第6話 引継
「支援は樵や木工職人だけで良いのか?」
「今はそれ以上は受け入れる余裕がありません。春以降は各種組合の担い手が必要ですが……」
裕の言葉に、公爵たちは眉間に皺を寄せる。
「其方の従者らはどうする? 騎士の一人もいないのでは困るのではないか?」
「コギシュ領の領都邸を守る者たちは健在ですし、この城での側近なら何とかなるんじゃないですか?」
裕はいないならいないで別に構わないと楽観的に考えているが、ヨースヘリア公爵は「それではダメだ」と首を横に振る。
「彼らには期待しない方が良い。いきなり主が変わって忠誠を尽くすとは思えぬ。」
「それは公爵様方に手配していただいても変わらないのでは?」
「主を失った者と、主の命を受けた者は全然違う。たとえば私の部下を一年の期限付きで貸し出すとした場合、私の顔に泥を塗るような真似はするまい。」
当然、その場合のデメリットもある。裕はその部下を貸し出してくれた者に秘密を持つことができなくなるだろう。
それに、好き勝手なことをしないようにという首輪の役割もあることは見え透いている。
裕は歯噛みをし、何か方法はないかと頭を捻るが、そんなすぐには妙案は浮かばない。
「其方は城のこと、貴族間のことは何も分からぬではないか。助言してくれる者もなく、執務ができるのか?」
「コギシュ領は大打撃を受けているが、無事な地方もある。当然、そこを治めている貴族もいる。彼らをどう御するのだ?」
公爵たちに詰められると、裕には答えようがない。
「なるほど、分かりました。数名の側近となってくれる方を紹介いただければ嬉しいです。」
「ほう、誰にそれを頼むのだ?」
「公爵様は五人ですし、一人ずつ……?」
裕は援助を請う相手を選ぶことなどできない。公爵たちの性格も分かっていなければ、現在どれほどの力を持っているかも分からない。判断材料が足りなさすぎるのだ。
全員に対し等しく援助を願うというのは、かなり苦し紛れの判断だ。
公爵もその回答は想定外だったのか、目を丸くする。そして、五人そろって笑い声を上げた。
「なるほど、ゲフェリ公が面白いというわけだ。」
「だが良いのか? 後ろ盾も派閥もなく、今後やっていけるのか?」
「それ以前でございます。少なくとも春までは、外を向いている余裕がございません。貴族社会でやっていけるかの心配の前に、早急に領としての基盤を固めなければならないのです。」
冬になる前にやるべきことは大量にある。領内の被害状況の確認からはじまり、各地の貴族に対しての引継ぎも必要だろう。
通常の冬に向けての準備に加えて、諸々の業務をこなしていくことになる。領外の貴族と悠長に社交などしている余裕は全く無いのだ。
「そもそも、前提として、私はエナギラ領の被害を受けた町がどうなっているのか見ていないし、詳細は分かっていません。ですので、ゲフェリ領のモコリと似たような状況であると考えています。」
「モコリの状況は知っているのか?」
「モコリに関しての第一報をゲフェリ公爵様に伝えたのは私ですよ。知らなかったら報告などできません。」
つまり、ほぼすべての建物は破壊され、生存者はいない。たまたま町を離れていて難を逃れた者もいるかもしれないが、廃墟と化した町へ戻っては来ないだろう。
町をゼロから作り直すとともに、瓦礫の下からコギシュ前領主の遺品を掘り起こしたり、納税されてきた食料を集めたりするのが目下の最優先事項だ。
「……今からそれは無茶ではないか?」
ヨースヘリア公爵は声のトーンを落とす。国王の決定に疑義を唱えることになるのだ、声を張り上げるわけにはいかない。
「無茶でも何でも、現地に赴きもせずに治めることなどできないでしょう。」
「……騎士団からも数名を貸そう。」
「やめてください! 住むところと食料の確保が大変になるだけです!」
「だめだ、其方自身が竜に相対できる力を持っていても、騎士団の一人もいないのは不味い。平民相手ならともかく、貴族相手に護衛も付けなければ舐められるだけだ。」
貴族としてのあり方を言われると裕は弱い。文化も慣習も知らないのだ、せっかくの公爵からのアドバイスを無碍にすることはできない。
「では、二名ずつお貸しいただけますか? 十人いれば格好はつくでしょう?」
