第23話 巡行(2)
裕はドンデイク男爵邸で一泊し、翌朝は食事を済ませるとすぐにモレビアへ向けて出発する。
モレビアの町は領都から見て東南東、ドンデイクからは北にあたる。直線距離は大したことがないが、街道は東から張り出す山を大きく迂回していくため、徒歩で行けば一日がかりになる。
だが、裕のゴーレム
未整備の街道であっても、足で走るタイプのゴーレムにはあまり大した差はない。裕が街道を整備しようとしているのは馬車や人力の荷車の便を良くするためだ。
「ちょっとペースが速すぎますね。ちょっと近くの農村にでも寄っていきましょう。」
「農村、ですか?」
「農夫が余っていれば勧誘しておきたいですし、土魔法を教えて道の整備を少しずつでもしていってもらえると助かります。」
モレビアの次、サヴィカにまで今日中に行くのは少々無理がある。組合をまわって、町を治める貴族と話をしてとしていれば、急いでもモレビアを出発するのは昼を大きく過ぎる。サヴィカに到着するまでに陽が落ち切ってしまう可能性が高い。
少々より道をするという裕の案に、騎士も文官も特に反対をせず、農村を探して行ってみる。
村と言っても、数軒から多くて十数軒が集まっている小規模な集落だ。小規模とは言っても、バカにしてはいけない。エナギラの領都はまだ二十軒も建っていないのだから。
「誰かおらぬか?」
集落の前で騎士が声を上げると、五歳くらいの子どもが戸から顔を覗かせる。
「大人はおらぬのか?」
「畑……」
子どもは指差して答える。確かに左右に広がる畑には農夫が何か作業をしているのが見える。
「ヨシノ様。大人はみな畑に出ているようです。どういたしましょう?」
一番近い者でも五十メートルくらいはありそうだ。
大声を出して呼べば聞こえると思うが、それは上位者の前では基本的に無礼な行為である。まず伺いを立てるのは正しい行いである。
「子どもしかいないなら、それはそれで構いません。」
裕はチョーホーケーを下りると、歩いて近くの家に向かう。
戸口から覗いてみると、子どもばかりが八人ほどいた。
「はじめまして。私はヨシノ・エナギラ。この中に魔法を使える人はいますか?」
優しく問いかけてみるが、子どもたちはぷるぷると首を横に振る。
「まだ教えてもらっていないのですか? 教えてもらったけれど使えないのですか?」
「教えてもらってない……」
「では、わたしが教えて差し上げましょう。」
そう言って裕は室内に魔法の明かりを放り投げる。いつものようなバカみたいな明るさではない。普通のランプ程度にまで光量をおさえてある。
それでも子どもたちは歓声を上げて裕へと寄ってくる。
こういうときには子どもの姿というのはやたらと便利だ。立派な鎧を来て武器を携えている騎士は、初対面の子どもからすればどう見たって怖い存在だ。だが、どう見ても五、六歳の裕は幼い子どもに分類される。服こそ綺麗なものを着てはいるが、恐れる対象にはなりづらい。
裕はそこらに散らばる枯草を集めて火を点けると、いつものように明かりの魔法を教える。
一回でできた者はいないが、二回、三回と繰り返すと、大きい子ども四人はすぐに使えるようになった。
だが、さすがに三歳程度では無理なようだ。言葉の理解や想像力の問題だろう。
誰でも使えるとはいっても限度はある。
「もうちょっと大きくなったらできるようになるよ。」
お兄ちゃんやお姉ちゃんはできるのに、と泣きべそをかく子どもを慰めて、裕は本題に入っていく。
家の前に立つゴーレムを退かせて、耕耘魔法の魔法陣を描いて、詠唱を教える。
裕には魔法を発動させることができないが、魔法陣や詠唱の内容は覚えている。子どもたちが延々と暗唱しているのを聞いていれば嫌でも覚えるというものだ。
結果的には、すぐに土属性魔法を使えたのは一人だけだった。
