第3話 王都へ

 二往復して合計で一トンを超える塩を卸し終えると、裕は商業組合へと向かう。ボッシュハ伯爵の口ぶりだと、返事は数日かかるのではないかと思われるが、こまめに確認しておいた方が良いだろう。


「そういえば、塩の件ですが、場合によっては領主様が動くこともあるから報告はしてくれと怒っていましたよ。」

「領主様を煩わせるのも良くないと思ったんだ……」

「私に言い訳されても困ります。で、塩は春までの分はキミサント商会に入れておきました。周辺の町や村の分はこれからです。」


 領主からの連絡はなく、裕は報告だけすると星の瞬き始めた空の下、家に帰る。


 翌日も朝から岩塩の採掘に行くと、そのままアライ周辺の町や村で売ってまわる。

 ただし、いつものように露店での小売ではなく、一括で一番大きな食品屋へと安めに売りつけるのみだ。


 途中で一泊して領都に戻り、商業組合に行くと、既に連絡は来ていた。

 色々と飾られた言葉が付いているが、内容は端的に言うと、今すぐに来い、ということだった。


「マジかよ……」


 手紙を読んで、裕は思わず日本語がでる。表情を歪める裕に商組しょうそ職員も「大丈夫か?」と声を掛けるが、そう言うときの裕の答えは決まっている。


「全然大丈夫じゃないです。」


 手紙をたたみ、懐に仕舞いながら裕は首を振った。




「私は王都に行きますが、エレアーネはどうしますか?」


 家に帰った裕は、ベッドに腰掛けて真剣な目を向ける。座るのがベッドなのは、単に裕の家には椅子がないからだ。


「どうって言われても……」

「今のあなたなら、この家の家賃を払って住み続けることもできるでしょう。」


 エレアーネは驚いたような表情で裕を見つめ、そして視線を落とす。


「どうしたら良いか分からないよ。私はヨシノみたいに色々なんでもできないし、もっと色々勉強したいし、でも……」


 今まで二人でやってきたところを、いきなり放り出されれば心細いのは当然だろう。いくら魔法の才能があっても、エレアーネは正真正銘の十一歳の子どもなのだ。裕のような偽物の子どもとは違う。

 一年前、まだ浮浪児だった頃の彼女は、ただ必死に生きるだけだった。周りを見る余裕もなく、誰かを気にかけることもない当時のエレアーネならば、これほど悩み苦しむこともなかっただろう。

 一人になることに不安を感じるのは、成長の証だ。


「とりあえず、王都には私一人で行きます。向こうでの生活がどうなるかも分からないですからね。それで、王様から話を聞いて、一度戻ってきます。なんとしてでも、荷物を取りに帰るくらいは認めさせます。その時に決めてください。」


 裕としても、エレアーネを一人立ちさせるにはまだ早いと思っている。この国では十四歳で成人となるのだが、裕にとってみれば、エレアーネは小学生の子どもだ。


 数日間、一人で留守番するくらいはできても、他の浮浪児の面倒を見ながら生活していくのは無理がある。



 一人落ち込むエレアーネを他所に、裕は王都に向かう準備を進めていく。

 出発は明日の朝だ。先延ばしにしても、いいことは何もないだろう。むしろ、状況が悪化していくと考えた方がいい。

 準備と言っても、いつもの旅支度に荷物の入った木箱を一つだけ持っていくだけだ。

 野営をするつもりは全くないので、毛布も鍋も持っていきはしない。一度戻ってくるために、急ぐことを優先したとアピールするのも大切なのだ。


 そして、家の借主名義をエレアーネに変更しておく。

 ハンターとして活動実績のあるエレアーネには、特に問題なく名義変更することができた。


「香辛料と魔石用の薬草類は可能な限り集めておいてください。大きめの荷車を発注しておきますので、私が戻ったらすぐに運べるようにしておいてください。」


 暗く沈んでいるエレアーネに、裕は仕事を振っておく。今してやれることはそれしかない。



 そして、裕は本当に一人で王都に向かう。


「護衛もなくて良いのか?」

「商品も無いのに、私にそんなものが必要だとでも?」


 アサトクナは心配そうに言うが、裕は自信満々に要らぬ世話だと返す。

 常識的に考えれば、木箱を抱えて一人で歩いていれば、狙ってくださいと言っているようなものだが、裕の場合にはそれは通じない。両手が塞がっていても魔法の行使に何の支障もないし、想像を絶する逃走経路をいく裕に追いつくのは至難なのだ。