ヨースヘリア公爵はこめかみを押さえ大きく嘆息するも、「それで良い」と納得した。他の四人も異論はないらしく、文官一名、騎士二名を一年間裕に貸し出すということで合意した。
「それで、この後の予定は?」
「今日はこれから晩餐会、明日は朝から王都邸の引き継ぎを、明後日からは一度ボッシュハに帰ります。」
「ボッシュハに帰るだと? 急いでコギシュに向かうんじゃなかったのか⁉」
呆れたようにヨースヘリア公爵は声を荒らげるが、それに関しては裕は譲るつもりはない。
「私の帰りを待つ者がいるのです。迎えに行かねばなりません。」
「それこそ、春で良いのではないか? 往復するだけで何日掛かると思っている?」
「頑張って一週間で往復します。文官や騎士を選んでから出発することを考えれば、ゲフェリ領都あたりで合流すれば時間のロスは少ないんじゃないかと思うのですが……」
「一週間だと? 不可能とは言わぬが、馬をどれだけ潰すつもりだ!」
「馬なんて使いませんよ。私の魔法を使って走っていきます。その方が早いですから。王都のハンターを一人雇っていけば、かなり早く着くはずです。」
ハンターを雇うと言ったところで、公爵たちの表情が曇る。どうにも彼らには、直接平民を使うというのは気分が良いものではないらしい。
「護衛なら騎士を付けろ。」
「いえ、雇うのは護衛じゃなくて私を背負って運んでくれる人です。」
「言っている意味が分からぬ……」
重力遮断を知らない者に分かるはずがない。
「どうしても騎士をと言うならば、ゲフェリ公爵様、竜退治に行った騎士で今こちらにいる方はいらっしゃいますか? 私と一緒に囮役をしてくれた方が最適なのですが。」
「ああ、ドーウェンならばそこにいるではないか。彼で良いのか?」
すこし離れたところで会話の邪魔にならないよう控えている騎士の一人を指して言う。当たり前のように言われるが、顔の大部分を覆い隠す形状の兜を装着しているのだ、個体識別は難しいだろう。
とりあえず春までの予定について話し合い、公爵たちとの会談は解散した。
晩餐は王族の配偶者への挨拶がメインだ。食事の席ということもあり、特に難しい話もない。恙なく終わらせると城の客室で一泊し、翌日は朝からコギシュ領の王都邸へと向かう。
馬車を持っていない裕は、城から
門の前で腕を組んで仁王立ちする子供に、門衛は不審そうな目を向けて声を掛ける。
「どうしたんだい? 坊ちゃん。コギシュの邸に何か御用でも?」
「ふむ、王城から話は聞いておらぬのか? ここはコギシュからエナギラへと変わった。私が当主のヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアだ。」
そう言って裕は懐から一通の紙を取り出して門衛に見せる。
「バカな……ッ!」
「残念ながら、国王陛下の決定でございます。異論反論がございましたら陛下に申し上げてくださいませ。」
裕が門衛に見せたのは国王から受け取っておいた辞令書だ。端的にいうと、音沙汰の無いコギシュを廃し、新たにエナギラを迎える、とそこには書かれている。
「少々お待ちを!」
蒼白な顔に目を剥いて門衛の一人が邸へと走り、残った者が裕を門の中に導く。
「どれくらい待つのです?」
「申し訳ございません、何の御用意もできておりませぬ故……」
「少々のことは構いませんよ。今日は
「コギシュがどうなっているか……? 何かあったのでございますか?」
門衛は怪訝そうな顔で訊き返してくる。詳しいこと以前に、彼らには殆ど情報が入ってきていないようだ。
「わかりました。では貴下方も一緒に来てください。門衛の仕事はとりあえず良いです。」
裕は有無を言わさぬ口調で門衛に命令し、玄関へと歩いていく。
仕方なしに門衛が玄関の扉を開けると、屋内は喧騒に包まれていた。
「ご静粛にお願いします!」
裕が手を打ち、声を上げると、喧騒がぴたりと止んだ。
「ここの使用人、コギシュに仕えている者たち全員を集めてください。」
「コギシュが廃領というのは本当なのですか?」
「そうですね、今後はエナギラとなります。そのことについて説明しますので、全員を集めてください。」
混乱に陥るなか、それでも使用人がホールに集められていく。
一言で使用人や仕えている者と言っても、その種類はいくつかある。
