第28話 産業強化(2)

 少しずつエナギラ領都の人口は増加してきている。

 そのほとんどが農民だ。子どもが増えて畑が手狭になってきている者が、耕す畑を求めてやってきているのだ。


 荒れ放題だった領都周辺の畑も、少しずつきれいになっていく。

 畑に関しては、少しずつ、だ。

 雑草だけを刈り取ったり、害虫だけを殺す魔法なんてないし、一気に収穫するような魔法もない。ゴーレムでは細やかで丁寧な作業は難しいようで、作物をダメにしてしまう危険性が高い。

 裕の知識は農業には及ばない。化学肥料がない以上、有機栽培をするしかないのだが、裕の有機肥料の知識は皆無に等しい。土と肥料を買ってきて植木鉢で花を育てたことはあるが、そんなものなんの役にも立ちはしない。


 チート農法は思いつかないようで、人が手間暇をかけて面倒をみるしかない。


 裕がダメ元でと植えた作物は成長し、早々と収穫の時期を迎えるものもある。

 雑草まみれの畑の中、韮のような葉野菜は青々とした存在感を増し、刈っても刈ってもにょきにょきと伸びてくる。


 畑の隅ではイチゴがしぶとく生き残っていたようで、一斉に薄青の花を咲かせている。


 手間暇を掛けなければ育ちもしないものがある一方で、放っておいてもある程度は実りを見せる強い生命力を持つものもある。

 それで、町の住人全員が生活できる収穫が得られる見込みがあるというのは大事なことだ。


 他の産業に目を向ける余裕はあるのだが、何かを始めようとすると、あれもこれも足りない。



 裕が一人で考えていても、同じところをグルグルと回っているだけで、方針が見えてもこない。

 そんなことをして悩んでも時間の無駄ということで、文官たちと領の主要産業方針についての会議を開いてみた。


「家畜を買ってきて育ててみてはいかがでしょう?」


 元々畜産が盛んならば、他の町や村でもヤギくらいは育てているだろう。一箇所から何頭も買ってきては困る者もいるだろうが、あちらこちら複数の町や村から一、二頭ずつ買って増やせば良いと文官は言う。


「動物の面倒を見るのには、経験者の知識が不可欠です。素人ばかりでは全部死なせてしまうかもしれません。」


 放牧するにしても、番犬くらいないとまずいだろう。逃げだしたり、魔物に襲われたりすることが簡単に予想される。


「生き物相手は大変なんですよ。先人の知恵というのは、とても大切です。思いつきで何とかなる加工製造業とは違うのです。」


 材料と道具さえあれば、物置小屋くらいなら裕にも作れるが、家畜の世話はそうはいかない。何より、どの程度の手間がかかるのかが裕には全く分からないのだ。


「しかし、作れるものと言いますと、材料をどうするかが問題でございます。毛織物が盛んだったと言いましても、現在では材料の毛が手に入りませんし、職人もいません。」


 というより、材料がとことん無い。


 畜産品もそうだが、水産物もほとんどない。この国自体が内陸にあるため、海産物は目にすることもほとんどないくらいだ。そして、エナギラには川はあるが大きな湖はない。


 鉄などの金属類は流通量自体がやたらと少ないため、機械製品チートもできない。

 なにかを始めようにも、その元になるものが何も無いのだ。


「わかりました。結局、農業しかできることがないのですね。」


 がっくりと肩を落としながら裕は結論を述べる。


「麦や野菜、根菜を栽培しつつ、果樹園を作ることを考えていきましょうか。」

「果樹園とは? どう作るのです?」

「果物の生る木を植えて育てるだけですよ。」


 果物は森での採取がほとんどで、裕は栽培しているところを見たことがない。だからこそハンターという職業が成り立つのだろうが、消費者としては手軽に入手できた方が良い。

 ただし、これは数年から十数年単位で考える必要がある。果物は種を植えてから、実が生るまで数年を要するのだ。


 裕にとっては果樹園は農業の一種として認識しているのだが、思わぬところから反論があった。


「森の恵みは神が与えてくださった神聖なものです。それを人間が育てるのは神への冒涜ではないでしょうか。」


 そういえば、そんな宗教だったな。

 森は神が作り給いし恵み。それを侵すやつは許さないと。極端な宗派だと、植樹・植林も神の意思に反するとかなんとか。


「果樹園から得られるのは畑の恵みですよ? 麦や野菜と同じです。別に森を作るわけでもありません。」


 裕は、場所が重要なのだと説く。

 穀物でも野菜でも果物でも、畑で穫れればそれは畑の恵み。森で採れれば森の恵み。果樹園はあくまでも畑の一種であって、神聖なる森とは全くの別物である。


 一見屁理屈のようにも感じるが、動物はその理屈が成り立っているのだ。

 野生のヤギは森の恵みとしてハンターが狩ってくるが、家畜として育てられているヤギは森の恵みに分類されない。


 それと同じことだと説明すると、文官や騎士たちも狐につままれたような顔をしながらも、それ以上の反論はない。



「魔石というのは、どれほど需要があるのでしょう?」

「魔法道具を動かすのに必要ですから、需要はそれなりにあるはずです。平民がどうしているのかは存じませんが、貴族の館では魔法道具は普通に使うものですから。」


 明かり用のランプがない邸はないし、湯浴み用の水を用意するのに魔法道具を使用していることも多いらしい。暑い日には魔法道具を使用して涼風を生み出したりもする。

 何より、邸や城の防御・警備のための魔法道具は多くの魔石を必要とするとのことだ。


「私の知らない魔法道具は随分とあるのですね……」


 裕は感心したように言う。裕の知っている魔法道具はランプと、船に積んでいる風を起こすためのものだけだ。


「それとは別に、高級な魔石は、魔玉として宝飾品の一つに数えられています。」

「宝飾品の生産は王族の独占事業でございますから、こちらの特産にはできないでしょう。」


 文官たちの説明に、裕は表情を明るくしたり落ち込んだりと忙しい。


 彼らの話によると、エレアーネの作る魔石の中でも、最高品質のものは魔玉として通用する可能性があるらしい。

 裕はそれを普通に魔石として使ってしまうので特に何も言ってこなかったが、宝飾品として利用したり売る場合には注意が必要ということだ。



「土焼き物にも手を出していきましょうか。」


 土焼き物、つまり、陶磁器の類だ。といっても食器類を作るつもりは全くない。職人が育てばそれもありなのだが、当分の間は壺や鉢の類を作る。


 食物の加工や保管用の壺は必要だし、農業の実験のために植木鉢も欲しい。何より魔石作り用の高品質の鉢を増やしたいのだ。


 土の候補はいくつかある。

 第一に、川の底から浚ってくる。火事場泥棒に罰としてやらせてみたのだが、焼き物に使えるということはすでに試して分かっている。


 第二は草地を掘り返して、その下の粘土層を採ってくる。何か所か掘ってみれば、粘土層くらいは見つかるはずだ。


 第三は岩を土魔法で粘土に変えることだ。粘土とはつまり、粒子を小さく細かく、ミクロン単位にまでしたの砂のことだ。

 岩を砂にする魔法があるのだ。それを何十回何百回と繰り返しかければ粘土になるだろうという考えである。


「そんなことができるのですか?」

「掘って探すというのは理屈では分かるのですが、魔法で作るというのは聞いたことがないですね。」


 裕の説明に、文官たちは疑いの目を向ける。砂を細かくすれば粘土になるということ自体が信じられないらしい。


「やってみなければ分かりませんけれど、岩を砂にできるんだから、粘土にする魔法もあっていいと思うんですよ。」


 一番手軽なのは三番目の方法だが、失敗に終わっても一番目の方法で陶器の作成ができることは分かっているのだ。夏場にしか土の採取は行えないが、焼き物を作っていくこと自体はできるだろう。



 当面は農業を中心にして、その周辺関連産業を伸ばしていこうというのが大まかな方針として決定した。

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