 裕は町を出ると、森の上を走り抜けて船着場へと向かう。経路は馬車での隊商とほぼ同じだ。

 船で一日ほど川を下って北上し、そこから陸路で北東へと行く。


 船の速さは隊商と変わらないが、陸路では馬車の倍ほどのスピードとなる。途中の町でも商いをするわけではないので、隊商とは進む速さが違う。僅か三日で裕は王都へと入った。


 流石にいきなり王城へと行くわけにはいかない。町に着いて最初にすべきことは、宿へのチェックインだ。


「二人部屋をお願いします。それと、数日間、荷物を預かっていただくことはできますか?」

「二人部屋は銀貨三枚、荷物ってのはその木箱かい? それくらいなら一日銀貨一枚だね。」


 裕にとって気がかりだったのは、荷物を宿に預けられるかということだった。木箱を抱えて城に行くのも、どうにもきまりが悪い。取り敢えずということで、銀貨六枚をわたす。


「ところで、ゲフェリ公爵様のおやしきはどちらか分かりますか?」

「公爵様の邸は貴族街だよ。私に聞かれても困るね。商業組合で聞いた方が良いんじゃないか?」


 王都の商人は貴族街に出入りしている者も多い。商業組合に行けばどこの商会がどこの貴族と繋がりを持っているかは分かるだろうと言うことだ。

 あまり商業組合に行く予定はなかったのだが、別に断固行きたくないわけではない。単に用事が無かっただけで、必要ならば向かう。


「すみません、ゲフェリ公爵様のお邸に行きたいのですが、場所が分かる方はいらっしゃいますか?」


 組合のカウンターで聞いてみる。とにかく聞くのは無料タダだと、裕は臆せず質問するのだ。


「ゲフェリ公爵様なら、城の目の前の西側のお邸がそうさ。だけど、公爵様は今忙しいからね。いるかどうかは分からないよ? ほらあの方の領も被害を受けたって言うからね。」


 公爵が多忙に追われているだろうことは、言われずとも裕は知っている。町が一つ潰れていて復興に大変ではないはずがない。だが、裕が味方として頼れるのは他にはいない。


「わかりました。ありがとうございます。」

「登録はしなくて良いのかい?」


 礼を言って帰ろうとする裕に職員は首を傾げる。


「今日はいいです。また後日くるかもしれません。」


 商売をするわけでもないのに、許可証を得ても邪魔なだけだ。しかも、返却に来なければならないし、面倒な手間は避けたいのだ。




 翌朝、貴族服を着た裕は日の出とともにゲフェリ領主の領都邸へと向かう。すこし早すぎるような気もしなくもないが、気にしないことにした。


「すみません、ゲフェリ公爵様のお邸はこちらで間違いないでしょうか?」

「そうですが、何の用でございますか?」


 子どもとは言え、裕の服装はかなり上等なものであり、とても平民には見えない。自然と門衛の対応も丁寧なものになる。


「公爵様がこちらに来ていらっしゃるなら、ご挨拶をと思ったのですが。」

「今、閣下は大変に多忙でございます。取り次いでも会えるとは限りませんがご承知ください。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「大変申し訳ございません。私はボッシュハ領のヨシノと申します。」


 裕が名乗ると、門衛の一人が邸へと入っていく。その間に裕は門の脇の小部屋に案内されるが、座って待つほどもなく、すぐに門衛が戻って来た。


「閣下はこれより登城いたしますので、僅かな時間しかとれないとのことです。」

「構いません。私もこのあとお城へ行くところでしたから。」


 門衛は断り文句のつもりで言っているのだが、裕はむしろグッドタイミングだと表情を明るくする。

 仕方なしに玄関へと向かうと、ちょうど扉が開き、ゲフェリ公爵エルンディナが出てきた。


「おはようございます、エルンディナ様。お会いできて嬉しいです。」


 突如声を掛けられて、面食らったようにエルンディナは視線を下に向ける。裕のことは全く視界に入っていなかったようだ。


「誰かと思えばヨシノか。私は急いで城に……、其方も城か?」

「ええ、道すがら、少しお話でもできればと思ったんですが。」

「其方が来たのなら、どうせ私も呼ばれる。時機が良かったと喜ぶべきか。」


 そう言うエルンディナは、あまり喜ばしい表情ではない。

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