、お帰りなさいませ!」

「今日から私たちの夕食よろしくね。あと一人騎士様が増えたのでよろしく。」

「分かった!」


 炊事当番に言っておかなければ、夕食が足りなくなる。一人分ならともかく、五人前となればちゃんと言ったおかねばならない。


 裕はあっちやこっちやと声を掛けて周り、進捗状況を確認していく。


 長屋となる建物の壁は二棟までが出来上がり、今は木工作業者を増やして屋根の作成を頑張っている。外壁はゴーレムで石を積み上げていけば良いだけなので、それほどの労力がかからないが、屋根を作るのは結構大変だ。


 木材加工がきちんとできないと歪んでしまい、うまく壁の上に乗らなくなるし、ぴったりと板を張り合わせないと雨漏りが発生する。

 十メートルもある木材を真っ直ぐに加工するのは技術が必要だ。子どたちや騎士が大雑把に切り出した材料を最終的に加工できるのは、何年も技術を磨いてきた木工職人だけだ。


「木材は足りていますか?」

「今のところは足りてるけど、この調子でやっていれば直ぐに足りなくなる。」


 作業場の横には丸太が山積みになっているが、角材や板を切り出すと、結構体積が減るらしい。なお、減った分は薪になったり紙になったりする。


 明日、運んでくると約束をする。


「そう言えば、三日ほど前に鍛冶職人が来ましたよ。工房も無いんじゃ仕方がないって、お城跡地の方に行ってますわ。」

「おお! そうですか! 急いで工房を用意しなければなりませんね。」


 裕は喜んで旧領主城跡へと向かう。城跡の瓦礫の除去、資産の回収はまだ終わっていない。砕けてしまったテーブルや椅子は多いが、それでも無事なものも見つかっている。それらを丁寧に掘り出す作業をしていると、どうしても時間がかかるのだ。


 城跡から回収したもの、ゴミとして廃棄するものは、文官が一覧に書き留めている。大型家具の大半は廃棄となるが、いくつかの椅子と棚が回収されている。


「みなさん、調子はどうですか?」

「ヨシノ様、お帰りなさいませ。頑張ってはいるのですが、この有様ですから中々思うように進みません。」


 裕に声を掛けられた騎士は振り向きそう答えるが、随分と片付いてきている。あと二ヶ月もあれば全部片付くのではないだろうか。


「鍛冶職人が来たと聞いたのですが、どちらですか? 工房についてお話をしたいのです。」

「あちらでございます。」


 騎士は腕を伸ばして指し示し、案内に立つ。瓦礫の向こう側で何人か作業しているのは見えるが、裕のいる場所からでは、どれが鍛冶職人なのかまでは分からない。


「リヒディート、エナギラ伯爵がお帰りになられた。ご挨拶を。」


 騎士が作業をしている男に呼びかけると、瓦礫と格闘していた男は慌てた様子で振り返る。


「領主のヨシノ・エナギラでございます。我が領へようこそ。」

「わ、わわわわたくしはリヒディート、鍛冶職人の見習いをこの春終えたでございます。

「固くならなくても結構ですよ。私も爵位を賜ってまだ一年も経っていませんから。去年の今頃は商人をしていたのですよ。それで、早速なのですが鍛冶工房を急ぎ作りたいと思うのですが、間取りなど希望はございますか?」


 鍛冶職人リヒディートはやたらと恐縮して遠慮するが、鍛冶工房もなくて鍛冶職人が一体何をするというのか。

 全ての希望に沿うことはできないが、きちんと機能する鍛冶工房がなければ、鍛冶職人に来てもらった意味がない。


 用意できる耐火、耐熱煉瓦には限りがあるため、炉の大きさはかなり制限される。裕の知識には耐火煉瓦の作り方なんてものはない。せいぜい、耐火煉瓦用の粘土を固めて乾かして焼く、という程度だ。

 その粘土がどこで採れるのか、どう加工していけば良いのかなど全く知らない。


 燃料や材料の保管庫、金床やその他作業台を置く場所、ということを考慮に入れて部屋の大きさを決めていく。なお、一つの建物内に居住区を設けることは最初から諦めている。裕の即席工法では、あまり大きな建物は建てられないのだ。


 簡単に図面を引き、翌日は朝から木材の調達に向かう。

 木工職人たちが頑張っている長屋用にも必要だし、鍛冶工房の屋根は木がなければ作れない。裕には完全石造りの技術などない。アーチだのヴォールトだのという言葉は聞いたことがあっても、それの具体的工法などさっぱり分からない。

 今までに作った家も、石壁の上に梁を渡し、木の板を張って屋根にしているのだ。ちなみに、初期に作った家の屋根は、板の隙間に土を詰めるという荒っぽく原始的なやり方をしているので、そのうち雨漏りすることが予想されて、いや確定している。


 二等辺三角形を八機使って南へと向かい、倒木を回収する。領都の近くは回収が進んでいるが、南も北も何十キロにもわたって木が薙ぎ倒されているのだ。これの回収は終わらないと見込まれている。

 すでに腐りはじめている木も多く、薪にするくらいならともかく、建材として活用するにはできるだけ早く回収しなければならないだろう。


 一本一本きこりたちと傷み具合を確認しながら、木を二等辺三角形に積んでいく。


「こっちの木はダメですね。分かりやすいよう、枝を払ってしまってください。」


 爪か牙に抉られたような大きな傷をもつ木は捨てていく。枝を払っておけば、土に還るのも少しは早くなるだろうという考えだ。


 鉈や斧で手早く済ませ、次々と木の確認を進めていく。宙に浮かせたり、ニトーヘンに積んだりで、一度に持って帰れる木の数は二十本程度だ。

 持ち運びやすいようにと、ある程度は枝を払うものの、それでも一本で一トン以上はある。大きいものだと二トンを超えているのではないだろうか。かなりの大木もある。


 午前に二往復、午後にさらに二往復して、八十三本の丸太を得てその日は終わった。


「あれだけあれば、しばらくは大丈夫でしょうか?」

「作業としては大丈夫ですが、予定している建物や家具の両からすると足りていません。あと今日と同じくらいあれば足りると思います。」


 ということで、さらに翌日も木を運ぶ。その間に、石積み用ゴーレムが頑張って鍛冶工房の基礎部分を完成させている。それから五日間をかけて、急造の鍛冶工房が完成した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る