料理人に洗濯夫、清掃人、執事、門衛に本館警護騎士、総勢二十一人が住み込みで働いている。
「さて、順を追ってお話しましょうか。一ヶ月以上も前ですが、北で竜が暴れていたことはご存知ですか?」
「魔物騒ぎはあったと聞いていますが、それ以上のことは……」
どうやら、そこからロクに情報が入ってきていないらしい。
「何処からやってきたのかは分かっていませんが、五匹の竜が現れ、コギシュを襲いました。破壊された町は一つや二つではないと聞いています。」
裕の話を聞いて、大半の者たちが顔色を変える。彼らにとってはコギシュは故郷なのだろう。
「どの町が滅び、どの町が無事なのかはまだ私も把握できていません。ですが、領都が壊滅したのは間違いありません。そのことはゲフェリ公爵の騎士たちが確認しています。」
騎士たちは裕を睨みつけるが、そんなことで動じないのが裕だ。
「コギシュ伯とは、一ヶ月以上も連絡が取れていないとのことです。無事である可能性はないと陛下は判断されました。」
真正面から使用人たちを見据え、裕は淡々と説明する。
故郷を失った者たちへ同情しないわけではないし、彼らにとって責任のある事態ではないのだが、話を進めなければならない。
「コギシュは廃されるわけですが、引き続きエナギラに仕えたいという方は残っていただいて構いません。ただし、報酬に関しては今までと同じ待遇は保証できません。」
「どのくらい変わるのでしょうか?」
「申し訳ございませんが、現在皆さんがどの程度の待遇なのか私は知りませんし、コギシュがどの程度の財産を残しているのかの確認もこれからになります。」
待遇関係なく
タダ働きでも裕に仕えたいという変態はもちろんいない。
執事長に案内させて領主の執務室へと入り、書類をひっくり返していく。
探すものは、王都邸の維持費関連だ。税金、使用人たちへの支払、食料や消耗品の購入費、馬車の維持費など、勘定科目も多岐にわたる。
門や馬車、門衛や警護騎士たちの紋章の付け替えも必要だし、出費はかなりの額になる。
「給金、食費あわせて春まで一人当たり金貨六枚が、二十一人。合計一二十六枚。紋章付け替えで金貨十枚足しても一三六枚。全部で一四〇枚残っているから、当面は足りますね。」
書類の確認と、金庫の中身の確認を済ませて裕はホッと息を吐く。
「春までで金貨六枚は少なくありませんか?」
執事長は眉間に皺を寄せるが、裕は更に深い皺を刻んでみせる。
「ここにいる者はそれでも生活できるでしょう。この家も食事も確保できるのですから。」
「私と現地に連行く者は、住む所の保証もないのですよ。領都は破壊し尽くされ、廃墟と化しているらしいですから。」
「お待ちください。今からそんな所に行かれるのですか?」
「一刻も早く現地に向かい、現状の把握に努め、復興を急ぐのが私の仕事です。」
裕は強く言い切り、それ以上の問答を許さない。
遺品の回収なども進めていく必要がある。執事長は何か言いたそうに口を開きかけるも、真一文字に結びなおす。
「他の方とも話をしなければなりません。順に呼んでいただけますか?」
「ます私の方から説明したいと思います。暫しお待ち願います。」
執事長が部屋を出ていき、他の使用人に今後のことについて話をしている間に、裕は書類を片付けていく。
小一時間ほどで執事長が戻り、報告する。
「全員、ここに残ることに同意いたしました。ただ、三名ほどがコギシュ、いえエナギラに同行したいと申しております。」
「それは無理です。食料がどの程度確保できるかもわからないのです。人数が増えすぎると冬を越せなくなってしまう危険があります。」
貴族の邸で働く者にサバイバル能力があるとは思えない。騎士たちですら、その能力に関しては疑わしいのだ。
「しかし、彼らも故郷に……」
「故郷の町が無事で、そこに帰るのに途中まで同行したいと言うならばともかく、足手まといを連れていくことはできません。極端な話ではなく、その方たちは浮浪児のような生活ができますか?」
諭すように言う裕に、執事長は絶句する。
「気持ちだけではどうにもなりません。春になってからです。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます