第5話 叙爵

 式典の準備が整い、大広間に呼ばれて行くと、そこには王族や公爵家と思しき面々が既に来ていた。

 裕から見れば全て知らない者たちばかりだが、明らかに服装と立っている場所が違うのだ。そこには身分の差があるのだろう。


 裕は従者に導かれて国王の前に進み、跪く。

 式典の手筈は簡単に聞いただけだ。

 本来なら簡単にリハーサルを行うのだが、今回は時間がないということで省略されている。


「ここに新たなる貴族の誕生を宣言しよう。」


 その言葉からはじまり、王の口上は延々と続く。国の興りから、貴族のあり方など長々と述べる。それがやっと終わると、小剣や杖、盃などを持つ者たちが進み出てきた。


「ボッシュハの商人、ヨシノに小男爵を叙する。」


 王の言葉と共に、メダルを持った者が裕の前に来て、裕はそれを恭しく受け取る。


「ヨシノ小子爵を叙する。」


 続いて別のメダルを持つ者がやってくる。


「ヨシノ小子爵に……」


 べつにギャグでやっているわけではない。階級を飛ばして爵位を授与することはあり得ず、順番に段階を踏んで、最下位から爵位を与えていく必要があるらしい。小男爵から小子爵、男爵、子爵、そして伯爵へと進んでいく。


