第25話 巡行(4)

 ゼレシノル公爵との会談が一段落すると、そのまま裕は昼食に招ばれた。

 公爵の家族との食事会ではあるが、いつぞやの公爵のように家族用の食堂で一緒に席に着く形ではない。


 小さいとはいえ、客人との会食を想定した部屋で、公爵夫妻と三人で小テーブルを囲む。その隣には跡取りだろうか若い夫婦のテーブルと、逆側には老夫婦のテーブルが並ぶ。


「本日の客人、エナギラ伯爵を紹介しよう。」


 全員が席に着くと、公爵が挨拶を始める。基本的には裕以外は公爵の家族しかいないので、そんなに長いものではない。


「竜退治の英雄殿、一言挨拶くだされ。」

「できれば、その呼び方はご遠慮願いたいです……」


 変な話の振られ方をするが、裕は英雄とかは無視して「若輩者なのでご指導、ご鞭撻のほど」といったことを簡単に挨拶する。


「若いとは聞いていたが、これほどとは思わなかったぞ。」


 驚きというより、戸惑いに近い表情をしているのは嗣子ミジナヒェンだけではない。同じテーブルの公爵夫人はどんな話題が適切なのかとかなり困った顔をしている。


「見た目はこれでも、成人の年齢なんですよ。何者かの呪いでこのような姿にされてしまいまして……」


 このクソガキは、私の力を呪いと吐かしおった。神の奇跡の力を何だと思ってやがるのか。

 どんな神罰を与えてやろうか。

 と、思わず頭に血が上ってしまったが、この世界では私は手が出せない。神罰を与えるにも現地神の許可が必要だ。勝手に神罰を下したりすれば、私の方にまで天罰がやってくる。


 くそう、今回は見逃してやるが、覚えてろよ!



 閑話休題。


 公爵家の料理は多彩だ。とはいっても、冷蔵庫も温室もない世の中では、基本的には季節の物しか出てこない。

 裕の料理との最大の差は調味料と畜産製品だ。乾酪チーズ牛酪バター凝結乳ヨーグルトの風味豊かに、さらに香草や香辛料を贅沢に使った料理は裕には作れない。

 そもそもとして、材料が手に入らないのだ。玉子や畜乳の類は他の地域から隊商に運んできてもらうしかないのだが、今のところ商人たちは領都まできていない。


「豊かな土地はいいですねえ。こんな美味しいものは久しぶりに口にしました。」

「豊か、ですか?」


 裕は褒めたつもりなのだが、公爵夫人は僅かに眉を顰める。


「エナギラは何もありませんから……。立て直すまでに何年かかることやら、先が思いやられるものです。」

「何もないということはないだろう。コギシュといえば毛織物だ。畜産はやっているはずだぞ。」

「……すべて竜に潰されました。」


 畜産地域の三つの町すべてが竜の被害に遭っており、産業が壊滅状態なのだ。その日生活していく分の農業生産はあるが、それしかないともいう。


「不勉強で済まないが、その潰滅的被害という言葉は何度か聞いたあるのだが、その実態が把握できていない。もう少し具体的なところを教えていただけないだろうか。」


 横から口をはさんで来たのはミジナヒェンだ。

 裕は大きく息を吐き、一つずつ説明していく。


 旧コギシュ領都ゲフールから北の三つ、南二つ、合計で六つの町が完全に滅びたこと。五つの町が残っているが、人口としては三分の一ほどにまで減っており、家畜の類は八分の一にまでその数を減らしている。