「おお、すごいすごい。」
裕は手を叩いて褒めるが、道が綺麗に耕されてしまい子どもたちは青くなる。
「おとーさんに怒られちゃうよ!」
「心配いりません。」
子どもたちは非難の声を上げるが、裕は自信満々に立てた人差し指を振る。そして、魔法陣を描き、詠唱を教える。
「おおおおおお!」
もこもこに耕された地面がみるみるうちに平らになっていくのを見て、子どもたちは歓声を上げる。
その声に気付いたようで、畑で作業をしていた男が大急ぎでやってくる。
「な、なんだね? アンタら、何をしているんだ?」
「私はヨシノ・エナギラ。先日、国王よりこの地を任された伯爵です。」
伯爵と名乗る子どもに男は目を白黒させるが、背後に控える騎士の姿を見て、嘘ではないのだろうと心を落ち着ける。
「そ、その伯爵様が一体どんな御用で?」
「端的に申しますと、余っている畑を欲しいものはいないか探しているのです。ついでに、道を直す魔法を覚えて欲しいということですね。」
「畑を……? 魔法……?」
男は訝しそうに裕を睨む。貴族への礼儀がまるでなっていないが、農村なんてそんなものだ。そもそも大人も子どもも、貴族と会う機会なんてない。
魔獣退治で騎士が近くまで来ることはあるが、そんな近くにまで魔獣が出てきているならば、農民は家から出てこない。
騎士たちも、公爵を守っているときにこんな態度の平民は許さないだろうが、裕が平民上がりであることも、態度をあまり気にしないことも知っている。
不機嫌そうに睨みつけるだけで、それ以上のことはしない。
「畑が余っているのです。人手不足なのであれば無理にとは言いませんが、逆に食い扶持に困っているのであれば来ていただければと思います。」
「人は足りないわけじゃあないけど、余ってるってこともねえ。この子たちも食うに困ることはねえ。」
裕は無理に出す必要はないと繰り返し、子どもに視線を向ける。
「今の魔法、もう一度使えますか?」
「えっと……」
「詠唱は覚えていますか? 畑に向かって使ってはいけませんよ。」
注意事項を伝えながら、ゆっくりと魔法陣を描いていく。
そして、えいっと気合いを込めて魔法が放たれると、凸凹の道の一部が真っ平になった。
「道が綺麗になれば、物を運ぶのも楽になります。」
裕は家の脇にある荷車を示しながら言う。収穫した野菜を町まで売りに行くこともあるのだろう、幾つもの荷車が無造作に置いてある。
「大きい街道は私の方で整備をしていきますが、村までの道まではなかなか手が回りません。余裕のあるときにでも、自分たちで少しずつでも整備していくと良いでしょう。」
農作業ではまだ役に立たない年齢の子どもでも、一日に十から二十メートルは整備できる。一ヶ月で三百メートル、半年やれば二キロほどにはなるはずだ。
「な、何でそんなことをするんだ? あんたに何の得があるんだ?」
裕の真意が読めず、農夫は疑い深そうな目を向けるが、裕は涼しい顔でぽんと手を合わせる。
「この領を豊かにしたいからですよ。みんなが安心して平和に暮らせる土地であることが、私の願いです。」
意外と裕は本心からこれを言っている。もちろん、下心もある。
地方が効率化すれば人が余る。余った人員を滅びた町の復興に充てたい。
そう言う思いはありはするが、別にそれは「豊かで平和な領地」に相反することではない。普通に何の問題もなく両立する。
もう一度魔法陣を描いて見せ「しっかり覚えるのですよ」と子どもの頭を撫でて、裕はチョーホーケーへと乗り込む。
暇つぶしもそろそろ終わりで良いだろう。
わけが分からない、といった表情の農夫が見送る中、裕はモレビアの町へと向かった。
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