 裕はメダル五個に小剣、杖、杯と両手いっぱいに授かり、「これどうするの?」と困った顔をする。が、国王はそんなことはお構いなしだ。


「エナギラ伯爵に家名ミリエハニア、姓ベルケルを与えよう。」


 ということで、裕の正式名称は長ったらしくヨシノ・エナギラ・ベルケル・ミリエハニアとなってしまった。

 そもそも、ヨシノは姓であるはずなのに、そんなのはお構いなしだ。今更「ヨシノ」は姓であるなどと言いだせる雰囲気ではない。


「わたくし、ヨシノ・エナギラはこの国エウノのために力を尽くすことを誓います。」


 誓いの言葉を述べるが、自分の名前を省略したのではない。覚えられなかったのだ。


 陞爵しょうしゃくの場合は、当人より記念の品を配ったりもするのだが、今回は叙爵じょしゃくという扱いのため、それは省略される。


 その後、王族や五大公爵より祝福の言葉が贈られて式典は終了だ。

 というとすぐに終わりそうな気がするが、祝福の言葉はやたらと長い上に、人数が多い。式典は全部で二時間ほどもかかる。


 式典が終わると、王族の子どもたちとのお茶会という予定だが、裕は問答無用で却下した。

 これに参加するのは成人した王子ではなく、未成年の王孫がメインというのだから、そんなものに構っていられない。


「実権のない子どもたちと仲良くお茶を飲んでいる余裕などないのですよ。王宮の役職者へのご挨拶の方が重要に決まっているでしょう。」


 王や公爵たちのいる前で、裕は臆せずに主張する。

 だが、その役職者たちは目の前にいる。王の兄弟姉妹、そしてその子らの多くは重役に就いている。


「先ほどの祝辞では不服かね?」

「メゼルギオ殿下は名乗ってくださいましたが、名乗られていない方もございます。それに、どのような役職についているかは全く触れられていません。」


 第三王子が不愉快そうに裕を見下すが、そういうところで裕は引くことがない。真っ向から言い返す裕に、公爵たちの方が引き気味なくらいだ。


「ふむ。私は徴税部門の統括をしている。それで良いか? この忙しい時期に余計な手間をこれ以上かけたくないのだ。」

「ありがとうございます。本当に困った竜でございますこと。」


 裕は、王子の嫌味をぜんぶ竜のせいにする。まあ、実際、竜が暴れたりしなければこんな面倒事は起きていないのだが。


 王子に睨まれたりはしたものの、お茶会は時間の無駄というのは大半の権力者の賛同を得られたことにより、春まで延期ということになった。

 国王が退出した後に、王子たちと簡単に挨拶を交わしていく。


 総勢十八人の王族との挨拶を終えた裕は、頭を抱えてブツブツと名前を繰り返しながら公爵たちの方へと向かう。


「第一王子、アバンツエル殿下。第二王子、ドッシュハンナ殿下。第三王子、メゼルギオ殿下。第四王子、メルディエミ殿下。第五王子ノデ……、ノデビ……」

「ノデビアント殿下だ」

「そうそう、人数が多すぎるんですよ。」

「あと五人、いや、四人だ。頑張って覚えろ。」


 ゲフェリ公爵は苦笑いをしながら裕を見下す。彼らは裕が王族と挨拶をしている間、呆けていたわけではない。

 時間が惜しいとばかりに午前の話し合いの続きだ。



「第一位、ヨースヘリア公爵。第二位、ミデラン公爵。第三位、ゲフェリ公爵。第四位、ゼレシノル公爵。第五位、モビアネ公爵。」


 呪文のように繰り返し呟き、必死に覚えようとする裕の手を引き、ゲフェリ公爵は会議室まで連れて行く。


「なんでここに連れて来られたのですか?」

「復興の話だよ。コギシュいや、エナギラ領が最も大きな被害を受けているのは知っているな? どの程度だか把握しているか?」

「町が幾つか壊滅して、領主は行方不明なのですよね?」


 そのことは当のゲフェリ公爵から聞いたことだ。首を傾げながら答えるが、他の公爵たちの表情が変わる。


「子どもに何ができるかと思っていたが、そのくらいの情報は得ていたか。」

「それで、其方は我々にどのような支援を欲するのだ?」


 試すような視線でヨースヘリア公爵が裕に問いを投げかける。


「支援を頂けるなら、まず人です。そうですね、きこりと木工職人をどうにかして調達したいのです。」

「樵、だと?」


 想像していた答えと違っていたのだろう。ヨースヘリア公爵は片眉を吊り上げて聞き返す。


「ええ、住む家と薪が無ければ冬を越せません。」

「食糧ではないのか?」

「それは倉の下から掘り出せば何とかなるんじゃないですか?」


 そこに関しては裕はあまり悲観視していない。モコリの町の状況から考えると、瓦礫の下から掘り出せるものは多いと考えている。


 だから、足りないのはとにかく人間なのだ。


「人を連れて行って、住むところはどうするんだ?」

「最初の数日は天幕暮らしでしょうね。早急に家を作る必要がありませす。だからこそ、樵と木工職人が必要なのです。」


 裕の言葉は公爵たちには理解できないようで、一様に首をひねる。


「木で家を作るんですよ。石造りの家を今から建てたって、どう考えたって冬までに間に合わないでしょう?」

「木で、だと? どうやってだ?」

「待て待て。そんなことをすれば、教会の連中が黙っていないだろう。」

「え? 神殿や教会は無事なんですか? 死者が煩いなら鎮めれば良いだけです。」


 この国の人間の信仰する宗教は一つしかない。派閥こそいくつかあるが、基本的な教義は同じだ。

 その教義で、森は神が創りたもうた恵みの一つで神聖な物である、とされている。過度な森林伐採をすれば宗教裁判にかけられ、悪魔と罵られるほどだ。

 そんなこともあり、木工屋は町の中で教会や神殿から最も遠い位置にあることが多い。


 だが、コギシュでは神官たちもみんな死んでしまったので、多少木を伐ったところでそれを糾弾する者はないのだ。仮に、神官たちが化けて出てきたところで、幽霊ならば南無阿弥陀仏ナムアミダブツ一発で終わりそうな気もするし、大した問題ではないのだろう。

 そういえば、裕は以前に幽霊退治をしたことがあったが、あの場は陽光召喚で終わらせて正解だったのかも知れない。南無阿弥陀仏は広範囲無差別型だ。野次馬にきた周囲の生者もまとめて成仏させてしまっては問題があるだろう。


 ともあれ、裕のあまりの発言に、得心がいったと頷く者と頭を抱える者に分かれる。


「木で家など、どうやって作る? そんなもの、誰も作ったことがないはずだ。」

「そりゃあ、公爵様たちが目にすることはないでしょう。ですが、田舎の農村に行けば、木で作られた家はあります。複雑な構造ではないし、見れば作り方くらい分かりますよ。」


 いつものことながら、裕はやたらと自信満々だ。この男の自信はいったいどこから湧いて出てくるのだろう。


「ベッドなどの家具も作って欲しいから、木工職人は必須ですよ。次に鍛冶職人や料理人ですが、こちらはそう急ぎません。最低限の技術は私も持っていますから。」


 知識はそこそこあるし、道具は掘り起こせば良い。裕に足りないのは腕力なのだ。

 握力なんて十キロもない六歳児の肉体には、力仕事は絶望的に向いていない。

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