第24話 巡行(3)

 モレビアの町で各種組合で話す内容も、モレビア男爵と話す内容も、ドンデイクでの話と変わるところはない。

 裕は粛々と話を進めていき、領都を出て五日後には西隣のゼレシノル領へと入る。


 ここからは組合や町の長との話はなくなる。裕が何かを働きかけるには、順序としては、まず領主のゼレシノル公爵に話をして許可を取らねばならない。

 何をするにも領主の許可が必要だ。挨拶するだけならば一々許可を取る必要はないが、できるのは本当に挨拶だけだ。


 だが、手土産とする特産品もなく挨拶にまわるのも礼儀に欠ける。つまり、裕が途中の町ですることは何もない。となれば、一気に領都を目指すだけだ。

 宿泊も貴族邸ではなく、町の宿だ。その方が色々と楽だし、融通も貴族よりはきく。

 一日に二つ、三つと町を進み、ゼレシノル領に入って二日も経たずに領都へと着いた。


 街門で名乗り町に入ると、ボフズエックは領主城へと向かう。彼はゼレシノル公爵から借りている騎士だ。取り次ぎや連絡はスムーズにいくだろう。

 公爵への連絡はボフズエックに任せ、裕は宿へと向かう。宿泊するべき宿はボフズエックから聞いている。

 この町には、貴族が利用するような高級宿があるらしい。さすがは公爵領である。


「到着しました。こちらのようです。」


 運転席のゴヨヒシャから声を掛けられて、裕はチョーホーケーの窓を開けて外を見てみる。

 だが、裕の目に映ったのは貴族か富豪の邸宅としか思えないものだった。

 下手な田舎の男爵邸よりも大きいのではないだろうか。三階建ての上階にはベランダが続き、その下には庭園が広がっている。


「本当にこちらですか?」

「そこの門番に聞いてみましょう。」


 ゴヨヒシャが門に立つ男に「こちらはエーディエールで間違いありませんか?」と聞いてみるが、やはり間違いないようである。


「私はヨシノ・エナギラ伯爵。予約もなく急な話で申し訳ないが、今夜はこちらで泊まることができますか?」


 馬車の戸を開けて裕は直接門番の男に尋ねる。不格好で怪しげな物体から伯爵が出てくるとは思わなかったのか、門番は一瞬驚きに目を見張るが、すぐに仕事の顔に戻り「従者、および護衛の方は何名でしょうか?」と人数の確認をする。


 あとの話は運転席に座るゴヨヒシャに任せ、裕はチョーホーケーの奥に引っ込む。あまり伯爵本人が門番などと事務的な話をするものではないのだ。裕は別に気にしないのだが、文官や騎士の方が嫌な顔をする。

 秘書的な仕事も文官の役割の一つである。平民の作業の指揮などよりも、伯爵の秘書としての仕事の方がよほど貴族らしいといえる。裕が「頼みます」と言えば、ゴヨヒシャは、いや、他の文官も喜んで秘書仕事を引き受ける。


 宿で一晩のんびりと過ごし、翌朝、ボフズエックの帰りを待つ。彼はこの領都に自宅を持つ彼に、家族に顔を見せてきなさいと裕は一晩だけ暇を与えている。


 優雅な朝食を終えて、まだ時間があると湯浴みをしているときにボフズエックは戻ってきた。


「申し上げます。ゼレシノル閣下は昼食にヨシノ様をご招待したいと申しております。」

「了解しました。何時ごろに伺えば良いでしょうか?」

「市中の移動や手続きを考えると、あまりゆっくりしていると時間に遅れてしまうかもしれません。」


 要するに、慌てて急ぐ必要はないが、すぐに支度をして出た方が良いということだ。裕は手早く着替えて髪を整えて軽く化粧をする


 電磁波遮断魔法で鏡を作れると分かってから、身支度はかなり便利に使っている。

 魔法なので鏡としての実体はないため動作の邪魔にならないし、手に持つ必要もなく自由に動かせるのだ。

 部屋には姿見もあるのだが、残念ながらそちらに出番はない。


 支度を済ませて宿を出ると、チョーホーケーに乗り貴族街の領主城に向かう。先導するのはニトーヘンに騎乗するボフズエック。後ろにはミリアウーズが従っていく。

 ちなみに、宿泊費は金貨一枚を超えている。さすが高級宿である。



 宿から領主城までは結構な距離がある。

 宿自体は、貴族街のすぐ近くなのだが、貴族街に入ってからがまた長いのだ。

 道の両側に建ち並ぶ邸宅は千差万別だ。立派な庭園を持つもの、特徴的な建築様式をしているもの、門や塀にこだわりがあるもの。

 チョーホーケーの小窓を開けて見ていると、中々に飽きのこない風景を楽しめる。


 城の門に着くと、誰何されることなく中に通された。

 先頭のボフズエックは顔見知りとしても、馬車の中を確認したりはしないのだろうか。

 紋章付きの馬車ならばともかく、チョーホーケーには装飾などなく、木造の小屋に足が生えているという怪しげな物体だ。

 戸を開けて名乗る準備をしていた裕はいきなり肩すかしを食らった気分である。


 城の正面玄関前に停まり、ニトーヘンを置きに行っていた騎士二人を待ち、ゴヨヒシャは戸を開ける。

 チョーホーケーを降りた裕は騎士二人を従えて、先導する案内役の使用人に連れられて応接室へと向かった。


 公爵の城は裕が目を見張るほどに巨大で、歴史を感じさせる趣きを放っている。

 玄関の扉を入ると、ランプの光に照らされ、ずらりと肖像画が並んでいるのが目に入る。歴代の公爵なのだろうか、威厳たっぷりの人物ばかりだ。正面と左右には階段が伸びている。