「死亡者数は一九二〇八ロナシュイ人を超えています。襲われた町はほぼ全滅している様相です。貴族も平民もみな死亡したものと思われます。」


 街があったところは見渡す限りの瓦礫の山と化し、森や畑は今でも無残な姿のままだ。


「そこまで酷い状態だったとは……」


 ミジナヒェンは沈鬱な表情を隠すように手で顔を覆う。コギシュとゼレシノルは隣同士の領だし交友関係がある者もいたのだろう。


「それで、其方は我々に何を望むのです? そのために来たのでしょう?」

「先程、ボスボルン様にはお話しをしたのですが。」


 裕は午前中の話を簡単に説明する。産業を育てるための人とモノの流通、そして軍事的外交的な話だ。


隣国ロノオフに対しての外交的な対応はゼレシノル閣下にお任せしてしまいたいと思っております。」

「国境の警備に関しても、陛下や他の公爵とも話をしておかねばなるまい。そちらは私が引き受けよう。」


 ロノオフ国に接しているのはエナギラ領だけではない。東隣のミセウル領、そして西隣のこのゼレシノル領も人の行き来できる国境がある。

 本当にロノオフ国に攻めてくる意図があるかどうかはこの際関係が無い。竜の襲来の原因が分かっていない以上、再度起こりうると考えておくべきだと裕は強く主張する。


「端的に言えば、まだ事件は終わっていないということです。不必要に眠れない夜を過ごすことはないですが、何の警戒もしないというのはどうかと思います。」

「警戒と言うが、どれくらいの予算を考えている?」

「大変申し訳ないのですが、私は兵や魔導士の相場を知りません。」


 裕は素直に告白する。そんなところで知ったかぶりをしても何の意味も無い。知らないものは知らないのだ。


「この魔石が、お幾らくらいになるのかも知らないくらいなのです。」


 裕が腰から下げた袋から取り出したのは、エレアーネ製の高級魔石だ。橙色の直径五センチほどの球体は美しい輝きを放っている。


「ど、何所からそんなものを出した!」

「ちょっと見せてくださいますか?」


 目ん玉をひん剥いて公爵夫妻が身を乗り出してくる。公爵がそんなに食いつくほどのものなのだろうか。


「瑕がついてしまっていますわ! 保管の仕方に問題がありすぎます!」

「これをどこで手に入れたのだ? 価値を知らんとはどういうことだ?」

「いえ、自分で、というか部下に作らせたものですけど……」

「作っただと⁉」


 公爵夫妻の勢いは止まるところを知らない。もっと保管に気を遣えということから始まり、売ってくれだの、入手先を教えてくれだのと、とにかく食いつきが激しい。


「確かにボッシュハでは見かけませんでしたけれど、王都に行けば手軽に買える物ですし、そんなに希少なものとは思っていませんでした。」

「市井に流通しているのは安物だろう。」


 裕としては、それよりは上等なものができたとは思っていたが、そこまで食いつかれるとは思ってもいなかった。金貨二、三枚になれば良いなあという感覚である。


「それで、お話を戻しますと、これを何個か使うことで、ゴーレムを作ることができます。」

「ゴーレム?」

「石でできた魔導人形ですね。誤解を恐れずに言えば、休みなく走り続ける馬と思っていただければ良いかと思います。」


 それを使えば国境からこのゼレシノル領都まで、一日で着く。二百キロ程度なら余裕で走り切れるのだ。もし馬で同じ速さを出そうとしたら、何頭も乗り継がなければならないだろう。


「馬は良くても、乗っている者がただでは済まぬだろう。」

「いえ、これがまた全然揺れないので、大した問題はありません。……冬はとても寒いですけれど。」


 それをゼレシノル公爵やミセウル伯爵の騎士たちにでも幾つか配備すれば、監視くらいなら、なんとかなるのではないかというのが裕の考えだ。


「その魔石が一個どれくらいの価値があると思っているのです?」

「私としては、一個金貨二枚で売れればぼろ儲けです。」


 ただし、必要な材料が全てエナギラで揃うかは分かっていない。ほぼすべての材料はボッシュハでは採れることが分かっているので、入手自体はできるだろうが、そうすれば必然的にコストは上がるだろう。

 それでも、一個作るのに金貨二枚を超えることは考えづらい。


「材料よりも魔力が足りていないのが実情ですので、魔力の高い魔導士の方を貸していただければ、何個か作ってお譲りすることはできますよ。」


 最も品質が高い魔石を作るには、必要となる魔力も多い。エレアーネでも二日に一個しか作れない。尚、裕の配下の中では、エレアーネが最も高い魔力を持っている。

 裕の申し出に、公爵夫人は「近日中に必ず一人か二人送る」と約束し、とりあえず話は落ち着いた。



 午後は騎士や文官たちと情報交換をして、夕食は公爵との会食を何とかして辞退しようと頑張る。


「そんなに私との食事が嫌か」

「半年前まで、私はただの平民だったのですよ。公爵閣下のご家族と一緒の食事など、とてもではないけれど、気が休まりません。これでも、味が分からない程度には緊張しているのですよ。」


 なんとかボッチ飯に成功し、裕は一人で心ゆくまで食事を堪能する。それでも夕食後の会合は免れないが、翌日は朝からミデラン領へ向かうということで何とか早めに切り上げるのだった。

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