第4話 謁見

 ゲフェリ公爵エルンディナとともに登城することで、裕は煩わしい手続きややり取りをせずに城内に入ることができたが、国王に謁見するにはやはり手続きがいる。


「どちらに行けば、謁見の受付をしてくれるのでしょう?」

「ディオキリス、教えてやってくれるか。」


 裕の質問は側仕えの一人に任せて、エルンディナは会議室へと向かう。

 復興支援や竜の死骸処理についての話し合いは何度となく持たれていたが、決着はつきそうにない状態なのだ。


 裕は浮かない表情を浮かべながらも、なんとか取り繕い、ディオキリスに教えを請いながら謁見の手続きを済ませる。


 これから何を言われるか、公爵から大凡の話は聞いている。

 王の魂胆もなんとなく読めている。


 裕は逃げ出したい気持ちを抑えながら、作り笑いを貼り付けて振る舞う。


 手続きを終えると控室に通されるが、謁見までそう長い時間は待たされなかった。

 豪華に飾られた廊下を通り、その先の大きく重そうな扉をくぐると、ひときわ豪華な広間に出た。


 正面の壇上に座るのは、白を基調とした衣装をまとった国王だ。

 黒いマントの従者が侍り、黒色の鎧に身を包む十四人の近衛隊が壇上から壇の下まで並んでいる。


 その全員の視線が、開けられた扉の中央に立つ裕に注がれている。



 裕は扉を入り、二歩だけ進んだところで跪く。


「私はヨシノ。ボッシュハ領はアライにて商いをしているものでございます。実り大き季節に陛下に目通り頂けたこと、感謝に堪えません。」


 挨拶の口上だけを述べて、裕は口を閉じる。


「どうした? 何の用であるか?」


 末席の従者に問われるも、別に裕は国王に用があってきたわけではない。


「ボッシュハ伯爵様より、陛下からお呼び出しがあったと聞いて参りました。ゲフェリ公爵様にも確認いたしましたところ間違いなさそうでしたが、間違いでございましたか?」


 顔を伏せたままで、裕は嫌味を言う。それに対して当の国王は泰然としているが、従者の方は怒りを露わにする。


「貴様! 陛下に無礼であるぞ!」

「無礼なのは貴方でしょう。少し慎んだら如何ですか?」


 裕は従者の言葉を国王の言葉と捉えていない。そもそも、裕は国王が間違えたなどと一言も言っていない。

 部下たちの連絡に齟齬が生じた可能性を問うただけだ。


「繰り返しますが、先日、陛下よりお呼び出しがあったと、ボッシュハ伯爵様より伺いました。一体、どのようなお話でございますか?」

「貴様のような無礼者など呼んでおらぬ!」


 従者のその言葉に眉を顰めたのは国王の方だった。


「其方が竜を退治したヨシノで間違いないか?」

「少々間違いがございます。退治したのはわたしではありません。私はお手伝いをしただけに過ぎません。」


 国王は壇上から直接裕に声を掛け、裕もそれに直接返答する。


「退治の際に大きな功績を果たしたとゲフェリ公から聞いている。少々の褒賞は出したともな。だが、竜の騒ぎは一つの領だけの問題ではない。」


 裕が知るだけでも二つの領が被害を受けており、そのうち、コギシュ領の被害は甚大だ。いくつもの町が壊滅し、領主すら行方不明になっていることは裕も聞いている。

 国家規模の災害として捉えていても、おかしくはない。


「其方に爵位を授け、その功に報いるとしよう。今後はエナギラ伯爵を名乗るが良い。」

「ちょっと待ってください!」


 王の言った内容に裕は慌てて声を上げる。ゲフェリ公爵より、叙爵の可能性を言われていたが、まさかいきなり伯爵を授けられるとは裕も思っていなかった。たった一度の功績なのだ、男爵より上にはならないだろうと考えていたのだ。