 天井にはシャンデリアの類はないが、代わりにいくつものタペストリーが吊るされている。


 使用人はそのまま正面の階段から二階へと上がり、その奥の一室へと裕を案内する。


「ボスボルン様、エナギラ伯をお連れいたしました。」


 ノックをして声をかけると、中から扉が開けられる。重い音を立ててゆっくり開けられた室内はかなり広い。

 中央に置かれた巨大な石製の丸テーブルの向こう側にはゼレシノル公爵が座り、その背後には秘書や護衛の者たちが何人も控えている。


「お久しゅうございます、ゼレシノル閣下。」

「其方も元気そうで何よりだ、エナギラ卿。」


 跪き挨拶をする裕にゼレシノル公爵が返す。

 その後、裕が突然の来訪の謝罪と受けてくれたことへの礼を長々と述べ、ようやく席を勧められる。


「聞いたぞ。町の復興に難儀しているらしいな。」


 通り一遍の挨拶を終えると、公爵は本題に入る。既にボフズエックからの報告は大まかには受けているようだ。


「はい、第一段階までは完了したのですが、ここから先は、これまで以上に多くの課題を解決していかなければなりません。」


 村としての機能を持つ。それが裕の考えている第一段階だ。住居を作り、食料を生産して自活する。とりあえず暫定的にではあるが、そこまでは形になってきている。


 工業と商業を導入するのが第二段階なのだが、これがまた大変なのだ。職人や商人を連れてくるか育てるかをしなければならない。

 だが、商人はともかく、裕には職人など育てることは不可能だ。趣味の日曜大工程度の知識はあっても、金属加工や紡績、機織りなんて経験どころか知識すらない。簡単な編み物や家庭科の授業のレベルの裁縫はできるが、そんな程度では産業というレベルにならない。


「そこでゼレシノル閣下にお願いしたいことがいくつかあるのです。」

「申してみよ。」

「大きく三つ、一つめは職人について。二つめは商業流通。そして、三つめは軍事的な協力についてです。」

「待て。軍事的なとはどのような意味だ?」


 ゼレシノル公爵は表情険しく、詳細を説明せよと促す。


「昨年の竜のことでございます。あれが何故、何所から来たのかを調査したいのですが、そこに割ける人手が無いのです。」

「竜は倒したのではないのか? そんなことを調べてどうする?」

「五匹倒しましたが、それで全部なのかは不明です。同じことはもう起きないという保証はありません。そもそも閣下は隣国ロノオフの被害について耳にしたことがありますか?」


 ゼレシノル公爵は数秒考え込み、握った右手で机をドンと叩く。


「滅多なことを言うものではないぞ、エレギナ卿。」

「しかし、可能性は考慮すべきです。」


 裕が言いたいのは、つまり、北方のロノオフ国がエウノ王国に向けて竜を放った可能性があるということだ。完全な制御下に置くことはできなくても、何らかの誘導する方法があるのかもしれない。


「その話は他の公爵や陛下とも話した上で決める。下手な動き方をしたら本当に戦争になるかもしれん。」


 ゼレシノル公爵にそう締められては、裕はそれ以上その話題を続けることはできない。最初の一つめと二つめの話に戻る。


「話を戻しまして、一つめのお願いとしましては、職人の紹介でございます。産業を作っていくには、建物が必要になります。建築職人や鍛冶職人をご紹介いただけると助かります。」


 裕の容貌にゼレシノル公爵は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。


「家は建てたと言わなかったか?」

「私にできるのは、その、貧しい平民が住むようなみすぼらしい建物だけなのです。雨風をしのいで寝ることができるだけの建物では、工房をつくることもできません。」

「そんなに違うものなのか?」


 公爵は平民の家や工房などの建築部の構造など知らない。今まで興味をもったことすらない。

 何がどう違うのか、どうして職人が必要なのかも分からないのだ。


「まあ良い。組合に使いを出してやろう。だが、本当に其方が求めているような職人を出せるかは分からぬ。で、二つめは何だ?」

「ありがとうございます。二つめは、街道の整備についてです。」


 いくつもの町が壊滅したエナギラ領を復興するには、商業流通の活発化は不可欠なのだと説明する。そして、商人の行き来が増えれば、ゼレシノル領にも税収というメリットができるはずであるとアピールする。


「街道の整備か。言いたいことは分かるが、時間も金もかかる。今すぐというわけにはいかん。」

「いえ、道路の整備は土魔法で簡単にできるのです。どうも、この国ではあまり知られていないようなのですが……」

「その魔法を使えばどの程度で整備できるのだ?」

「徒歩で一日の距離であれば、一人で二ヶ月もあれば。エナギラの主要な街道は現在整備を進めているところです。」


 そして裕が「魔法は私がお教えします」と付け加えるが、ゼレシノル公爵は「前向きに検討する」という返答にとどめた。

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