 普通に考えれば、それより下の小男爵や小子爵といった下級の爵位を与えるのが妥当なはずだ。だが、それでは国王が困るのだ。

 国王が強い力を持つ者を警戒するということは、ある意味で当然と言える。

 だからと言って排除するのは理に適わないし、利にもならない。

 爵位を与えて適当な町の長にでもつけて、上手くいけばそれでよし、ダメだったらそれを理由に処罰する。

 国王の狙いはそんなところだと考えていたのだ。


 領一つを丸ごと任せてくることは全く想定していなかった裕は、明らかに動揺した表情を見せる。


「何を待つのだ?」

「伯爵など、私の身に余ります。せめて男爵からにさせてください。」

「それはできぬ相談だ。治める者がいないと、コギシュの地が立ち行かなくなってしまう。今後、エナギラと改める故、其方に治めてほしい。」


 無茶振りにも程があるだろう。

 いくら裕が大人としての経験や知識を持っていても、為政者としての経験なんて無いし、封建社会での政治論なんて知りもしない。

 それに、貴族の知り合いなんていないし、為政者とのコネなんてないに等しい。


「午後から爵位授与の式典を行おう。幸い、今は五公爵すべてが揃っている。其方が来るのがあと一日遅ければ、色々と面倒なことになっていたところだ。」



 呆然とする裕に王が一方的に決定事項を伝えて謁見は終わった。


 広間を出ると、二人の案内係の男性に両脇を固められ、半ば連行されるように応接室へと案内される。午後の爵位授与の式典まで、部屋でおとなしくしていろということだ。


 逃げ出そうにも、入り口には近衛兵が厳めしい顔をして立っている。勝手に部屋の外に出ることはできそうにない。だからといって、近衛兵を倒してしまうわけにもいかない。そんなことをすれば、反逆罪を問われることになるだろう。


 ソファに腰掛けて、出されたお茶でも飲んでいるしかない。

 だが、見張られている中、ただずっと何もせずに待っているのも辛いものだ。


「あの、すみません。ちょっといいでしょうか?」

「なんでしょう? 用件があるなら承ります。」


 裕の問いかけに近衛兵は事務的に答える。


「とても暇なのですが、お城の中を案内していただくことはできるでしょうか?」

「ご案内できるのは、お手洗いまでです。今、行かれますか?」


 抑揚の少ない話し方の近衛兵は、取りつく島もないといった感じだ。


「今は良いです。少し話相手になっていただけますか?」

「申し訳ございませんが、護衛中に無駄口を叩くものではありません。」


 この近衛兵は本当に仕事しかするつもりがないようだ。

 話し相手にもなってもらえず、裕はむくれてソファに横になると、スヤスヤと寝息をたて始めた。


 この状況でよく眠れるなとも思うが、それほど疲れが溜まっていたということなのだろう。



 裕が起きたのは、いや、起こされたのは食事の時間になってからだった。

 ワゴンで食事が運び込まれ、ついでに入り口を守っていた近衛兵は交代となった。


 食事をしている途中で、案内係が今後の予定について説明していく。

 午前中に言っていた通り、昼食が終わったら爵位授与の式典。その後、王族の子どもらとお茶会や、王宮の貴族たちとの顔合わせ、そして、後晩餐会に参加。

 翌日も朝からコギシュの領都邸の引き継ぎなど、予定が詰まっている。


 三日目の予定に入ろうとしたところで、裕は案内係に待ったをかける。


「私は一度ボッシュハに戻らねばなりません。その後の予定はその後にしていただけますか?」

「申し訳ございませんが、急ぎ準備をしなければ冬にってしまいます。ボッシュハに戻るために何日もかけてはいられません。」

「ならば、お茶会など無駄です。さっさと邸の引き継ぎをしてしまいましょう。宿に預けている荷物の回収もしなくてはなりません。時間がないのなら、不要なことはしなければ良いのです。その予定表を見せていただけますか?」


 戸惑いながら案内役は手に持っていた予定表を渡すと裕は一瞥して顔を顰める。


「優先順位も何もないですね……」


 定型的な叙爵後にやることが書いてあるだけだった。箇条書きで一覧になっているだけで、何が重要なのかも分からない。

 ずっと使いまわしているのだろう、下の方には異なる筆跡で追加されていることがいくつもある。


「式典や邸の引き継ぎ、上位の貴族との顔合わせは急ぐとしても、伯爵以下は後回しで良いのではないですか? それぞれの邸のへ行ったり招待しての挨拶など、春になってからで良いでしょう。」


 慣例を無視して優先順位をつけていく裕に、案内係は難色を示すが、裕としても譲れないものは譲れない。


「この中央学院の入学手続きとは?」

「七歳以上の貴族の子息は中央学院にて教養を学ぶきまりとなっています。」


 裕は存在しないとばかり思っていたが、貴族には学校に類するものがあるようだ。当主である裕は子息として入学する必要があるのかは定かではない。案内係も前例がないということで分からないらしい。


「今すぐに全部をやる必要はないでしょう。私の荷物や下の者たちをどうにかする方が先です。」

「申し訳ございませんが、そういったことは宰相閣下にご相談いただけるでしょうか。」


 案内係は自分の権限を超えると、上に相談するよう言うのだった。

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